その小林くんに変装をさせ、殿村探偵の後をつけさせて、うまく敵の裏をかくことができたというわけです」
中村係長も刑事たちも、このハッとするような分かりやすい説明を聞いて、なるほどそうだったのかと、いまさらのように明智探偵のすばらしい推理に感心しましたが、しかし、まだどうにもすっきりと納得いかないところがありました。
中村係長は、もどかしそうに両手をぎゅっとにぎりあわせながら、明智の言葉をさえぎって質問しました。
「しかし、これほど世間をさわがせて、自分の身の危険をおかしてまで、そんなふくしゅうをするなんて、いったい何者なんですか。
まるで気が狂ったとしか思えませんよ!」
「そんな、とっぴで気が狂ったような犯罪者を、われわれはたったひとりだけ知っているはずです。
変装のすごさといい、誘拐した子どもたちを傷つけなかった点といい、それに、まるで魔法使いのようなやり口といい、ある人物の姿をありありと思いださせるではありませんか。
少年探偵団というものが、どういうきっかけで組織されたか、また少年探偵団が、そんなにうらまれるほど苦しめた相手は、いったいだれだったのかを、よく思い出してごらんなさい」
それを聞くと、中村係長はギョッとしたように、明智の顔をじっと見つめました。
「おっ、まさか、あなたは……!」
「そうですよ。
ぼくはあの怪盗二十面相のことを言っているのです」
明智探偵は、ついにそのおそるべき人物の名を口にしました。
ああ、怪盗二十面相。
二十のまったくちがった顔を持っているといわれた、あの変装の名人。由緒ある美術品ばかりをねらって、ふつうのお金などには目もくれず、血を流すことが大きらいで、ピストルや短刀などをほとんど使ったことのない、あの紳士的な大泥棒。
小説「怪人二十面相」や「少年探偵団」をお読みになった読者のみなさんは、その二十面相がどんなふしぎな盗賊だったかを、よく知っていることでしょう。
明智探偵は、せむしの殿村も、気味の悪い怪人物・蛭田博士も、みなその二十面相の変装にすぎないのだと言ったのです。しかし、二十面相は「少年探偵団」の物語の最後で、地下室の火薬のたるに火をつけて、みずから爆死してしまったではありませんか。
死んでしまった二十面相が、どうして蛭田博士や殿村に化けることができたのでしょう。
中村係長は、そんなばかなことが、といわぬばかりに、聞きかえしました。
「あなたはあの二十面相が、まだ生きているとでもおっしゃるのですか。」
「そうです。生きていたのです。
今から考えてみると、ぼくたちは、あいつにまんまといっぱい食わされたのです。
あの爆発のとき、ぼくらは遠くへ逃げていたのですから、二十面相が死んだのを、直接この目で見たわけではありません。
あいつは逃げようと思えば、逃げることができたのです。
そして、遠くから導火線で火薬を爆発させ、さも自殺したように見せかけることもできたのです。
そのしょうこに、あとで爆発の場所をしらべてみても、あいつの死がいらしいものは、どこにも見あたらなかったではありませんか。
当時は、大爆発のために、粉みじんになってしまったのだろうと考えたのですが、じつはそうではなくて、あいつはわれわれの目をくらまして、こっそり逃げだしていたのです。」
「では、あなたは、さっきの青年の顔に見おぼえがあったのですか。あれが二十面相の素顔だったのですか。」係長は息をはずませて、明智探偵につめよりました。
「いや、見おぼえがあるのではありません。
あいつは二十のちがった顔を持つといわれる怪物です。
さっきの青年の顔もほんとうの素顔ではないかもしれません。
あいつの素顔なんて、だれも知らないのです。」
「じゃあ、あなたは、何をしょうこに?」
「ざんねんながらしょうこはありません。
しかし、あらゆる事情が、ぼくの考えを裏書きしているのです。
二十面相でなくて、あれほど、とっぴな、ずばぬけた芸当のできるやつが、ほかにあろうとは思われません。
ぼくは、確信しているのです。
ぼくの長い探偵生活の経験が、それをはっきりぼくに教えてくれたのです。」
まさか、われわれの名探偵明智のことばに、まちがいがあろうとは思われません。
すると、あの希代の変装魔二十面相は、やっぱり生きていたのでしょうか。
ああ、なんということでしょう。
あの怪物が、この東京のまんなかを大手をふって歩いていたなんて。
「二十面相とすれば、なおさらほうってはおけません。
ぼくはすぐ警視庁に帰って、そのことを報告し、逮捕の手配をしなければなりません。」係長は、それほどの大物をとりにがしたくやしさに、地だんだをふまぬばかりです。
「いや、いまさらあわててもしかたがありません。
相手が二十面相では、一度逃がしてしまっては、きゅうにとらえる見こみはないのですよ。
あいつは今ごろは、どこか別のかくれがに身をひそめ、まったくちがった人間に化けて、ぼくらをあざわらっていることでしょう。
しかし、ご安心なさい。
あいつはいつまでもかくれがにじっとしているはずはありません。
今にまた、ぼくらに挑戦してきますよ。
それだけが、あいつの生きがいなのですからね。
ぼくらは、ただあいつが挑戦してくるのを、待っていればいいのです。
こんどこそは逃がしませんよ。
名探偵明智の名にかけて、きっと、とらえてお目にかけます。」明智は、何か心に期するところあるもののように、力強く言いきるのでした。
ちょうどそのとき、まるで明智の今のことばを裏書きでもするように、意外なことがおこりました。
「ここに、明智さんとおっしゃる方がおいででしょうか。」夜番小屋の外で、大声にわめいているのが聞こえました。
明智探偵は、それを聞きますと、何かハッとしたように緊張の色をうかべましたが、急いでガラス戸をひらいて、外のやみをのぞいて見ますと、そこに自動車の運転手らしい若い男が、手に折りたたんだ紙きれを持って立っていました。
「明智はぼくだが。」
「ああ、あなたですか。これをわたしてくれってたのまれたのです。」
運転手がさしだす紙きれを受けとって、小屋の電灯にかざして見ますと、それは手帳の紙を二枚切りとったもので、鉛筆でつぎのようにおそろしい文句が書きなぐってありました。
明智君、ひさしぶりだったねえ。
おれが生きていようとは、さすがのきみも意外だったろう。
魔術師の腕まえはザッとこんなものさ。
ところで、今夜は、きみのためにさんざんのめにあわされたね。
ざんねんだが、おれの負けとしておこうよ。
だが、最後のどたんばで、きみはあっけなく獲物を逃がしてしまったじゃあないか。
明智君、これまでのところは、おれのふくしゅう事業の序幕にすぎないのだぜ。
これからほんとうにおそろしいことが始まるのだ。
きみも小林も、それから探偵団のチンピラどもも、首を洗って待っているがいい。今におれの知恵のおそろしさを堪能するほど見せてやるから。
生きている二十面相より
ああ、やっぱり名探偵の推理はまちがっていなかったのです。
それをいち早くみてとって、先手を打って名のって出た二十面相も、さすがではありませんか。
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