初級翻訳・大金塊 第23話

大金塊

船と島とのあいだは、五十メートル、三十メートル、二十メートルとせばまっていきます。
それにつれて、おそろしい岩のかたまりが、おっかぶさるように、目の前に近づいてきました。
「お客さん、やっぱり、この島へあがりなさるのかね。」
 漁師のじいさんは、明智探偵と宮瀬氏の顔を見くらべながら、なるべくならば、このまま帰ってもらいたいものだ、といわぬばかりに、声をかけました。
「むろん、あがるよ。そのために来たんじゃないか。」
 明智が答えました。
「悪いことはいわぬ。やめたらどうですかね。何年というもの、この島へは、ひとりもあがった者はないのだからね。この島には鬼のたましいがこもっておりますのじゃ。ぼっちゃんなんぞつれてあがっては、どんなことが起こるかもわからんでのう。」
 漁師は島へつくのを一分でもおくらせたいらしく、船の速力をぐっとひくめて、まじめな顔で意見をするのでした。
「なあに、だいじょうぶだよ。この子どもたちは、からだは小さいけれど、きもったまは大きいのだからね。化けものなんかにびくびくしやしないよ。とにかく、約束したとおり、島へつけてくれたまえ。」
 明智がきびしい調子でいいますと、じいさんはしかたなく、船を島の岸に進めました。
岸といっても、砂浜なんかがあるわけでなく、トンネルみたいな岩の穴の下をくぐって、岩でかこまれた池のような、小さな湾の中へはいりますと、一方に、岩が段々になっているところがあって、船はその前につきました。
「ぼくたちは、この島でしばらく遊ぶつもりだから、きみはここで待っていてくれてもいいし、ここにいるのがいやだったら、一度かえって、二時間ほどしてから、ぼくたちを、むかえに来てくれてもいい、どちらでもいいようにしたまえ。」
 明智がいいますと、漁師のじいさんは、
「それじゃ、一度かえって、あとからおむかえに来ますでのう。こんなとこに、ひとりぼっちでおられるもんじゃない。」
と、つぶやきながら、大急ぎで、船のむきをかえて、もと来たほうへ帰っていきました。
年よりのくせに鬼のたましいとやらが、よくよくこわいのでしょう。
「あのじいさん、おくびょうものだね。今にもそのへんから、化けものでも出るように、びくびくしていたよ。」
 不二夫君が、おかしそうにいいました。
「ぼくたちは鬼ガ島たいじの桃太郎なんだから、鬼が出てくれたほうがいちばんおもしろいと思っているのにねえ。」
 小林君も、あいづちをうつのでした。
それから、四人の探検隊は岩の段々をのぼって、いよいよ鬼ガ島に上陸しました。
岩の切り岸をのぼると平地に出ました。
そこは岩ではなくて土になっていて、森のように、木がはえしげっていましたが、一行は、何年という長いあいだ、人の通ったあともない、森の中の落ち葉をふんで、ぐんぐん、烏帽子岩の方角へ進んでいきました。
森を出はなれますと、そのむこうは、ごつごつした岩ばかりです。
小林少年と不二夫君は、手を引きあって、その岩のあいだをかけだしていきましたが、壁のようになった岩の切れめのところで、びっくりしたように、立ちどまってしまいました。
「あ、あれだ、あれが獅子岩だ。」
「そうだね、神社においてある石の獅子とそっくりだね。」
 それは五メートルほどもある、獅子の顔でした。
さかだったたてがみのようなものもあります。
耳らしいものもあります。
目のところが大きくくぼんで、その下に、ガッとひらいた口があります。ふつうの岩が何千年というあいだ、雨や風にさらされて、いつの間にかこんな形になったのでしょうが、それにしても、なんというふしぎな岩でしょう。
本当に獅子の顔です。
まるで生きているようです。
そばへ寄ったら、その大きな口で、がぶっと食いつきそうに見えるではありませんか。
さて、読者のみんな、四人の探検隊は、いよいよ目的の場所についたのです。
むこうには烏帽子岩とカラス岩とがそびえています。
ここには獅子岩がおそろしい顔をもたげています。
一目で三つの岩が見えるのです。
しかし、いったいこの三つの岩のどこから、「東へ三十尺」はかるのでしょうか。
どの岩もあまり大きくて、そのもとになるところが、どこなのか、まるで検討もつかないではありませんか。
明智探偵は、このなぞをどんなふうにとくのでしょう。
とけたなぞ

 四人はしばらくの間、三つの岩のみごとさに、金塊のことなどすっかり忘れてしまって、ただ見とれているばかりでしたが、やがて、宮瀬さんがやっと暗号のことを思いだして、明智に話しかけました。
「見たところ、烏帽子岩と獅子岩とは五十メートルもはなれているようですが、この獅子がどうして、あの烏帽子をかぶることができるのでしょう。
暗号には『獅子が烏帽子をかぶる時』とありますが、大地震でも起こらないかぎり、この二つの岩がかさなりあうことなんて、思いもおよばないじゃありませんか。
明智さん、あの暗号をどうお考えになりますか。」
「ぼくも今それを考えていたところです。
あの暗号は、この獅子岩が本当にあの烏帽子岩をかぶるという意味じゃなく、何かもっと別のことだと思うのです。
もう少ししらべてみましょう。」
 さすがの明智探偵にも、それだけがまだわからないのでした。
それから、四人はごつごつした岩の道を歩いて、獅子岩、烏帽子岩、カラス岩の順に、一つずつそばへ寄ってしらべてまわりました。
近よって見ますと、三つとも見あげるような大岩で、なんだかおそろしくなるようでしたが、不二夫君は大喜びで、小林少年をさそって、岩の上へよじのぼって、下にいるふたりのおとなに「ばんざい!」などとさけんでみせたりするのでした。
明智探偵はそれらの岩を、一つ一つたんねんにしらべているようすでしたが、べつにこれという発見もないらしく、四人はまた、もとの獅子岩のそばへもどってきました。
島へ上陸したのは午後三時ごろでしたが、岩を見まわっているうちに、いつの間にか時間がたって、もう五時をすぎていました。
太陽は西のほうの海面に近づいて、だんだん形が大きくなり、赤い色にそまっていくのでした。
不二夫少年は、またしても獅子岩の上によじのぼって、ひとりではしゃいでいましたが、とつぜん大きな声でさけびました。
「やあ、すてきすてき、獅子の形があんなにのびちゃった。
小林君、ごらん、獅子の頭がもう少しでむこうの烏帽子岩にとどきそうだよ。
ぼくの影もあんなに長くなっちゃった。
ほらほら……。」
 さけびながら、不二夫君は獅子岩の上で手をふってみせましたが、その手の影が、ずうっとむこうの岩のはだにうつって、ひらひらと動いているのです。
不二夫君のいうとおり、獅子岩の影は、今にも烏帽子岩にとどきそうになっています。
下に立っている三人は、不二夫君に教えられてその影をじっと見つめていましたが、やがて、明智探偵がハッと何ごとかを気づいて、うれしそうな声で宮瀬さんに話しかけました。
「宮瀬さん、わかりました。
暗号のなぞがとけたのです。
不二夫君のおかげですよ。
今の不二夫君のことばで、すっかりなぞがとけたのです。」
「エッ、不二夫のことばで? 私にはさっぱりわかりませんが……。」
 宮瀬さんはびっくりしたように、名探偵の顔を見つめました。

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