初級翻訳・屋根の上の黒猫 第1話

屋根の上の黒猫

昭和九年の夏のこと。横井春野(よこいはるの)くんが、三田と稲門の熱い野球の試合を見て家に帰ってきたまさにその時、千葉の市川に住んでいる弟の奥さんから、
「病気がとても重くて危篤状態です。すぐに来てください!」
という電報が届きました。

横井くんは弟の体調がたまらなく心配になり、夜遅くの時間もいとわず、急いで市川へと駆けつけました。
そして、弟の家の門をくぐろうとした時、なんとなく上のほう、屋根の上に目をやったのです。すると、そこに一匹の黒猫がちょこんといて、まるで糸のようにかそけき声で、にゃあ、にゃあと鳴いていたのです。

その瞬間、横井くんは心の底から「しまった……!」と思いました。

というのも、横井くんのお父さんがまだ元気だった若いころ、お酒の勢いで一匹の黒猫を刺し殺してしまったことがあったのです。それ以来、横井くんの一家に何か不幸なことが起きる時には、必ず決まってこの黒猫が姿を現すようになっていたからです。

お父さんが亡くなった時も、そして四人の兄弟たちや、二人の幼い子供たちが亡くなった時も、やっぱり同じように黒猫がやって来て、屋根から離れようとしなかったのです。

横井くんはこれまでの悲しい出来事のたびにその不気味な猫を見ていたので、「この野郎……!」と怒りがこみ上げ、足元にあった小石を拾い上げると、思いっきり猫めがけて投げつけました。

すると、猫は屋根の向こう側へ隠れたようだったので、横井くんが改めて家の中に入ろうとしたところ、猫はすぐにまたひょっこり姿を現し、どこか寂しそうに鳴き声をあげました。

弟のことが気になってしかたない横井くんは、もう一度小石を拾って投げつけてから、やっとの思いで家の中に入りました。

部屋の中では、弟が息も絶え絶えになり、今まさに最後の呼吸を引き取ろうとしているところでした。

それでもやっぱり猫のことが頭から離れない横井くんは、もう一度外に出て猫を追い払おうとしましたが、猫はどうしても屋根の上から離れようとしません。

そして、空が白みはじめる夜明け頃になって、その猫の声がピタリとやんだと同時に、弟は静かに息を引き取ったのでした。

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