初級翻訳・天馬 第16話

天馬

こうして彼は、目だけを赤々と燃え上がらせ、まるで狂った泥牛(でいぎゅう)のような恐ろしい姿になっていきました。
だが実際のところ、今度こそはお経や念仏が漂う海風にあおられて、ふわりふわりと天上の世界へ上っていきそうな心地がしていました。
しかし、本当はそうではありません。
彼の心の底では、自分が今、売春宿が立ち並ぶ界隈に入り込んでいることをちゃんと分かっていたのです。
本当は、かつて自分が泊まったことのある家々を探し求め、もがきながら歩き回っていたわけなのです。
けれど、どこを見ても同じような赤や青のペンキを塗りたくった家ばかりで、ちょうどその時ざあと降り出した土砂降りの雨の水煙にかすんで、何も見えなくなっていきます。
彼は腕を大きく振り上げ、何かを二言三言、大声で叫びました。
それから突然、また殺気立った断末魔の闘牛のように恐ろしい勢いで駆け出し、家々の大きな門を片っ端から叩いて回り始めたのです。
「この内地人を救ってくれ、救ってくれ!」
彼は息をぜいぜいと荒げながら叫びました。
そしてまた別の家へ飛んでいき、その大門を激しく叩きつけます。
「開けてくれ、この内地人を入れてくれ!」
また駆け出します。
大門を叩きます。
「もう僕は鮮人(朝鮮人)じゃねえ! 玄の上竜之介(げんのうえ りゅうのすけ)だ、竜之介だ! 竜之介を中に入れてくれ!」
どこかで、雷がゴロゴロと低く唸っていました。

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