初級翻訳・大金塊 第5話

大金塊

しかし、そんな紙きれなんか、べつに賊の手がかりになりそうもないじゃありませんか」
宮瀬氏がつまらなそうにいいますと、明智は長い指で、もじゃもじゃの髪の毛をいじくりながら、意味ありげに、にっこり笑いました。
「いや、わたしはそう思いません。もし賊が落としていったものとすると、ここに書いてある数字に何か意味があるのかもしれません」
「数字といっても、小学生の一年生にでもわかるような、つまらない、たし算とひき算じゃありませんか。そんな数字にどんな意味があるとおっしゃるのです」
「まあ、待ってください。ええと、五に三たす八ですね。十三から二ひく十一ですね。八と十一と……アッ、そうかもしれない」
何を思いついたのか、明智はそういいながら、つかつかと部屋のいっぽうの壁に近づきました。
その壁には、旧式な、石炭をたく大きな暖炉が切ってあって、暖炉の上の大理石のたなに、金の彫刻のあるりっぱな置き時計がおいてあります。
明智はその暖炉の前にあゆみよって、両手で置き時計を持ちあげ、その裏がわや底をねっしんにしらべていましたが、べつになんの発見もなかったとみえて、がっかりしたように、それをもとの場所におきました。
「そうじゃない。もっとほかのものだ。八と十一、八と十一……」
明智はきちがいのように、わけのわからぬことをつぶやきながら、また部屋のまん中にもどって、くわしくあたりを見まわしています。
不二夫君は、おとうさまのうしろに立って、明智のようすをねっしんに見まもっていました。
あの有名な探偵が知恵をしぼっているありさまを、まのあたり見ているのかと思うと、なんだかぞくぞくするほどうれしくなってくるのです。
しばらく部屋の中をぐるぐる見まわしていた明智の目が、また、暖炉のたなにもどって、そのまま動かなくなってしまいました。
「うん、あれだ。あれにちがいない」
明智はもう、そばに人のいるのもわすれたように、むちゅうになってつぶやくと、暖炉の前にかけより、そこにしゃがんで、みょうなことをはじめました。
れいの大理石のたなは、額ぶちのように暖炉をかこんだ、木製のりっぱなわくの上に乗っているのですが、そのわくの大理石の板を受けている部分に、横に長く、まるいうきぼりの彫刻が、いくつもいくつも、ずっとならんでいるのです。
不二夫君は、いつかかぞえたことがあって、そのまるい彫刻が十三あることを知っていました。
ちょうど小さな茶わんを十三ならべて伏せたような形で、横にずっとならんでいるのです。
明智は、そのまるいうきぼりを右からかぞえたり左からかぞえたり、一つ一つ、ねじでもまわすようにいじくりまわしたり、まるで、子どものいたずらのようなまねをはじめたのです。
でも、なかなか思うようにならぬとみえて、しばらく手を休めて、小首をかたむけ、ひたいに手をあてて考えてみたり、れいの紙きれを見つめて、口の中で何かブツブツつぶやいたりしていましたが、とつぜん、「アッ、そうだ」と、ひとりごとをいったかと思うと、また、まるい彫刻をねっしんにいじりはじめたのです。
そして、とうとう何か秘密のしかけを見つけたらしく、やっと立ちあがって、こちらをむき、にこにこ笑いながらいうのでした。
「わかりました。ここにしかけがあったのです。今、どこかしらこの部屋の中に、みょうなことが起こりますから、注意していてください」
そして、もう一度、暖炉の前にしゃがんで、左から五番めのまるい彫刻を、ぐいぐいと右にねじまわし、つぎに十三番めのを左にまわしたかと思いますと、どこかべつの方角でカタンとみょうな音がしました。
「アッ、獅子が口をひらいた。おとうさま、ごらんなさい。あの柱の獅子が口をひらきましたよ」
いち早くそれを発見して、とんきょうな声でさけんだのは不二夫君でした。
その声に一同が不二夫君の指さすところをながめますと、いかにも獅子が口をひらいているのです。
暖炉と同じがわの壁に、はば三十センチほど、柱のように出っぱった部分があって、その上のほうに青銅の獅子の頭がつくりつけてあるのです。
部屋のかざりなのです。
その青銅の獅子が、今までかたくとじていた口を、とつぜん大きくひらいたのです。
「アッ、それじゃ、あの獅子のあごにしかけがあったのか」
宮瀬氏は、あきれたようにつぶやきました。
「そうです。この暖炉のまるい彫刻を、この紙きれの数字のとおりにまわしますと、壁のうしろにしかけがあって、獅子が口をひらくようになっていたのです。
むろん、あの獅子の口の奥が秘密のかくし場所になっていて、賊はそこから、何かたいせつなものをぬすんでいったのにちがいありません。
こうしてあれをひらく暗号の紙きれを、ちゃんと用意していたくらいですからね。
」
 明智は説明しながら、つかつかとその獅子の前に近づき、背のびをして、ひらいた口の中へ右手をさし入れました。
「からっぽです。
何もありません。
」
「おお、それじゃ、やっぱり賊は、その中のものをぬすんでいったのですね。
」
 宮瀬氏は、青ざめた顔で、がっかりしたようにためいきをつくのでした。

ねこめ石の指輪

 ややあって、宮瀬氏は何を思ったのか、明智探偵に内密の話があるからといって、不二夫君と喜多村とを立ちさらせ、ぴったりドアをしめて、探偵とただふたり、テーブルをはさんで、さしむかいとなりました。
「さいぜんも、ちょっとお話したように、わたしは、そのかくし場所を少しも知らなかったのです。
しかし、どこかしらこの家の中に、あるたいせつな書きものが、かくしてあることは、よく知っておりました。
亡くなったわたしの兄がかくしておいたのです。
わたしは、それを手をつくしてさがしました。
兄がこの家をわたしにゆずって、亡くなってから一年ほどになるのですが、そのあいだ、わたしは毎日のように、この家のすみからすみまでさがしまわったのです。
しかし、秘密のかくし場所は、どうしても見つかりませんでした。
それを、あなたは、たった一時間のあいだに、見つけてしまわれた。
いったい、どうしてこの秘密がわかったのですか。
」
 宮瀬氏は、ほとほと感じいったように、明智の顔を見つめるのでした。
「いや、何もわたしのてがらではありませんよ。
この紙きれです。
この紙きれが、教えてくれたのです。
」
 明智はやっぱり、にこやかに笑いながら、少しも高ぶらないで答えました。
「それはわかっています。
むろんその紙きれが手がかりになったことはわかっていますが、どうして暖炉の彫刻にお気づきになったのか、まるで手品のようで、わたしなどには、さっぱりわけがわかりません。
」
「いや、なんでもないことなのですよ。
」
 明智は、むぞうさに説明しました。
「ぼくもはじめは、たいへんな思いちがいをしていたのです。
五に三たす八、十三から二ひく十一というふうに、たし算とひき算をするのだとばかり思っていたのです。
それで、この部屋の中に八とか十一とかいう数のものが、何かないかと、そのへんを見まわしていますと、あの置き時計が目につきました。
時計の文字盤には、一から十二までの数字がきざんであるのですからね。

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