インド人たちは緑ちゃんをひっかかえ、小林君をつきとばすようにして洋館に入り、せまい廊下づたいにふたりを奥まった部屋へと連れ込みましたが、見るとその部屋のすみの床板にぽっかりと四角い黒い穴があいているのです。
地下室への入口です。
「この中へ入りなさい。」
インド人がおそろしい顔つきで命じました。
小林君は両手を縛られてまったく抵抗力を奪われているのですから、どうすることもできません。
言われるままにそこに立てかけてある粗末なはしごを、あぶなっかしく地面の穴ぐらへと降りていくほかはありませんでした。
小林君がほとんどすべり落ちるようにしてまっくらな穴ぐらの底に横たわると、インド人のひとりがはしごの中段まで降りて、そこから緑ちゃんの小さな体を小林君の倒れている上へと投げ落としたのです。
やがてはしごがスルスルと天井に引き上げられ、穴ぐらの入り口は密閉され、地下室は真っ暗やみになってしまいました。
そのやみの中に、体の自由を奪われた緑ちゃんと小林君とが折り重なって倒れているのです。
緑ちゃんは顔中を涙に濡らして泣きいっていますが、さるぐつわに妨げられて「ウウウ……」という悲しげなうめき声がもれるばかりです。
ああ、かわいそうなふたりはこれからどうなっていくのでしょうか。
少年捜索隊
ちょうどそのころ、篠崎君のおうちの近くにある養源寺の門前を、六人の小学校上級生が何か話しながら歩いていました。
先頭に立っているのは篠崎君の親友である、よく太った桂正一君です。
桂君は学校で篠崎君から今度の事件のことを聞いたものですから、まずいとこの羽柴壮二君に電話をかけ、羽柴君から少年探偵団員に伝えてもらって一同が桂君のところに勢ぞろいしたうえ、篠崎家を訪問することになったのです。
団員のうち三人は都合が悪く、集まったのは六人だけでした。少年探偵団員たちは、仲間に何か不幸があれば、必ずお互いに助け合おうという固い約束を結んでいました。
いま、団員の篠崎始君のおうちは、恐ろしい悪魔に襲われています。
しかもそれが、このあいだから東京中を騒がせている「黒い怪物」なのですから、少年探偵団はもう、じっとしているわけにはいきませんでした。
ことに彼らの団長である小林少年が、篠崎君の頼みに応じて出動したことがわかっているものですから、一同はいよいよ勇み立ちました。
「黒い怪物」をぜひ自分たちの手でとらえて、少年探偵団の手並みを見せつけてやろうと、団員たちはもうすっかりはりきっているのです。
桂正一君は、養源寺の門前まで来ると、そこに立ち止まって、いつかの晩の冒険について一同に語り聞かせました。
読者諸君は、そのとき黒い怪物が養源寺の墓地の中で、まるで消え失せるように姿を隠してしまったことを記憶しているでしょう。
「本当にかき消すように見えなくなってしまったんだよ。
ぼくはお化けなんか信じないけれど、墓地の中だろう。
それに真っ暗な夜だろう、さすがのぼくもゾーッと震え上がって、やにわに逃げ出してしまったのさ。
その墓地っていうのは、この本堂の裏手にあるんだよ」
桂君はそう言いながら、お寺の門内に入って本堂の裏手を指さしました。
少年たちも桂君といっしょにぞろぞろと門内に入り、たそがれ時のもの寂しい境内をあちこちと見回していましたが、最年少の羽柴壮二君が何を発見したのか、びっくりしたように桂君の腕をとらえました。
「正一君、あれ、あれ、あすこを見たまえ。なんだかいるぜ」
ほとんど震え声になって壮二君が指さすほうを見ますと、なんと門の横の生垣のそばの低い樹木のしげみの中に、何かモコモコとうごめいているものがあります。
それがどうやら人間の足らしいのです。
人間の足が、しげみの中からニョーッと現れて、まるでいも虫みたいに動いているのです。
一同それに気づくと、いくら探偵団などといばっていても、やっぱり子どものことですから、ゾッとして立ちすくんでしまいました。
お互いに顔を見合わせて、今にも逃げ出しそうな様子です。
無理もありません。
物の姿がおぼろに見える夕暮れ時、寂しいお寺の境内で、しかも桂君の怪談を聞かされたばかりのところへ、うす暗いしげみの間からふいに人間の足が現れたのですからね。
おとなだって、おびえないではいられなかったでしょう。
「よし、ぼくが見届けてやろう」
さすがは相撲の選手です。
桂正一君は、おびえる一同をその場に残して、ただひとりしげみのほうへ近づいていきました。
「だれだっ。そこにかくれているのは、だれだっ」
大声でどなりつけてみても、相手は少しも返事をしません。
といって逃げ出すわけでもなく、いも虫のような足がますますはげしく動くだけです。
桂君はまた二、三歩前進してしげみのかげをのぞき込みました。
そして、何を見たのかギョッとしたように立ち直りましたが、いきなり後ろを振り向くと一同を手招きするのです。
「早く来たまえ、人が縛られているんだよ。ふたりの人が、ぐるぐる巻きに縛られて転がっているんだよ」
お化けではないとわかると、団員たちはにわかに勢いづいてその場へと駆けだしました。
見ると、たしかにそのしげみのかげに、ふたりのおとなが手と足をめちゃくちゃに縛られ、さるぐつわまではめられて横たわっていました。
そのうちのひとりは着物をはぎとられたとみえて、シャツとズボン下ばかりのみじめな姿です。
「おや、これは篠崎君とこの秘書だぜ」
桂少年はそのシャツ一枚の青年を指さして叫びました。
それから、六人がかりでなわをとき、さるぐつわをはずしてやりますと、ふたりのおとなはやっと口がきけるようになって、事のしだいを説明しました。
縛られていたのは、シャツ一枚のほうが篠崎家の秘書・今井君、もうひとりの洋服の男は篠崎家お出入りの自動車運転手でした。
ふたりの説明を聞くまでもなく、もう読者諸君にはおわかりでしょうが、今井君が主人の言いつけで自動車を呼びに行き、気心の知れた運転手を選んで同乗し、篠崎家へ引き返す途中、この養源寺の門前にさしかかると、とつぜんふたりの覆面をした怪漢に呼びとめられ、ピストルをつきつけられて有無を言わせず縛り上げられてしまったというのです。
そして、その怪漢のひとりが今井君の洋服をはぎとって今井君に変装すると、ふたりは奪い取った自動車に飛び乗るなり、そのまま運転してどこかへ走り去ってしまったのだそうです。団員たちは、ふたりのおとなといっしょに、ただちに篠崎家にかけつけ、事のしだいを報告しました。
それをお聞きになった篠崎君のおとうさま、おかあさまは、もう、まっさおになっておしまいになりました。
ふたりがこんなめにあわされたからには、さいぜんの自動車は、インド人が変装して運転していたのにちがいない。
すると、緑ちゃんも小林君も、今ごろは、彼らの巣くつにつれこまれて、どんなひどいめにあっているかわからないのです。
すぐさま警察へ電話がかけられる。
まもあらせず、所轄警察署からはもちろん、警視庁からも、捜査係長その他が自動車をとばしてくる、篠崎家は、上を下への大さわぎになりました。
コメント