初級翻訳・夢鬼 第6話

夢鬼

あなた、本当に一生懸命、芸の練習をする気はある?」

「やるよ! もちろんやるさ! それは、葉ちゃんと一緒にやる芸なの?」

「いいえ、一緒にするんじゃないけれど……。でもね、すっごく難しい芸なの。今は誰もできる人がいなくて、ずっと昔に、源二郎おじいさんが若い頃に一度やったきりなんですって。もしそれができたら、親方だってあなたのことを、すごく大切にしてくれるはずよ」

「うん!」

「もし本当にできるようになったら、二人で一緒に舞台に出ましょうか? 親方にお願いして……」

「うん、そうしよう! そうじゃなきゃつまらないや。でも、一体どんな芸なんだい?」

黒吉の心は、すっかり明るく晴れ渡っていました。
昨日までの、ジメジメとした暗い気持ちを、いかにも子供らしく、すっぽりと脱ぎ捨ててしまって、お日様のように大声で笑い出したいような、そんなワクワクした気持ちになっていたのでした。下の方では、源二郎(げんじろう)おじいさんが、昨日の夜の雨で濡れてしまった座布団を干していました。おじいさんがふと上を見上げると、小屋の屋根の上で、サーカス団のスター少女である葉子(ようこ)ちゃんと、「虫」と呼ばれている黒吉(くろきち)が、とても楽しそうにおしゃべりをしたり、手を握り合ったりしているのが見えました。おじいさんは、不思議そうな、わけがわからないといった顔で二人を見つめていました。

三

源二郎おじいさんが最初に感じた「おや、おかしいぞ?」という不思議な気持ちは、やがて、葉ちゃん以外のサーカス団のみんな全員に広がっていきました。
「虫」なんてあだ名で呼ばれていた、いつも暗くて、芸も下手くそだった黒吉が、まるで別人のように生まれ変わって、少しでも時間があれば夢中になって曲芸の練習を始めたからです。

それは本当に、誰もが目を丸くするような大変化でした。いつもオドオドして弱虫だった黒吉が、男の子らしい「元気」を取り戻したのでしょうか。それにしても、その練習はあまりにも激しく、まさに血のにじむようなものすごいものでした。

黒吉の、まだ子供らしくてうるんだ目は、真っ赤に血走って興奮しており、ぎゅっと固く結ばれた唇からは、今にも真っ赤な血がタラタラと流れ落ちてくるのではないかと心配になるほどでした。
ときどき、彼の体は空中を飛び、壁の木の板に激しく叩きつけられることもありました。それでも、思わず漏れてしまう「ううっ」といううめき声のほかは、黒吉はやっぱり苦しい顔を見せようとはせず、じっと耐えていました。

けれど、体と骨がぶつかり合うような、ドスンという鈍くて痛々しい音を聞くと、不思議そうに見守っていた周りの団員たちの方が、思わず唇をぎゅっと噛みしめたり、見ていられなくて顔をそむけたりしてしまうほどでした。
そして、いつも厳しくて氷のように冷たい団長でさえも、ただただ呆気にとられて、ぽかんと見ているばかりでした。

けれど、葉ちゃんはというと――。
不思議なことに、黒吉の心をこれほどまでに燃え上がらせた張本人である葉ちゃんは、ここには姿を見せていませんでした。

しかし、もしも団員の誰かが、周りをよく注意して見ていたなら、この練習場の隅っこにある薄暗い場所から、隠れるようにして黒吉の様子をじっと見つめている葉ちゃんに気づいたことでしょう。
たとえ葉ちゃんに気づいたとしても、誰も黒吉のこの大きな変化に、彼女が関係しているとは夢にも思わなかったでしょう。いや、むしろこの血のにじむような激しい練習には、彼女が陰からそっと見守っている方が、なんだかお似合いで自然なことのように思えたのです。

けれど、これは彼女にとって都合の良いことでした。彼女はさっきから、まるで野獣のように体と体をぶつけ合う、この荒々しい練習の熱気の中に飛び出していこうとしても、足がすくんで前に出ないほど、強くドキドキして興奮していたのです。
そして、目の前で必死に体を動かして苦闘している黒吉の姿から伝わってくる、胸をぎゅっと締め付けられるような激しい迫力に、彼女は頭がクラクラしてしまい、立っていることさえつらくなるほどでした。彼女は手のひらにじっとりと汗を握り、はあはあと荒い息をしていました。

(あっ、血が出てる……!)
黒吉が鼻血を出したのです。彼は慌てて上を向きましたが、鼻血は鼻の横からすーっと赤い線を引いて、耳の後ろの方へと流れていきました。
葉ちゃんは、その瞬間、ハッと胸の中がすうすうするような不思議な気持ちになりました。それと同時に、なんだか頭がクラクラするような、ゾクゾクとする不思議なうれしさがこみ上げてきたのです……。

葉ちゃんがハッと我に返って周りを見回してみると、鼻血を出したせいでしょうか、もう黒吉の姿はありませんでした。代わりに、ほかの男の子の団員たちが何かヒソヒソと噂話をしながら、それぞれ練習を始めるところでした。
(きっと、黒ちゃんのことについて噂しているんだわ)
葉ちゃんはそう思いながら、黒吉を探すためにようやく立ち上がりました。

あちこちを探し回って、ようやく見晴らし台の日当たりの良い場所に黒吉がいるのを見つけると、葉ちゃんはすぐに駆け寄っていきました。
「黒ちゃん、すごいわね! あなたに、あんなに勇気があるなんて思わなかったわ」
「すごくなんてないよ。……葉ちゃん、見ていてくれたの?」
黒吉は、鼻血こそ止まったものの、まだあちこちが腫れて痛む体をさすりながら、それでも嬉しそうに答えました。
「見ていたわよ。鼻血を出したときはびっくりしちゃった……。あら、見て、真っ赤よ。血がにじんでいるわ」
葉ちゃんは、なぜだか、その赤く腫れ上がって、皮膚の下に血がにじんでいる黒吉の肩を、じーっと見つめました。

三の二

見晴らし台は、まぶしい太陽の光をいっぱいに浴びて、ぽかぽかと温かく、周りにはほかに誰もいませんでした。
「血が出てる? ああっ、触っちゃダメだよ、痛いから」
「……」
葉ちゃんは返事もしませんでした。けれど、その目は、じりじりと熱い視線で、青あざになった傷口を見つめていました。

「黒ちゃん、痛い?」
葉ちゃんはそう言いながら、またそっと傷口に触れたようでした。
「痛っ……」
黒吉は、思わず言いかけた言葉を読み込みました。
傷の周りに、目には見えないけれど、何か生温かくて柔らかいものがペタッと触れたのを感じたからです。
(えっ、なめたの……?)
そう思った瞬間、傷のある方の体の半分が、足の先までズーンとしびれたようになってしまいました。

「葉ちゃん……」
慌てて口にしたその声さえも、しびれて震えていました。
黒吉にとって、こんな不思議で奇妙な感覚は生まれて初めてのことでした。けれど、さらに二回、三回と優しくなめられるのを感じているうちに、これは決して嫌な気持ちではないような気がしてきたのです。

むしろ、くすぐられたときに感じるような、あの不思議に胸がドキドキする心地よさがありました。
柔らかくて温かい彼女の舌が、きっとひどくみっともないはずの傷口の上を、そっとなぞるように通り過ぎるたびに、黒吉の興奮した心は、ズーン、ズーンと体の半分を駆け下りて、足の先までビリビリと突き抜けていくのでした。

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