初級翻訳・変な衛星 第2話

変な衛星

頭がガンガンと痛むので毒づき、気付け薬をもう1錠飲みこんだ。
薬の備蓄が残り少なくなっていることに気づく。
飛行機が迎えに来たら、予備の薬を頼むのを忘れないようにしないと。
いや、それよりも、飛行機に乗ってこの星から帰るんだ。
オリバーがグラントの足にすり寄ってきて、でれでれとした様子で言った。
「まぬけ、たわけ、ばか、あほう。なんでくそダンスをしに行かなくちゃならないんだい?」
「はあ?」
ダンスのことなど言った覚えはまったくない。
さっきの白熱病の熱に浮かされて、無意識のうちに口走ったに違いない。
オリバーは扉が軋むようなギャーという声で鳴くと、べらぼうのようにニタニタと笑い、グラントに請け合った。
「大丈夫です。父上が間もなく来られるはずですから」
グラントはオウム返しに言った。
「父だと? オリバー、その台詞はどこで聞いたんだ」
父は15年前に死んでいる。
オリバーは落ち着いた様子で答えた。
「熱に浮かされているのですね。御主人様は良い子猫ちゃんですが、ご自分の言ったことくらい理解なさいな。父が来てくれたらなあ……」
最後に喉をゴロゴロと鳴らす様子は、まるで誰かを慕ってすすり泣いているかのようだった。
グラントはオリバーをぼんやりと見つめた。
そんなことを言った覚えはない。俺は正気だ。
このバカ猫が誰かから聞いたに違いない。でも、誰から?
800キロ以内には誰もいないはずなのに。
グラントは怒鳴った。
「オリバー、どこで聞いたんだ。どこでだ!」
バカ猫が後ずさりして驚き、おどおどしながら言った。
「父上はまぬけ、たわけ、ばか、あほうです。子猫ちゃんに赤ジャックを」
「こっちへ来い! 誰の父だ。どこで聞いた。こっちへ来い、このやろ!」
グラントがバカ猫を突っついた。
オリバーは後ろの片足を曲げると、うろたえて木炭ストーブの排気筒へと飛び乗り、大声でわめき散らした。
「熱病に決まってます! チョコレートはやらないよ!」
オリバーの3本足が閃光のように煙道の出口へ飛んだ。
爪で金属を引っ掻く音が響き、慌てて外へ飛び出していった。
グラントはオリバーのあとを追った。
頭がずきずきと痛んだが、まだ少しだけ正気が残っていた。すべては白熱病が見せる幻覚に違いないと思いながらも、彼は突き進んだ。
その道のりは悪夢のようだった。
べらぼうたちが長い首をひょこひょこと動かしているその下には、丈の長い「流血草」が生い茂り、べらぼうたちのニタニタ笑いや間抜けな顔が、風景をいっそう狂気じみたものにしていた。
ぬかるんだ地面を踏みしめるたびに、悪臭と熱気が噴き出してくる。
右側のどこかで、1匹のスリネズミがチューチュー、ギャーギャーと鳴いている。
あの方角にスリネズミの村があることは知っていた。以前、ちらりと見かけた小さな建物群は、小石できっちりと組み上げられた中世風のミニチュアの街のようで、尖塔や胸壁まで完備していたのだ。
風聞によれば、スリネズミ同士で戦争をすることもあるらしい。
熱病と気付け薬の副作用で、頭がガンガン、クラクラしてきた。
まさに白熱病の症状そのものだ。
掘立小屋からさまよい出るなんて、愚かで間抜けな行動だったと悟った。
寝床でじっとして休むべきだった。そうすれば熱病もこれほど悪化しなかっただろう。
イオでは大勢の男たちが朦朧となり、幻覚を見て、そのまま死んでいった。
今やグラントの足取りもふらふらだ。
オリバーの姿を目にしたとき、すべてを悟った。なぜなら、オリバーがじっと見つめていた先には、2120年式の完璧な夜会服を着た、魅惑的な若い女性が立っていたからだ。
明らかに幻覚だ。
イオの熱帯地域で女性が働くことなどないし、もしやむを得ず来たとしても、正装なんて絶対にしないからだ。
どうやら幻覚がさらにひどくなったらしい。
だって、その女性の顔は、あまりにも青白く、「ブランカ」のように真っ白だったのだから。その女性は灰色の瞳で驚く様子もなく、じっとこちらを見つめていた。その間、グラントは流血草をかき分けながら、彼女の方へと歩いていった。

「こんにちは、こんばんは、おはよう。いや、たぶん、良いお天気ですね、ミス・リー・ニーラン」

グラントがそう話しかけてから、ちらりと空を見上げた。木星は昇っている途中なのに、太陽は沈みかけている。いったいどうなっているんだ。

女はグラントをじろじろと見つめて、言った。

「見たことのない顔ね。周りには友達がたくさんいるけれど、よそ者は初めてよ。でも、本当に初対面かしら。私の名前を知っているなんて……当然、幻覚のはずよね」

「どっちが本物でどっちが幻かなんて、口論するのはやめよう。こうしようじゃないか。先に消えたほうが幻だ。きみが消える方に5ドル賭けるよ」

「そんなのわかりっこないわ。夢の中の出来事から推測なんてできないもの」

「そりゃ困ったな。もちろん俺は困らない。俺が現実そのものだからね」

「どうして私の名前を知っているの?」

「ああ、飛行機が運んできた新聞の社会面を、隅から隅まで読んだからさ。実際、きみの写真を切り抜いて、寝床の横に貼っているくらいだ。たぶんそのせいで、きみが見えるんだろう。いつか本物に会いたいものだと思っていたよ」

「幽霊に対してなんて優しい言葉をかけてくれるの。それで、自分は誰だと思っているの?」

「もちろん、グラント・カルソープさ。実際、俺はきみのお父さんのために働いているんだ。強心草を『べらぼう』たちと交易してね」

「グラント・カルソープですって? まさか、あなたが……」

女はそう繰り返した。高熱でぼんやりした目を細め、焦点が合わないのか、グラントの姿を確かめるように見つめている。女の声が一瞬震え、青白い額を指先でぬぐった。

「私の記憶からどうして出てきたのかしら、変ね。3、4年前、私がまだ夢見る学生で、あなたが有名な『猟人(ハンター)』だった頃、私はあなたに夢中だったの。持っている本という本すべてに、あなたの写真を貼っていたわ。タイタンで線虫を狩るパーカ姿のグラント・カルソープ、永劫山で射殺した巨大な一本足怪獣の横に立つグラント・カルソープ……。今まで見た幻覚の中で、本当に一番うれしいわ。妄想も楽しいものね。ただ、頭がガンガンしなければ……」

女はそう言うと、また額に手をやった。

「へえ、本当かい、本のこと。心理学者が言う『願望成就の夢』ってやつだな。俺はベッドに戻るよ。雨は白熱病によくないから。また会おう、熱が出てきた」

生暖かい雨がグラントの首筋に落ちてきた。

「ありがとう。お互い様ね」

リー・ニーランが気取った様子で言った。グラントはうなずいたが、頭がズキズキと痛む。居眠りをしているバカ猫に向かって声をかけた。

「オリバー、こっちへ来い」

「オリバーじゃないわ、ポリーよ。2日間ずっと一緒だったから、ポリーと名付けたの」

「こいつはオスだぜ。とにかく、オリバーは俺のバカ猫なんだ。お前、オリバーじゃないのか?」

「また会いましょう」

オリバーが眠そうに言った。

「ポリー、あんた、ポリーじゃないの?」

「あんたに5ドル賭けるよ。

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