初級翻訳・子供の時分の話 第2話

子供の時分の話

「さあ、ここから二人が人買いの船に乗せられて沖の島へ連れていかれるところだ。もっと先まで見せてあげるよ。
さあ、一緒においでなさい」
とおじいさんは屋台を担いで、お城の中へと入っていきました。
私は、悪者がお姉ちゃんと弟にどんなひどいことをするのだろうと心配になり、かわいそうでたまらなくなって、その続きが見たさに、あめ売りの後をついていってしまったのです。
まわりはすっかり畑で、人一人通っていませんでした。
すると不意に、おじいさんは屋台を下ろすと、私をグッと捕まえたのです。
私はびっくりして声を出す暇もありませんでした。おじいさんは私の口に手ぬぐいをグッと当てて声が出せないようにし、
「いいところへ連れていってやるから、おとなしくこの箱の中に入るんだ」
と言って、私を無理やり箱の中へ押し込んでしまいました。
それを背負うと、おじいさんはスタスタと道を歩いていきました。
狭くて身動きもできないような真っ暗な箱の中に押し込められ、私はどうすることもできずじっとしているしかありませんでした。
おじいさんがどこを通っているのか、私にはまったくわかりませんでした。
その後はおじいさんもチャルメラを吹かず、ただ黙ってさっさと歩いていました。
「あまり一人で遠くへ行くと、人さらいに連れ去られてしまうよ」
と言っていたおばあちゃんやお母さんの言葉が思い出されて、私は胸が張り裂けそうに悲しくなり、しくしくと泣きました。
おじいさんがどこをどう歩いているのか、私にはさっぱりわかりませんでした。
かなり長い時間歩いたと思ったころ、おじいさんはようやく屋台を下ろしました。
そして、箱の中から私を外に出してくれたのです。
このとき改めてよく見ると、おじいさんの顔は本当に気味が悪いほど真っ白で、目がギラギラと光っていました。
私は、いつも村に来ていたあの無愛想なあめ売りのおじいさんを思い出して、「あの人のほうが、どれほどよかったかしれない」と心から思いました。
「さあ、何も怖いことはない。私と一緒に行くんだ」
おじいさんはそう言うと、屋台を木の下に置いたまま、先に立って歩き出しました。
私は、そこがどこなのか、まったくわかりませんでした。
そこは寂しい山のあいだで、両側には松の木やいろいろな雑木が生い茂った山が重なり合っていました。
そして、谷のあいだに細い一本の道が続いているだけでした。
おじいさんのあとをついていきながら、「いったいどこへ連れていかれるんだろう」と不安でいっぱいになりながら歩いていると、やがてセミが松林で鳴いている声が聞こえてきました。
「日が暮れたらどうなってしまうんだろう」と思うと、もう一歩も歩きたくなくなりましたが、道のほうもわからないので逃げ出すこともできませんでした。
お母さんやおばあちゃんが、私を探してどんなに心配しているだろうと思うと、私は胸が詰まるような思いがしました。
「さあ、この峠を越せば、もうすぐだからね」
とおじいさんが言いました。
これから一体どんなところへ連れていかれるのだろうと、そのことばかりが頭に浮かんで、心配で心配でたまりませんでした。
やがて峠を越えると、三軒か四軒ほどの、古くて粗末な家が建っていました。おじいさんは、その一軒の家に私を連れて入りました。
すると、そこには上半身裸になった大男が四、五人いて、花がるたに興じていました。
男たちは大きな目をむいて、夢中になってかるたを取っていました。
「こんな子供を連れてきたぞ」
とおじいさんはみんなに向かって言いました。
けれども、だれも相手にせず、かるたのほうに夢中になっていました。
「どれ、お湯に入ってこよう」
とおじいさんは言って外へ出ていきました。
そこは、沸かし湯の小さな温泉宿だったのです。
私はポツンと一人で座って、このものすごい部屋の中を見回していました。
当時はまだランプも電灯もなく、ただ古ぼけた行燈(あんどん)が部屋の隅にポツンと置いてありました。
私は心の中で、「ここはきっと悪者たちの隠れ家に違いない」と思いました。
そして、「この隙に逃げ出さなければならない」と強く思いました。
私は、あのときのことを今でも鮮明に覚えています。
そのとき、按摩(あんま)さんが笛を吹きながら家の前を通りかかりました。
私は決心をして、男たちに気づかれないようにそっと部屋を出て、下駄を履きました。
そして、「だれか見ていないか」と辺りを見回すと、勝手口のところで、まだ若い女の人が白い手ぬぐいをかぶって働いていました。
私は、その女の人がなぜかやさしい人に見えたので、そばへ行って、
「おばさん、どうか私を家へ帰してください」
と、泣きながらそのたもとにすがりつきました。
すると、やさしそうなその女の人は、私の顔をじっと見てから、
「見つかったら大変だから、早く私におぶさりな。あのおじいさんがいないうちに逃げなければならないからね」
と言い、かぶっていた白い手ぬぐいを取ると、それで私の顔が見えないようにすっぽりと隠してくれました。
私は目をふさがれたまま女の肩につかまり、その背中におぶさりました。すると女の人はすぐに足音を立てないように歩き出し、やってきたときの峠を下っていきました。
やがて女の人は二、三町(約200〜300メートル)ほど来ると、息を切らして私を下ろし、ちょっと休みました。
けれど、まだ私の目から手ぬぐいは外してくれませんでした。
「私はみんなに知られたらひどい目に遭うから、ここから引き返しますよ。坊ちゃんは、今からあっちから来る馬方(うまかた)さんに頼んであげるからね」
と女の人は言うと、ガラガラと馬に荷車を引かせてきた馬方に、何やら小声で話しかけました。
「また元気でいたら、坊ちゃんに会えるかね。けれど、だれかが取ってくれるまで、独りで手ぬぐいを取ってはいけませんよ」
と女の人は言いました。
私は黙ってうなずきました。
そしてなぜか、このやさしい女の人と別れるのがたまらなく悲しくなりました。
私は馬車の上に乗せられ、長い間、知らない街道をガラガラと引かれていったのであります。
どんなところを通ったのか、どんな景色だったのかは、目を隠されていたので少しもわかりませんでした。
そして、ある場所に来たときに、
「ここだ」
と言って馬方は車を止め、
「さあ、降りなさい。そして、少しここで立って待っているんだよ」
と言って、私を抱き下ろしてくれました。
私は言われたとおりにその場に立っていました。
そのうち馬方は、馬を引いて行ってしまいました。
ガラガラという車の音は、しばらく遠ざかっていくまで私の耳に聞こえていました。
しかし、いつまで待っても、いつまで待っても、だれも迎えに来てはくれませんでした。
私はついに悲しくなって泣き出しました。
声を大にして、わんわん泣き出しました。
すると、だれかがやってきて、私の目隠しを取ってくれました。
目を開けて見ると、それはなんと私のお父さんで、私は村はずれの大きな並木のかげにぽつんと立っていたのです。
日は、もうとっくに暮れていたのでありました。

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