当惑したように、口ごもって、なにやら身振りをするばかりだった。
松室泰助は、しんこくに考えこむだけだし、正木重兵衛はしきりに説を立てるが、あまりに飛躍的であり、また矛盾が多かった。
――要するに反抗でしょう、世間一般の俗習に抵抗することでしょう。
彼はこう云ったことがある。
抵抗の第一着手は「結婚を拒否する」ことである。
妻をもち、子が生れ、温たかい家庭ができる。
勤めにも故障がない、という状態が、精神をふやけさせ、人間を飼い犬のようにする。
だからこそ、真理を探求する禅家では、思考の自由を確保するために、一生不犯の戒律をまもるのである、などといきまいた。
しかし、五人のなかで、いち早く結婚したのは、当の重兵衛であった。
青山主馬は家が近所なので、幼いときからの友であり、半之助にはもっとも遠慮のない相手だった。
彼には不幸な恋の経験がある。
相手は青山家の遠縁の者で、稲垣数馬という、二千石ばかりの旗本の娘であった。
名はしほといったが、主馬が十八歳、しほが十六歳のとき、お互いに恋しあい、逢うことはごく稀にしかなかったが、手紙はしげしげと遣り取りした。
半之助はそれをうちあけられ、手紙のなかつぎもした。
ときには娘からの文を読まされたこともあるが、たいへん熱烈な、そして情緒のあふれる文言であって、――あなたと御夫婦になることができなければ、死んでしまうか、尼さんになるほかはない、このことは命にかけて誓う。
そんなふうな、むやみなことを、番たび書いて来たようだ。
正直のところ、半之助はうらやましかったし、嫉妬もしたが、それ以上に感動させられたものである。
それから約一年半ばかりして、しほは左のような手紙をよこして、他へ嫁にいってしまった。
――やむを得ない事情で結婚することになった、あなたが自分を愛して呉れるのなら、どうか自分の幸福を末ながく祈ってもらいたい、自分はたぶん、思いだすたびに、あなたのために、泣くことであろう。
主馬はその手紙を、半之助に読ませたとき、けむったいような表情をして、ゆっくりとこう云った。
――おれは今、自分が三銭くらいのねうちしかないような、こころもちだ。
遠藤千之助が、青山氏は捻ったようなことを云う、といったが、それはそのころから始まった癖であった。
二
充実した、意義ある、望ましい生き方をするには、どうしたらいいか。
五人のなかまのうち、これを、もっともしんけんに考えているのは、半之助よりも、むしろ青山主馬であったかもしれない。
彼は決して正面からは、そのことを論じなかった。
例の捻ったような、そらをつかうようなことを云うので、正木重兵衛や松室泰助などは、どうかすると、ふざけるな、といったふうな顔をした。
だが半之助にはそうでないことがわかる。主馬は、自分が感じたことや考えたことを、できるだけありのままに言葉に表そうとするのだった。
そして、非常に回りくどい表現をするのだが、よく聞いてみると、真面目で味わい深い意見が少なくなかったのだ。
父親の三回忌の日からちょうど四、五日たった、ちょうど非番の日。午前十時ごろに、青山主馬が遊びにやって来た。
母親は酒の用意を言いつけてから、谷町へこのあいだのお礼に出かけていたので、主馬も袴を脱いで、のんびりとくつろぎながら話し始めた。
「この家では最近、すぐに酒を出すようだが、お父さんの代からの習慣なのかい?」
「いや、最近のことだよ。父は酒が嫌いではなかったけれど、特別な客でもない限り、そうやすやすと酒を出すような人ではなかったからね」
「すると、安倍の好みかい?」
「それもあるけれど、そればかりでもないんだ」
半之助は苦笑した。
「最初はね、母が俺を一家の主人にしたくて、すこし甘やかしているような気持ちがあったらしいんだ。こうやってどっしりと構えて、もっともらしく盃など持っていると、すこしは頼もしく見えるらしいのさ。こっちも、何か酒でも飲むほかに気の紛らわせようがない状態だったから、ついついそれに便乗していたんだけど、少し前から、それとは別の意味を持ちはじめたんだよ」
「――というと?」
「一種の賄賂ってやつさ。はっきり言うと、ご機嫌取りだね」
「――すると」
主馬はふと思い当たったようにうなずいた。
「縁談というわけだな。あの法事に日に来ていた人だろう?」
「どうして知っているんだ?」
「どうしてって、正木の失言のせいで、俺たちはこの家に来ざるを得なくなったじゃないか。あのときお酌に出ていたから、見かけたのさ」
「そんなふうに見えたのかい?」
「明らかに、お嫁さんの候補者という様子だったね」
「つまり、そういうことさ」半之助は盃を下に置いた。「いつか話したと思うが、谷町の連中は立身出世主義と物欲の塊のような人間なんだ。父も嫌っていたし、俺もとうとう好きになれそうにない」
「しかも、見込まれたわけか」
「それも、俺の人間性を見込まれたわけじゃない。要するに、頭数の問題なのさ。あの老人は少将(柳沢吉保)に取り入って、自分の勢力を拡張することに狂奔しているんだ。俺に娘をくれてやって、自分の手下(陣笠)の数を増やそうという魂胆なのさ」
「そして母親は、そうしたいと願っているわけかい?」
「まだ露骨には言わないけれどね」
半之助は苦い顔をした。
「そうだとすると、相当警戒しなければいけないな」
主馬が言った。
「何について……」
「この縁談さ。谷町の老人は強敵だ。あの人の着物の中身は人間の体じゃなくて、自信そのものだからね。自分がそうしようと思えば、どんな手段を使ってでも必ずやり遂げる、という気質の持ち主だ。それに、あの令嬢までが、じつに父親によく似ている」
「まさにその通りだね」
「安倍と結婚することは、安倍の家を継ぐことじゃなくて、あの家の庇護者になることだと確信しているよ。親も娘も、まさかこの縁談を拒絶されるなどとは、これっぽっちも思っていないね」
「それは向こうの勝手さ」
「よろしい。だが向こうはこっちの自由なんて認めやしないぜ」主馬は自分の盃に酒を注いだ。「それには、もうひとつ、こういう理由がある。さっき安倍は、谷町の老人が頭数を増やす、と言ったね」
「事実、そうなのさ」
「いや、それ以上なんだよ。頭数、それは老人だけじゃない。少将の側近(帷幄)ぜんたいが、そのために今やっきとなっているんだ」
半之助は疑わしそうな目を向けた。
主馬は盃を持ったが、すぐには飲もうとせず、どう説明したものかというように、すこし首をかしげた。
「柳沢はもう危うくなっている」
「そんなのはずっと前からさ」
「だが、これまではみんな立ち消えになってきた。なぜだろう? 柳沢退陣という情勢は、うわさだけでなく、事実として何度も形に現れたんだよ。それがどうしてうやむやに終わってしまったか、わかるかい?」
「まあ、聞かせてもらいましょう」
「つまり、要するに、殺生禁断(生き物殺しを禁じる法令)さ」
そこで主馬は酒をぐっと飲んだ。
「あの禁令はもちろん柳沢が出したわけじゃない。
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