初級翻訳・山彦乙女 第33話

山彦乙女

かんば沢へ入っていったというのは確からしいものの、そのほかのことはすべて謎のままで、遺体さえも見つけることができなかったのです。
「何かがそこにあったんだ」半之助はこう呟きながら、雨雲が低く垂れ込めた空を見上げました。「しかも、それはただごとではない。叔父はそれを恐れていた。同時に、それに惹かれてしまう自分自身のことも恐れていた。おそらく、あそこへ行けば自分が破滅すると分かっていたのだろう。それなのに、どうしてもそこへ行かずにはいられなかったのだ」
どこかへずるずると吸い込まれていくような不思議な気持ちで、しばらく空を見つめていた半之助は、やがて立ち上がり、叔父の遺品が入った包みを取りに、納戸へと入っていきました。

四

それから丸三日、彼は叔父が遺したものを夢中になって読みふけりました。
雨は一向にやまず、低い湿地のほうにはまるで池のように水が溜まり、きれいに耕した斜面の土は端から崩れだし、土留めの柵を作っても防ぎきれなくなっていました。
村野市造(むらのいちぞう)は、下働きや人足たちに指示を出して、一生懸命に水の逃げ道を作ろうとしていましたが、地面がどろどろに柔らかいのと、雨がいつまでもやまないのとで、結局どうにもならなくなってしまったようでした。
「こりゃあもうどうしようもないな。雨があがったらやり直すとするか」
そんな声が聞こえてきました。
半之助はほとんど部屋から出ませんでした。
夜遅くまでランプの芯を焼き直し、明るくしながら、読書をしたりメモを取ったりしていました。
地図 二枚
見聞記 二冊
日記 三冊
「みどう清左衛門に関する調書」一冊

油紙の包みの中には、これだけが入っていました。
そのうち今必要なのは、甘利郷の簡単な地図と、みどう家に関する調書ですが、最初にページを開いたとき、まず彼の目を引きつけたのは、黒いひし形を三つ組み合わせた家紋の写しでした。
――これだったんだ。
半之助は思わず声をあげそうになりました。
山村座の茶屋で見た、あの半※(はんじ)の蒔絵(まきえ)の紋。
丸茂の家の釘隠しに使われていた金具。
どちらもまったく同じで、どこかで見覚えがあると思っていたのですが、それは、自分が十六歳のときにこの調書を見た記憶が残っていたからなのです。
――となると、これら三つのものの関係はいったいどうなっているのだろう。甘利郷のみどう家と、江戸で見たものとは、直接につながりをもっているのだろうか。
さらにもう一つある。
青山主馬の話によると、慶安事件に資金を提供した、不明の後援者の家紋も同一であったというが、それもここに関係があるのだろうか。
しかしこれらの疑問は、半之助の「かんば沢」に対する興味を、かくべつ強めるものではなかった。
なぜなら、叔父を狂気の如く惹きつけたのは、そういう政治的な秘密に属したものではない筈である。
そのことは「調書」を読んでみても、はっきりとわかった。
叔父が「みどう家」を探査にでかけたのは、初めは甲府城代の意志であったらしい。
記録の冒頭の部分に、その報告のために書く、という意味が記されてある。
そして、その書きだしのなかで、
 甘利郷の土着民は、表に従順をよそおっているが、じつは極端に排他的で、よそから入って来る者には、決して宿を与えないし、野宿をするにしても、あらゆる隙を蘯って、危害を加えようとする。
という記述がある。
叔父は売薬商人に化けていったのだが、どの家でも泊めようとしなかったし、ふいに物蔭から、石や棒切れを投げられたりした。
要するに、探査は極めて困難であった、というのであるが、これはつまるところ、その探査に、「目的」のあることを示すのだが、記述はたちまち、その目的から離れて、異様な混乱と、意味の知れない、断片的なものにと、変ってゆくのであった。
だが、その調書からは、具体的なことは、ごく僅かしか把めなかった。
文章が混乱しているばかりではなく、むやみに消したり、細字の(判読できない)書き込みがあったりして、要点を抜き書にしてみても、意味をなさないところが多かった。
半之助は、日記や見聞記をも照合しながら、幾たびも読み返し、ついには綴糸を切って、消してある部分を裏から見たりした。
しかし辛うじて、
 ――伏岩は沢の窪の西を……。
――むささびの巣があって。
――椹ヶ池の底には、……伝説の巨木が沈んでいるのが見え、……その周囲は……。
――暗がりから、危なく、またしてもあの。
――死地に入らずんば、運、生死は天命なり。
右のような、切れ切れの字句を、拾うことができただけであった。
つづめたところ、これらの手記からは、なにがそんなにも叔父を惹きつけたか、という理由を知ることはできなかった。
ぜんたいを通じて眼につくのは、繰り返し、「かんば沢へ近よってはいけない」と警告していることである。
――それは云い伝えられているよりも、はるかに大きな、決定的な危険がともなう。
そんなふうに、強い調子で、いやになるほど執拗に、書いていることであった。
その他のことは、どう読んでも、統一した意味がつかめない。
漠然とした恐怖感、謎めいた危険の暗示、しかも断ちがたい異様な執着。
そういったものが、脈絡もなく繰り返してあるだけだった。
半之助はやがて、その調書を投げだした。
彼はおちつかなくなった。
もう、村野と夕食を共にすることもなくなり、酒を飲もうとも云わなかった。
「なにを待ってるんだ、いつまでぐずぐずしているんだ」
 そんなことを、とつぜん呟くことがあった。
自分では意識しないで、そして、自分の呟きにびっくりしたように、慌ててまわりを見やったりした。
明らかに、彼のなかでなにかが動きだしていた。
それは外がわからきたものでなく、彼の内部に、深く、ながいこと眠っていたものであり、その時期が来て、にわかに、めざめだしたもののようであった。
――かんば沢。
今や、その名が、彼のなかでふくれあがり、彼を掴み、恐ろしいほどの力で、彼を誘惑した。
その名は、彼の十歳のときに、妖しい強烈な印象を植えつけた。
十四歳で叔父の失踪を聞いて以来、いつかしぜんと忘れていたが、じっさいにはそのあいだも、隠れた意識の底にあって、絶えず彼に呼びかけ、彼を支配しようとしていた、ともいえるようだ。
――かんば沢。
その名が今、活き活きとよみがえってきた。
すると、二十六歳の今日までの月日が、まったく意味のない、空なものに思え、少しも早く脱けだしたいという、激しい欲望にとらえられた。
「こんな生活はもうたくさんだ、これは人間の生活じゃあない」
 気のめいるような雨の音を聞きながら、半之助は苛だたしげに呟いた。
「逃げだそう、早く、一日も早く……」

山鳩

一

 甲州街道の上野原の駅に、千歳屋伝右衛門という宿屋があった。
九月中旬の或る日、まだ八時ころのことだったが、七日まえから泊っていた村田平四郎が、採集物らしい草や、葉付きの木の枝などを、まわりにとりひろげ、机に向って、しきりにそれを写生していた。右がわに、絵具を溶いた(宿の食器を利用したらしい)小皿を、八枚ほど置いて、線描が乾くと着彩するのであるが、線はたしかなものだし、色の合わせようも巧みなものであった。

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