「文句はないだろ! とろけるような目つきをしやがって、こっちが恥ずかしくなっちまったぞ。だが、もちろん気に入ったなら結構だ、俺としても嬉しい限りだな。もらうんだろうな?」
「くれるのか?」孫七郎はそう言って、ぽっと顔を赤らめた。「だからこそ呼んで見せたんだ。おまえがそんなふうに正直に乗り気になってくれるなら、俺としてもやりがいがあるというものさ。そこで相談なんだが、もらうと決まったなら、早いほうがいいだろう」
「そりゃあ早いほうがいいに決まってるさ、石原寸度右衛門(いしはらずんどえもん)! なんせ俺も、ずっと長いこと『欲しい、欲しい』って思っていたんだからな。今日、これからってのはどうだろう?」
「おい待てよ! おまえ、いくらなんでもあけすけすぎやしないか? ひどすぎるぞ」
「そうか? そんなにひどいかな、石原寸度右衛門」
「日頃の孫七らしくもない。もちろんそれほど気に入ってくれたなら申し分ないけれど、こういうことにはちゃーんと順序というものがあるんだからさ。向こうだってそれなりに準備が必要だし、まるで子猫をもらうみたいなわけにはいかないんだよ」
「だけど、どうせくれる気になったんならさあ、なあ石原寸度右衛門! そうやって準備だの順序だのって面倒くさいことは抜きにして、あっさりくれたっていいじゃないか。おまえと俺の仲なんだし、それにまだほかに二頭も持っているんだろ? ええ、石原寸度右衛門?」
「なんだ、ほかにまだ二頭って……?」寸度は首をかしげた。「おい孫七、ちょっと待てよ。なんだか話が少し変だぞ。おまえ、いったい何の話をしているんだ?」
「なんだって、決まってるだろ、背黒(せぐろ)の話に決まってるじゃないか」
「なにが背黒だ! おまえ、馬の……!」寸度はまるで不意打ちを食らったような目をむいた。「冗談じゃないぞ孫七! それじゃあ話がまるで噛み合ってないじゃないか。さっきから俺が言っているのは『縁談』のことだぞ! 嫁をもらうかどうか、その相談をしているんだよ!」
「なんだよそれ、そんな疑い深いこと言うなよ! 今さらになってそんなバカな冗談はやめてくれよ」
「それはこっちのセリフだ! よく聞けよ孫七、いったい昨日の娘は気に入ったのか、それともいらないのか? まずその返事を先にしてくれ!」
「昨日の娘……?」今度は孫七が首をかしげた。「それはいったい、どこのどこの娘のことかね?」
「どれもこれもない、昨日の夜に見せた娘さ! 晩ご飯のときに給仕に出てきた娘がいるだろう? おまえ、とろけそうな目でじーーっと見てたじゃないか」
「そんなの知らんぞ! そんなやつがいたか? 石原寸度右衛門、冗談もいい加減にしてくれよ」
「冗談なんかじゃない! 俺は本気で怒るぞ!」
「バカな真似はやめにしようぜ」孫七郎は逆にぐいっと詰め寄った。「順序があるだの、子猫の準備だの、給仕の娘だの嫁だの……おまえの言うことはワケがわからない! いいか、石原寸度右衛門、俺はごたごたした話は大嫌いなんだ! すべてのことは白黒をはっきりさせなくちゃいけない。はっきりと、いいか? そこで改めて聞くけどさ、その『背黒』を俺にくれるのか、くれないのか!? いるのかいらないのか、それだけを聞かせてくれよ! 余計な講釈は一切抜きだ。それだけはっきりさせろ、わかったか、石原寸度右衛門!」
寸度右衛門は、はぁ〜と大きなため息をついた。
(そうか……)彼は心の中でつぶやいた。(昨日、こいつは厩(うまや)の前にへばりついていたっけな。きっと、まえからずっと欲しがっていたあの名馬『背黒』に見とれていたんだ。つまり、こいつの頭の中は『背黒』のことでいっぱいに違いない。だから、いくら可愛い娘を見せたって、目に入るわけがなかったんだ……!)
寸度はむっと顔をしかめ、その場にどっしりと立ち上がった。
「俺はもう帰る!」
「帰るって、おい、背黒の話はどうなるんだよ?」
「やるもんか!」寸度はたたきつけるように吐き捨てた。「背黒だろうが腹黒だろうが、まっぴら御免だね! 『長いあいだ欲しかった』だの『今日のうちにもらいたい』だの、どうも妙なことを言うと思ったぞ。おまけに顔まで赤くしやがって……まさか、馬のことだったとは……!」
「まさか馬とは……」とブツブツつぶやきながら、寸度はぷんぷん怒って帰りかけたが、ふと途中で振り返り、怒鳴るように叫んだ。
「ついでだから言っとくけどな! おまえはいつも俺を呼ぶときに、『石原寸度右衛門』ってフルネームで呼ぶだろ。『なあ、石原寸度右衛門』『やあ、石原寸度右衛門』って……もうたくさんだ! 人の名前っていうのは、あまりにきっちりフルネームで呼びすぎると、かえって変な感じがするものなんだぞ! まるでからかわれてるような気すらしてくる。これからは名前だけで呼べ! いいか、孫七!」
「なんだい、難しい注文をつけるじゃないか」孫七郎は困ったように目をしばしばさせた。「苗字を抜いて、名前だけ……つまり、ただ『寸度右衛門』って呼ぶのか? 寸度右衛門……ずんどえもん……寸度……。なんだか、山の谷間で大砲でも撃ってるみたいな響きだなあ」
寸度は何も言い返さず、そのままスタスタと立ち去っていった。
四
腹を立てて帰りはしたものの、寸度はかえって以前よりも孫七郎のことが好きになってしまった。
あんなにお上品で可愛い娘を見せられても、目に入るのは馬のことだけ。武士なら本来、それくらい一途であるべきで、むしろそれに怒るほうがまちがっている。やっぱり、孫七はいつまで経っても孫七だ――そう思ったのだ。
――よし、こうなれば、どんな手を使ってでもあの男に嫁を持たせてやらなくてはならん。しかし、相手はなかなかの強敵だ。何かうまい作戦を考えないと、絶対に「うん」とは言わないやつだからな。どうにかして絶対に逃れられないような必勝の策はないものか……。
そう考えながら、寸度はしきりとそのチャンスをうかがっていた。だが、それよりもより早く、思いがけぬ大きな合戦が始まってしまい、そんな恋の企みなど一瞬で吹き飛んでしまったのである。遠江(とおとうみ)の国、周智郡(しゅうちぐん)には、天方(あまがた)というお城があったんだ。三倉川(みくらがわ)の真ん中あたり、深い谷のふちにドンとそびえる、すごく守りやすい場所だね。そこを守っていたのは、武田信玄(たけだしんげん)の家来の中でもものすごく強いって評判の、久野弾正宗政(くのだんじょうむさまさ)という武将。三千人の強い兵士を引き連れて、しっかり城を守っていたんだ。
この天方城は、浜松城を北側からギロッとにらみつけるような位置にあって、徳川家康(とくがわいえやす)の軍勢が北へ進んでくるのをガッチリ食い止める、一番大事な最前線の城だったんだ。それだけじゃなく、ここを基地にして、チャンスさえあれば徳川の領地に攻め込んでやろうって、虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたんだよね。
家康の方でも、「あそこの城は、ずっと目の上のたんこぶだな……」って前からずっと思っていて、いつ攻めようかとチャンスをうかがっていたんだ。
コメント