初級翻訳・幸福のうわおいぐつ 第5話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

(偽ヘルシェルが作り出したものよりも、ずっと確かな想像力で形作られていて、もし一列に並べて絵に描いたら、それは美しいアラビア模様になることでしょう。)
この人たちも言葉を話していましたが、夜番の魂にその意味が理解できるとは、誰も思わなかったはずです。
(ところが不思議なことに、それは理解できたのです。人間の魂には、思いもよらない働きがあるものですね。その驚くような芝居じみた才能は、夢の中でも発揮される通りです。夢の中では、知っている誰かが現れて、いかにもその人らしい声で話したりしますよね。あれは、目が覚めてから真似しようとしても、なかなかできるものではありません。どうして魂は、何年も思い出さなかったような人たちを、私たちの前に連れてくるのでしょうか。それも、私たちの心の中に、ごく細かい癖までそのままの姿で現れてくるのです。まったく、私たちの魂が持つ記憶というものは恐ろしいですね。どんな罪でも、どんな悪い考えでも、そのままさらけ出してしまうのですから。こうなると、私たちの心に浮かび、唇に上っただけのどんなくだらない言葉であっても、そのすべてが記録されてしまいそうな勢いです。)

そこで夜番の魂は、月の人たちの言葉をずいぶんと理解することができました。
彼らは地球の話をしていて、「あんな場所に人間が住めるのだろうか?」と疑っていました。
地球の空気は重すぎて、繊細な感覚を持つ月の住民にはとても住めないと言い張るのです。
彼らは、月の世界だけに人間が住んでいると信じていました。なぜなら、古くから人々が住んでいる「本当の世界」と言えば、月のほかにはないと考えているからです。(この人たちは、政治の話もしていました。)

それはさておき、地上へと視線を戻し、夜番の魂が置き去りにしてきた「体」がどうなったかを見てみましょう。
夜番の体は、階段の上で息絶えたように眠っていました。明星を頭に飾った槍は手から転がり落ち、その目はぼんやりと月の世界を見つめていました。
夜番の体は、あこがれの地へと旅立っていった正直な魂のゆくえを、じっと見守っていたのです。
「おい、夜番。今何時だ?」
通りがかりの男が声をかけました。しかし、返事のできる夜番ではありません。
男が何気なく夜番の鼻を軽くつつくと、夜番は体のバランスを崩し、地面に長々と倒れて、そのまま亡くなってしまいました。
鼻をつついた男は、驚いたのなんのという騒ぎではありません。夜番は死んだまま、生き返らないのです。
すぐに知らせが走り、相談が始まり、翌朝にはその体は病院へと運ばれました。

さて、月の世界へ遊びに出かけていた魂が、ひょっこり戻ってきて、東通りに残しておいた体を探し回り、どうしても見つからなかったら、かなり面白いことになるでしょう。
おそらく魂は、まず警察へ駆け込み、それから人事調査所へも行くはずです。そして「なくなった品物」の捜索が始まることでしょう。
それからようやく、病院までたずねていくことになるかもしれません。でも、どうぞご安心を。魂というのは、自分の身の振り方に関しては、この上なく器用なものなのですから。まぬけなのは、魂ではなく体の方でした。
さて、先ほどお話しした通り、夜番の体は病院へと運ばれました。
そして、清潔な病室へと入れられたのです。
遺体を清めるにあたって、もちろん最初に行うべきことは、「うわおいぐつ」を脱がせることでした。
すると、嫌でも魂は体へ帰ってこないわけにはいきません。
そうして、すぐさま魂は体へと戻ってきました。
すると、みるみるうちに死骸だったはずの体に息が吹き返してきました。
夜番は、これこそ一生に一度の恐ろしい夜であったと白状しました。
もう銀貨を何枚もらったとしても、二度とこんな思いはしたくない、と言ったのです。
しかし今となっては、すべてが過ぎ去ったことでした。
その日のうちに、夜番は病院を出ることを許されました。
けれど、「うわおいぐつ」は、そのまま病院に残されることになったのです。

四 一大事 朗読会の番組 世にもめずらしい旅

コペンハーゲンに生まれた人なら、誰でもその町にあるフレデリク病院の入り口がどんな様子か知っているはずです。
でも、この話を読む人の中にはコペンハーゲン生まれでない方もいるでしょうから、まずはその場所について、簡単にお話ししておかなくてはなりませんね。
さて、その病院と往来(通り)との間にはかなり高い柵があって、太い鉄の棒が、まあ、ずいぶん痩せこけた志願助手さんなら無理にでも通り抜けられそうな、そんな間隔をあけて並んでいました。
それで、ここから通り抜けてちょっとした外の用事を済ませることもできたわけです。
ただ、体の中で一番難しいのは頭でした。
そこでよくある通り、ここでも「小頭(あたまが小さいこと)」こそが何よりの幸せ、ということになるのでした。
さて、前置きはこのくらいで十分でしょう。

ある若い志願助手がいました。
体のことだけで言うと、かなりの大頭(あたまが大きい人)でしたが、この人がちょうどその晩、宿直に当たっていました。
雨もざんざんと降っていました。
しかし、そんな二つの障壁にもかかわらず、この人にはどうしても外へ出る用事がありました。
「ほんの十五分ばかりのことだ。わざわざ門番に頼んで門を開けてもらうまでもないだろう。柵をくぐれば出られそうだし」と考えたのです。
ふと見ると、夜番が置き忘れていった「うわおいぐつ」がそこにありました。
これが「幸福のうわおいぐつ」だとは、彼は知る由もありません。
「こういう雨降りの日には、頑丈な靴があるのはありがたい」と思って、彼はそれを自分の靴の上から履きました。
さて、果たして柵を通り抜けることができるものかどうか、今まで試したことがなかったのですが、彼は柵の前に立ちました。
「どうか、頭が外に出ますように」
と、助手は言いました。
するとたちまち、ずいぶんな「つちのこ頭」だったはずなのに、訳なくすっぽりと外へ出ました。
それくらい、「うわおいぐつ」は彼の願いを理解していたのです。
ところが、今度は体を出さなければならないというのに、そこでグッと詰まってしまいました。
「こりゃあ、太りすぎているな。頭が一番始末が悪いと思っていたのだが……。出るのは無理なのか?」と、助手は言いました。
そこで、急いで頭を引っ込めようとしました。
けれども、うまくいきません。
どうやら動くのは首だけで、それ以上はどうにもならないのです。
最初はプリプリと怒ってみましたが、そのうちガッカリして、すっかり機嫌を損ねてしまいました。
「幸福のうわおいぐつ」は、この人をこんな情けない目に遭わせたのです。
しかも不運なことに、「ああ、どうか自由になりたい」と一言願うことを思いつきもせずにいました。
そう言う代わりに、むやみに焦ってガタガタと動きましたが、一向に柵からは抜け出せません。
雨はしぶきを立てて流れています。往来には人っ子一人通りません。門のベルには手が届きません。
どうやって抜け出せばいいのでしょう。
こうなると、明日の朝までそこに立ったまま、ということになりそうです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました