初級翻訳・夢鬼 第9話

夢鬼

そして、仙次と入れ替わるように、安全ネットを持った裏方の人たちが、かっこいいハッピを着て三人ほど現れたところでした。

黒吉は、思わず手のひらににじみ出た冷や汗を、交互にタイツの太もものあたりにゴシゴシとこすりつけました。

(もし落ちたら、それでおしまいだ……)

安全ネットなんて、実際には気休め程度のもので、何の役にも立ちません。

この大げさな準備は、黒吉自身にとっては気休めにもなりませんでしたが、見ているお客さんたちのハラハラ感を高めるには、これ以上ないほど効果的でした。

黒吉がチラリと葉ちゃんの方を見ると、彼女は静かに呼吸を整えながら、一つ、二つと心の中で数えるように、ブランコをゆらし始めました。

やがてブランコが大きく揺れ始めると、丸太で組まれたテントのあちこちから、ギギギ……と鈍い、きしむ音が響いてきました。

(あっ……!)

テント全体が、一瞬グンと大きく揺れたと思ったその瞬間、黒吉の体は、桃色のひとかたまりの影となって、空中に勢いよく飛び出しました。

その影は、空中でクルッと見事な宙返りをしたかと思うと、次の瞬間には、もう葉ちゃんのブランコへと飛び移っていました。

それは、お客さんたちの目の奥に、まだ桃色の光の線が残っていると感じるほど、ほんの一瞬の、素晴らしい神業(はなれわざ)でした。

そして、お客さんたちがハッと我に返り、ざわざわとしながら割れんばかりの拍手を送る頃には、黒吉はすでに、葉ちゃんのあたたかい胸にしっかりと抱きしめられ、自分の心臓がドクドクと激しく打つ音を聞いていました。

拍手の音が少しずつ静まっていくと、ブランコの上にいる二人の体は、もつれ合うように、とてもゆっくりと慎重に動き始めました。やがてそのもつれがスッとほどけたかと思うと、葉ちゃんは自分の両脚をブランコのロープにしっかりと絡みつかせて逆さまにぶら下がり、その真っ白な手の先に、黒吉が足首を掴まれて、だらんとぶら下がったのです。

そして、葉ちゃんの腰のあたりが、くねくねと細かく動いたかと思うと、ぴったりと息を合わせた二人の体は、首が痛くなるのも忘れて一生懸命見上げているお客さんたちの頭の上で、大きく揺れ始めました。

(もし、葉ちゃんがロープに絡めている脚が、ほどけてしまったら……)

(もし、葉ちゃんが手を離してしまったら……)

そんな最悪の事態が頭をよぎったお客さんたちの胸には、次の瞬間に何が起こるか分からない、凍りつくような緊張感が、ゾクゾクと染み渡っていきました。

それは、決してただの心配ではありませんでした。

なぜなら葉ちゃんという「美しき野獣」は、こうした危険なスリルの中に、言葉にできない不思議な魅力を感じていたからです。

(突然、何かの拍子に手を離してしまわないだろうか……)

黒吉でさえ、時々そんな真っ青になるような予感に襲われ、体中の血が一気に引いていくような、恐ろしい感覚を覚えることがありました。

そう考えると、葉ちゃんの手でしっかりと握られている自分の足首に、ねっとりとした冷や汗がにじみ出てきて、ズルズルと滑り、今にも真っ逆さまに落ちてしまいそうになります。

(でも、葉ちゃんのためなら、死んでもいいや……!)

その一方で、そんな強い思いが、恐ろしい気持ちを吹き飛ばそうと、彼の胸の中で激しくぶつかり合っていました。

だけど、大丈夫です。

葉ちゃんは、しっかりと歯を食いしばり、可愛い顔を真っ赤に染めながら、黒吉の足を力強く握りしめています。

(ステージの上で失敗するくらいなら、このまま落ちて死んだ方がマシだわ!)

生まれながらのプロの曲芸師としてのプライドが、緊張する葉ちゃんの小さな胸をいっぱいに満たしていたため、幸いなことに、余計なことを考える余裕なんてなかったのです。

五

この、息が詰まるような、ジメジメとしたスリルと不安の空気は、この命がけの大技が生み出す、独特の雰囲気そのものでした。

お客さんたちがそれぞれ恐怖に身を震わせ、手に汗を握りしめている中で、テントの空中では、二人の体で作り上げられたブランコが、まるで時計の振り子のように、少しずつ、少しずつ大きく揺れ始めました。

「タイミングを見計らいまして、こちらの少女が手を離した瞬間、少年が空を舞い、あちらのブランコへと飛び移ります……! まさに千載一遇、一生に一度の……!」

これは、さっきピエロの仙次が言ったセリフの続きでしたが、お客さんたちはその一瞬を見逃すまいと、まばたきすらしないで、ブランコの揺れに合わせて、首を右に、左にと動かしていました。誰かがゴクンとつばを飲み込む音が聞こえた、と思ったその瞬間、黒吉は葉ちゃんの手を離れて、大空へと投げ出されました。そのとき、見守っていたお客さんたち全員が、ハッと息をのんで静まりかえりました。

黒吉の体は、ものすごい勢いで、テントの高い天井すれすれを矢のように飛び、空中でくるりと体をひねったかと思うと、見事にもとのブランコへと飛び移ったのです。

それは本当にほんの一瞬の出来事でしたが、黒吉はこの命がけの大冒険に、心から強いやりがいと魅力を感じていました。

彼は、風を切って空を飛ぶときのあの気持ちが、何ものにも代えがたいほど大好きだったのです。

それはもしかしたら、少し変わった、不思議なドキドキ感だったのかもしれません。

ハッと息を止めて空中に放り出されると、はるか下にある、まるで色とりどりのおもちゃ箱のようなテント全体が、自分一人だけを取り残して、目の前でぐるりと一回転します。そして半分夢中で向こうのブランコへと飛び移ると、それまでどこに隠れていたのか、シャワーを浴びたような汗が一気に噴き出し、心臓はびっくりして血管の中をあちこちぶつかりながら、ドクドクと大急ぎで駆け回るのです。

このピアノの線のようにピンと張りつめた気持ちや、生きるか死ぬかのほんのわずかなすき間を、息を殺して飛び抜ける自分自身に、黒吉は葉ちゃんの優しいハグにも負けないくらい、激しく目がくらむような、うっとりとした興奮を感じていました。

自分一人だけで葉ちゃんの方のブランコへ飛び移るときはそれほどでもないのですが、帰り道、葉ちゃんに足首を掴まれて、逆さまにぶら下がったまま大きく揺さぶられるときは、覚えていることや考えることといった、頭の中のすべてがすっかり吹き飛ばされてしまうのでした。

そして彼は、まるで空っぽになった頭と、空中に投げ出された瞬間に体全体が引きちぎられるような不思議な感覚の中で、ピクピクと跳ねる神経に、自分自身の生まれつきのちょっぴりひねくれた性格がぴったりと重なり合って、心臓をギュッとつかまれるような、底知れない魅力にうっとりと酔いしれていました。

ところが、最近はどういうわけか、この曲芸が終わると、黒吉はまた昔のように、楽屋の隅っこにぽつんと座って、一人で深く考え込むようになっていました。

「おかしいなあ」と、黒吉はぽつりとつぶやきました。

彼は最近、あの曲芸の真っ最中、葉ちゃんの手を離れて向こうのブランコへと飛び移る瞬間に、ふと葉ちゃんの笑顔が目の前に浮かんでくるようになったのです。

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