そして、ある田舎町に場所を借りて、ようやくテントの小屋を建て終わった、まさにその時でした。
朝から「なんだか怪しいな」とみんなが首をかしげていた空模様が、一気に崩れ出しました。不気味な風と一緒に、大粒の雨がポツリ、ポツリと落ちてきたかと思うと、あっという間に、バケツをひっくり返したような大雨になったのです。
団長たちは、さっさと近くの旅館へ帰ってしまいましたが、子供の団員や、下っ端の大人たちは、お金を節約するために、いつもこのテント小屋に泊まるように言われていました。
子供たちは、それが当たり前だと思っていましたし、むしろ怖い団長がいないので、のびのびできて嬉しそうなくらいでした。
けれど、急いで作ったばかりの簡易テントが、この激しい大雨に耐えられるはずもありません。みんな雨漏りを避けてあちこち逃げ回り、ようやく楽屋の隅っこで、みんなでぎゅっと寄り添って横になることができたのは、もうすっかり夜が更けてからのことでした。
黒吉は目を閉じて、少しずつ静かになっていく雨の音を聞いていました。すると、すぐ隣から、スースーという静かな寝息が聞こえてきました。
その瞬間、黒吉は心臓がドキン!と大きく跳ね上がるのを感じました。
(隣で眠っているのは……もしかして、葉ちゃんじゃないか?)
二ノ四
その瞬間、黒吉は自分の頭の中が、サーッと静かに澄み渡っていくのを感じました。
(本当に、隣で眠っているのは葉ちゃんなのだろうか?)
それはもちろん、言葉ではうまく説明できない、なんとなくそう感じるという、不思議な予感のようなものでした。でも、あの雨のドタバタのせいで、みんながめちゃくちゃに雑魚寝(ざこね)をしてしまったのだから、絶対にあり得ないことではありません。
そう思うと、隣の人とくっついている肩のあたりが、急にカッカと熱くなって、息苦しいくらいに感じられました。
そして、心臓がドクンドクンと波打つたびに、そのドキドキが胸いっぱいに広がっていきました。
黒吉は、思い切ってむくっと起き上がり、隣の顔をのぞき込んで確かめてみたい!という強い気持ちにかられました。
まわりは真っ暗でしたが、目をこらしてじっと見つめれば、誰の顔か分からないほどではないはずです。
彼は、そーっと、薄いお布団の端っこに手をかけました。
だけど――。
「待てよ、待てよ。
もし本当に葉ちゃんだったら、こんなに嬉しいことはないぞ。
でも、みんながこんなにぎゅうぎゅうになって眠っている中で、ごそごそと起き上がったりしたら、もしかすると彼女が目を覚ましてしまうかもしれない。
それだけならまだいいけれど、目を覚ました葉ちゃんが、自分がのぞき込まれていたと知ったら、きっと顔を真っ赤にして怒り、この醜い僕をひどい言葉で責めて、どこか遠くの場所へ布団を引っ越しさせてしまうに違いない。
――そんなバカなことをするよりは、たとえ短い時間であっても、朝が来るまで、こうして葉ちゃんの柔らかそうな肩のぬくもりを独り占めしている方が、ずっと賢いんじゃないか……」
黒吉の心の中の、ちょっぴり弱気で恥ずかしがり屋な部分が、そうささやいたのです。
彼は、お布団にかけていた手をまた静かに元へ戻すと、今度は、まわりに気づかれないよう細心の注意を払いながら、彼女の方へとぴったり体をすり寄せていきました。
そして、心地よい温もりと一緒に、彼女の穏やかな心臓のトクトクという音を、肩のあたりでじっと感じていたのでした……。
ふと、冷たい風がすうっと通り抜けるのを感じて、いつの間にか閉じていた目を開けてみると、まわりにごくうっすらと、光が差し込んでいることに気がつきました。
「あれ、もう朝なのかな――いつの間に眠っちゃったんだろう」
それと同時に、思わず体がガクンと震えるような、悔しくてたまらない気持ちがこみ上げてきました。
「葉ちゃんはどこだ……」
黒吉は、何よりもまずそれが心配だったので、ぐっと首を曲げて隣を確かめようとしました。
「おや……?」
彼の目に飛び込んできたのは、葉ちゃんの姿よりも先に、キーンと冷たく澄み切った、尖った半分の形をしたお月様でした。
急いで作ったばかりのテント小屋の屋根が、夕方の大嵐に吹き飛ばされて、ぽっかりと夜空に大きな穴が開いていました。ちょうどそこから、乗り出すようにお月様がのぞき込んでいて、まるで深い井戸の底のように静まり返った小屋の中に、白く輝く、絹の糸のような美しい光を優しく降らせていたのです。
嵐が去った後の夜空に浮かぶ月は、ゾクッとするほど冷たく、きれいに澄み渡っていました。
「なんだ、まだ夜中じゃないか」
黒吉は、胸をなでおろして心配を吹き飛ばしました。
彼のすぐ隣には、葉ちゃんが、いかにも寝苦しそうな様子で眠っていました。
さっきは、「絶対に葉ちゃんだ」と自信を持って言えませんでしたが、今はとてもかすかな光とはいえ、だんだん目が慣れてくるにつれて、黒吉の目にはっきりと葉ちゃんの姿が映し出されてきました。
黒吉は、よしっと決心したように、お布団からそろりと体を抜け出しました。そして、せっかくの月の光を遮って陰を作らないように、そして絶対に音を立てないように、そっと彼女の顔をのぞき込みました。
目の前には、月の光を浴びて、いつもより少し青白く見える葉ちゃんの、あどけない顔がありました。小さな口をほんの少しだけ開けて、ぐっすりと眠っています。
もし、もう少しだけお月様の光が強かったなら、このふさふさとしたおかっぱ頭の髪の毛が、まるで金色のようにキラキラと輝いて見えるだろうな、と黒吉は思いました。
また、首すじに残った、きれいに洗い落としきれなかったお化粧の白粉(おしろい)のあとが、この幼い葉ちゃんの眠る姿を、黒吉の心に、いっそう愛らしく、守ってあげたいもののように思わせました。
しばらくの間、まるで夢の中の出来事のようにぼんやりと浮かび上がる葉ちゃんの顔を見つめていた黒吉は、ゴクリと固くなったつばを飲み込みました。そして、彼女の少し開いた唇から、静かな寝息でも聞き取ろうとするかのように、自分の顔をゆっくり、ゆっくりと近づけていきました。
なぜだか、彼の唇はカラカラに乾いていました。
やがて、このかすかな月の光の下で、二つの小さな頭の影が重なって一つになると、彼は、葉ちゃんのほっぺたにある小さなチャームポイントのホクロが、自分のほっぺたにそっと触れ、押し込まれるような不思議な感覚を覚えました。
二ノ五
黒吉が自分の唇に感じた、葉ちゃんの唇の感触は、ぬくぬくと温かくて、ぷにぷにとした弾力のある、まるではんぺんのようでした。
ちょっとおかしな例え方ですが、実際に彼がこれまでに経験した中では、それが一番ぴったりくる表現だったのです。
ただ、はんぺんとは違うところ――それこそが、ものすごく特別で違っているところなのですが――残念ながら、黒吉にはそれを上手に言い表す言葉が見つかりませんでした。
彼は、そーっと腕の力を抜いて、体を離そうとしました。
その時、ひじの下にあった床の板が、ギィ…と鈍い音を立ててしまいました。
作りのお粗末な仮設のテント小屋なので、ほんの少し体重をかけただけでも、床の板がきしんで大きな音が出てしまうのです。
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