「こいつはとてつもなく危険なものだなあ」
「なにがそんなに危険なんだよ!」
「なにがって、石原寸度右衛門、おまえにはこれが見えないのか? むやみやたらにこんな弓矢だの、鉄砲の弾だんなんぞが飛んできてさ、戦場という場所はとびきり危険なところじゃないか」
寸度は目をむき出し、何か怒鳴りつけようとした。だがそのとき、右翼のほうから「城兵が打って出るぞ!」と叫ぶ声が響いた。「突っ込め!」とわっと鬨(とき)の声をあげるのを合図に、寸度は孫七をそのままにして、くぼ地から一目散にとび出していった。
5
まさしく敵は城門を開けて斬り込んできた。
攻め手側の兵士たちも鬨の声をあげながら突っ込んでいく。なだらかな丘の起伏と、うっすらと青みを帯びた草原が続く、まさに合戦にふさわしい戦場だ。両軍の兵士たちは剣や槍をきらめかせ、まるで濁流と濁流が激しくぶつかり合うように衝突した。
ちょうどその戦場の真ん中あたりに、一本の八重桜が立っていた。淡い牡丹色の花がまさに満開で、木の陰が黒々と見えるほどこんもりとした花のかたまりをいくつも重ねている。そのまわりで槍や刀がキラキラと光り、敵も味方もごちゃ混ぜになって戦っていた。
不思議なことに、なぜかその桜の木のまわりがいちばん激しい戦いとなっていた。少しわきへ移ろうかと思っても、まるで事前に相談していたかのように、すぐにまたそこへ集まってしまうのだ。
「こいつはおもしろいなあ」孫七郎は丘の上から眺めながら、とっても楽しそうにつぶやいた。「どういうわけであんなに桜のまわりへ集まるんだろう。もっと端っこのほうへ行けば足場だっておおろかなのにさ。あれはつまり、合戦をするにも花陰(はないか)あたりのほうが、気分が盛り上がって景気がいいってわけかねえ」
その一戦が片付くまで、彼は丘の上から一歩も動かなかった。
それはまだ、敵の出方をうかがう「探り合いの戦い」だった。敵は城のほうへ引き込もうとするし、味方は城兵をおびき出そうとする。いつでも本格的な決戦になる含みを持たせつつ、まだお互いの実力をはかり合っている、そんな段階の戦いだったのだ。
だから、引き返しのつかない決定的などんちゃん騒ぎが始まる前に、両軍は手際よくサッと別れた。
寸度右衛門も自分の部下をまとめて後退した。そしてさっきのくぼ地のところまで戻ってくると、そこに立っている孫七郎を見つけて駆け寄った。
「無事だったか孫七、けがはないか!」
「けがだって……?」孫七郎は、まるでかわいそうなものを見るような目で友達を見た。「なんでおれがけがをするんだよ」
「なんでって、つまり、おまえさっき斬り込んだんじゃないのか?」
「斬り込みなんかしないさ」
「じゃあ……」寸度はゴクリと唾をのんだ。「じゃあ、さっきからずっとそこに突っ立ってたのか?」
「ああ、こうしてずっと突っ立ってたさ」
「どうして斬り込まなかったんだ!」寸度は怒鳴りつけた。「せっかく戦場にやってきて、目の前で本物の合戦を見ているのに、どうしてアホみたいに突っ立ってるんだよ! おまえ、怖気づいたのか!」
「では、もう合戦はおしまいなのかい、石原寸度右衛門」
「バカなことを言うな! 合戦はこれからだ。さっきのは『探り合い』って言ってだな、本当の戦いは今から始まるんだよ!」
「そんなんなら、なにもそんなにセカセカすることはないじゃないか」孫七郎は、むしろ諭すようにそう言った。「おれにはまだ、戦争の空気やタイミングがつかめないんだ。だからまあ、ここから様子を見ていたというわけさ。物事には順序ってもんがあるからさあ」
寸度右衛門は、もうあきれて、さっさと自分の陣へと戻っていった。
その日の日暮れどきにもう一度だけ戦闘があったけれど、孫七郎はそれにも参加しなかった。「どうもまだ、合戦のノリがわからないんだ」と言うばかりなのだ。相手になるとイライラして腹が立つだけなので、寸度右衛門は恐ろしい目つきでキッと睨みつけると、「どうとでも自分の好きなようにしろ!」と吐き捨て、もう孫七郎のことなど放っておくことにした。
……明けて翌日の早朝、後ろ側(搦手)の攻撃が始まると同時に、表側(大手)の兵士たちもいよいよ決戦を挑んで陣を進めた。
城の主将である久野弾正は、すべての兵を二手に分けて巧みに守り、何度も攻め手を苦戦に追い込んだ。
およそ午前十時頃だっただろうか。石原寸度右衛門が左翼から中央へ突っ込もうとしていると、ふと向こうに柿ノ木孫七郎の姿が見えた。いよいよ本格的に動き出すか――そう思って見ていると、孫七はいつものマイペースな足どりで、ずっかずっかと合戦場の中へ歩いていきました。まるで草鞋(わらじ)が重くてしかたないと言わんばかりの歩き方です。そして、あの八重桜の木の下までようやくたどり着くと、そこに槍を立てかけ、やおら桜の枝のひとつへジャンプして飛びつきました。
「なんだ、あいつは! 頭でもおかしくなったのか!」
石原寸度右衛門は、あまりのことに目を丸くして睨みつけました。
まわりでは兵士たちが押しつ返しつ、敵も味方も命がけで戦っています。もうもうと土埃(つちぼこり)が舞い上がり、刀や槍がきらきらと光り散る。耳をつんざくような叫び声が響き渡り、あらゆるものが激しくぶつかり合って渦巻いている――まさに「地獄の修羅場」ともいうべき決戦の真っただ中だというのに、孫七郎だけは悠々と桜の枝を折っているのです。
彼は二度、三度とピョンピョン飛びあがり、ようやく手まりのように花をつけた見事なひと枝を折りとると、ひどくご機嫌な様子でそれを自分の鎧(よろい)の矢入れ(箙/えびら)にスポッと差し込みました。
そこへ、もう我慢の限界を迎えた寸度が駆けつけてきました。
「なにをやっているんだ! いい加減にしろ孫七、きさま、こんな合戦のど真ん中でそんなのんきなことをしていると、雑兵の餌食(えじき)になるぞ!」
「おや、石原寸度右衛門、おまえか」
孫七は、まるで待ちかねていたかのように嬉しそうな声をあげました。
「おれはおまえを捜していたんだ。ものすごく大事な話があるんだよ、ちょっとそこへ腰掛けないか」
「突っ込め!」と寸度は怒鳴りつけました。「突っ込め孫七! きさまはこれが初陣だぞ。せめて敵の総大将の首のひとつも取らんと、浜松へは帰れないんだぞ! さあ突っ込むんだ、孫七!」
「それはわかっているけどさ、でも大切な話が……」
寸度はもう一度「突っ込め!」と絶叫したまま、槍を構え直してまっしぐらに敵の群れへとびこんでいきました。
孫七郎は、やれやれとため息をつくような目でその背中を見送りましたが、すぐに首をひねるようにして、矢入れに挿した桜の花枝の具合を確かめました。よほど気に入ったのか、満足そうな表情を浮かべると、パンと手を叩き、そこに置いておいた槍をひょいと持ち上げました。そして、「それじゃあ、ひとつ行くとするか……」といった様子で、ふたたび前へと歩きだしたのです。
前後左右、どこを見回しても、斬り結ぶ敵と味方の兵士たちでいっぱいでした。
ちらっと見ただけでは、どれが味方でどれが敵なのかさっぱりわかりません。誰も彼もが目を血走り、歯をくいしばって、目の前の相手だけに集中して刀を交えています。
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