初級翻訳・少年探偵団 第35話

少年探偵団

美術室の下には、さらに一段深い地下の穴ぐらが用意してあったのです。
二十面相は明智のゆだんを見すまして、すばやく穴ぐらのかくしぶたをひらき、その暗やみの中へころがりこんでしまったのです。
われらの名探偵は、またしても賊のためにまんまとはかられたのでしょうか。
このどたん場まで追いつめながら、ついに二十面相をとりにがしてしまったのでしょうか。
読者諸君、ご安心ください。
明智探偵は少しもさわぎませんでした。
そして、さもゆかいそうにニコニコと笑っているのです。
探偵はゆっくりその穴ぐらの上まで歩いていきますと、あいたままになっている入り口をのぞきこんで、二十面相によびかけました。
「おいおい、二十面相君、きみは何を血まよったんだい。この穴ぐらをぼくが知らなかったとでも思っているのかい。知らないどころか、ぼくはここをちゃんと牢屋に使っていたんだよ。よくそのへんを見てごらん。きみの三人の部下が、手足をしばられ、さるぐつわをはめられて、穴ぐらのそこにころがっているはずだぜ。その三人はぼくの仕事のじゃまになったので、ゆうべからそこに引きこもってもらったのさ。その中にひとり、シャツ一枚のやつがいるだろう。ぼくが洋服を拝借したんだよ。そして、つけひげをして、お化粧をして、まんまときみの部下になりすましたのさ。ぼくはね、そいつが、大鳥時計店の例の地下道から、にせものの黄金塔をはこびだすのを尾行したんだぜ。そして、きみのかくれがをつきとめたってわけさ。ハハハ……。二十面相君、きみはとんだところへ逃げこんだものだね。まるで、われとわが身を牢屋へとじこめたようなものじゃないか。その穴ぐらにはほかに出口なんてありゃしない。つまり地の底の墓場のようなものさ。おかげできみをしばる手数がはぶけたというものだよ。ハハハ……。」
明智はさもおかしそうに笑いながら、十一体の仏像どものほうをふりむきました。
「小林君、もうここはいいから、みんなをつれて外へ出たまえ。そして、警官隊に、二十面相を引きとりにくるよう伝えてくれたまえ。」
それを聞きますと、将軍の号令でも受けたように、十一体の仏像は、サッとれんげ台をとびおりて、部屋の中央に整列しました。
仏像が少年探偵団員のきばつな変装姿であったことは、読者諸君も、とっくにお察しになっていたでしょうね。
団員たちは、うらみかさなる二十面相の逮捕を、指をくわえて見ていることができなかったのです。
たとえ明智探偵の足手まといになろうとも、何か一役引きうけないでは、気がすまなかったのです。
そこで、小林団長のいつかの知恵にならって、賊の美術室にちょうど十一体の仏像があるのをさいわい、そのうす暗い地下室で、団員ぜんぶが仏像に化け、にくい二十面相をゾッとさせる計略を思いたちました。
そして小林少年を通じて、明智探偵にせがんだすえ、とうとうその念願をはたしたのです。
その夜明け、賊の部下に変装した明智探偵のあいずを受け、林の中をかけだした黒い人かげは、ほかならぬ小林少年でした。
小林君はそれからしばらくして、少年探偵団員を引きつれ、賊のかくれがにやってきたのでした。
十一体の仏像は正しく三列にならんで、明智探偵をみつめ、そろって挙手の礼をしたかとおもうと、
「明智先生、ばんざーい。少年探偵団、ばんざーい。」
と、かわいい声をはりあげてさけびました。
そして、まわれ右をすると、小林少年を先頭に、奇妙な仏像の一群は、サーッと地下室をかけだしていったのです。
あとには、穴ぐらの入り口と、その底とで、名探偵と怪盗とのさし向かいでした。
「かわいい子どもたちだよ。あれらが、どれほど深くきみをにくんでいたと思う。それはおそろしいほどだったぜ。あたりまえならば、こんなところへ来させるものではないけれど、あまり熱心にせがまれるので、ぼくもいじらしくなってね。それに、相手は紳士の二十面相君だ。血のきらいな美術愛好者だ。まさか危険もあるまいと、ついゆるしてしまったのだが、あの子どもたちのおかげで、ぼくは、すっかりきみの機先を制することができた。仏像が動きだしたときの、きみの顔といったらなかったぜ。ハハハ……、子どもだといってばかにできないものだね。

明智探偵は、警官隊が来るまでのあいだを、まるでしたしい友だちにでもたいするように、何かと話しかけるのでした。

「フフフ……、二十面相は紳士泥棒か。二十面相は血がきらいか。ありがたい信用をはくしたもんだな。しかしね、探偵さん、その信用もばあいによりけりだぜ。」

地底の暗やみから、二十面相の陰気な声が、すてばちのように響いてきました。

「ばあいによりけりとは?」

「たとえばさ……。今のようなばあいさ。つまり、おれはここでいくらじたばたしたって、もうのがれられっこはない。しかも、その頭の上には、知恵でも腕力でもとてもかなわない敵がいるんだ。やつざきにしてもあきたりないやつがいるんだ。」

「ハハハ……、そこできみとぼくと、真剣勝負をしようとでもいうのか。」

「今になって、そんなことがなんになる。この家はおまわりにかこまれているんだ。いや、そういううちにも、ここへおれをひっとらえに来るんだ。おれのいうのは、勝負をあらそうのじゃない。まあ早くいえばさしちがえだね。」

怪盗の声はいよいよ陰にこもって、すごみをましてきました。

「え、さしちがえだって?」

「そうだよ。おれは紳士泥棒だから、飛び道具も刃物も持っちゃいない。だから、むかしの侍みたいなさしちがえをやるわけにはいかん。そのかわりにね、すばらしいことがあるんだ。ね、探偵さん、きみはとんでもない見おとしをやっているぜ。フフフ……、わかるまい。この穴ぐらの中にはね、二つ三つの洋酒のたるがころがっている。きみはそれを見ただろうね。ところが、探偵さん。このたるの中には、いったい何がはいっていると思うね。フフフ……、おれはこういうこともあろうかと、ちゃんとわが身のしまつを考えておいたんだ。きみはさっき、この穴ぐらを墓場だといったっけねえ。いかにも墓場だよ。おれは墓場と知ってころがりこんだのさ。骨も肉もみじんも残さず、ふっとんでしまう墓場だぜ。わかるかい。火薬だよ。このたるの中にはいっぱい火薬がつまっているのさ。おれは刃物を持っていないけれど、マッチは持っているんだぜ。そいつをシュッとすって、たるの中に投げこめば、きみもおれも、たちまちこっぱみじんさ。フフフ……。」

そして、二十面相は、その火薬のつまっているというたるを、ゴロゴロと穴ぐらのまんなかにころがして、そのふたをとろうとしているようすなのです。

さすがの名探偵も、これにはアッと声をたてないではいられませんでした。

「しまった。しまった。なぜあのたるの中をしらべて見なかったのだろう。」

くやんでも、いまさらしかたがありません。いくらなんでも、二十面相の死の道づれになることはできないのです。名探偵には、まだまだ世の中のために、はたさなければならぬ仕事が、山のようにあるのです。

逃げるほかにてだてはありません。探偵の足が早いか、賊が火薬のふたをあけ、火を点じるのが早いか、命がけの競争です。

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