初級翻訳・天国へいった仕立屋さん 第1話

グリム ヴィルヘルム・カール

ある晴れわたった日のことでした。
神さまは天国のお庭を散歩なさろうと思い立ち、使徒や聖者たちをみんなお連れになりました。
そのため、天国には聖ペテロさまがたったひとりで残っていました。
神さまは、ご自分がご不在の間は、だれも天国に入れてはいけないよ、と聖ペテロさまにお言いつけになりました。
それで、聖ペテロさまは門のところに立って、番をしていたのです。

するとまもなく、だれかが門をトントンとたたきました。
ペテロさまは、
「だれかね。何の用事だい?」
とたずねました。
「わたくしは、まじめで正直な仕立屋でございます。どうかお入れくださいまし。」
と、やさしい声がしました。

「ふむ、正直だと?」
と、ペテロさまは言いました。
「首つり台にのぼったどろぼうみたいなものだな。おまえは指を長くして、ひとの布地をハサミで横取りしたじゃないか。おまえは天国には入れないよ。それに、神さまがお出かけの間は、だれも中に入れてはいけないと、固く言いつかっているんだ。」

「どうか、お慈悲をおかけくださいまし!」
と、仕立屋さんは大きな声でもうしました。
「仕立台からひとりでに落ちてくるようなハギレの布きれなんかは、泥棒なんていうほどのものではございませんよ。ごらんくださいまし、わたくしは足がわるいのです。そのうえずっと歩いてまいりましたので、足にまめができてしまって、もう引き返すことができないのです。どうかなかにいれてくださいまし。どんなひどいお仕事でもいたします。お子さんたちをだっこもいたしますし、おむつだって洗濯いたします。お子さんたちが遊んだイスをきれいにして、ぞうきんがけもいたしますし、お子さんたちのやぶけたお洋服のつくろいだっていたします!」

聖ペテロさまはかわいそうになって、仕立屋さんのために門をほんのすこし開けてやりました。
仕立屋さんはそのすきまから、やせほそった体をすべりこませました。
仕立屋さんは門のうしろのすみっこに腰をおろして、そこでだまってじっとしているように言いつかりました。
だって、神さまがお帰りになったとき、仕立屋さんを見つけて怒られたら大変ですからね。

仕立屋さんは「そのとおりにします」と言ったのですが、聖ペテロさまがちょっと門の外に出ているあいだに、すっと立ちあがりました。
そして、ものめずらしさから、天国のすみずみを歩きまわって、あちこ치を見物しました。
いちばんおしまいにやってきたところには、美しく立派ないすがたくさんあって、その真ん中には、ピカピカかがやく宝石をちりばめた、金の安楽いすがおいてありました。
この安楽いすは、ほかのいすよりもずっと背が高くて、その前には金の足台がおいてありました。
これは、神さまがおうちにいらっしゃるとき、いつもおかけになるいすだったのです。
そしてここから、神さまは地上でおこるすべてのことを、見渡すことができたのでした。

仕立屋さんはそこにじっと立って、このいすをかなり長いことながめていました。
だって、このいすがほかのどれよりも気に入ってしまったからです。
とうとう、仕立屋さんはがまんできなくなって、上にちょこんと登り、その安楽いすにすっぽり腰をおろしました。
すると、地上でおこっていることが、なんでもかんでも見えました。
ちょうどそのとき、小川で洗濯をしていたみにくいおばあさんが、ベールを二枚こっそりごまかしたのが、目にとまりました。
仕立屋さんはこれを見ると、かんかんに腹をたてて、金の足台をひっつかむがはやいか、天国から地上のどろぼうばあさんめがけて投げつけました。

けれども、仕立屋さんにはもともと、あの重い足台を持ち上げるだけの力はありませんでした。足台は手からすべり落ちてしまいます。
そこで、仕立屋さんはあわてて安楽いすからそっとすべりおり、門のうしろのもとの場所にかえって、何食わぬ顔をしてすわっていました。

神さまは、天国の人びとをおともにつれてお帰りになりましたが、門のうしろにいる仕立屋さんにはお気づきになりませんでした。
けれども、安楽いすに腰をおかけになろうとしたところ、足台が見当たりません。
神さまは聖ペテロさまに、足台はどこへいったのかとおたずねになりました。
しかし、もちろん聖ペテロさまは知りません。
そこで、神さまはなおも言葉をつづけて、ではだれを中に入れたのか、とおたずねになりました。
「足のわるい仕立屋のほかは、だれもはいらなかったはずでございますが……、その仕立屋は、いまも門のうしろに控えております」
と、聖ペテロさまは答えました。

そこで、神さまは仕立屋さんにすぐ出てくるようお言いつけになりました。
そして、
「おまえが足台を持ち去ったのかね? そして、その足台をいったいどこへやったのかね?」
とおたずねになりました。
「ああ、神さま。……」」
と、仕立屋さんはニコニコしながら答えました。
「ぼくは地上で、おばあさんがお洗濯をしているときに、ベールを2枚こっそり隠すのを見たんです。だからついカッとなって、そのおばあさんに向かって足台を投げつけちゃったんです!」
」
「ほう、おまえはなんと罰当たりなやつだ。
」
と、神さまはおっしゃいました。
「もしも、おまえが人をお裁きするように、このわしが世界を裁いていたとしたら、どうだ。おまえのような者は、とっくの昔に罰せられておったと思わんかね?
わしだって、ここにあるイスも、腰かけも、安楽イスも、それどころか暖炉の火かき棒だって、罪を犯した者たちに向かって次々に投げつけていただろうから、ここにはとっくに何も残っていなかったことだろう。
もう、おまえを天国にいさせてやるわけにはいかない。
門の外に出ていきなさい。
その上で、これからどっちへ行くべきかしっかり考えるんだな。
この天国では、このわし、つまり神のほかに、誰にも人を罰する権利はないのだからな。
」
 聖ペテロさまは、仕立屋さんを連れていき、もといた天国の門の外へ追い出さなければなりませんでした。
仕立屋さんは靴がボロボロにやぶれ、足はまめだらけでした。そこで杖をつきながら、気ままな兵隊さんたちが陽気に騒いでいる〈ちょい待ち屋〉へと歩いていきました。

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