初級翻訳・幻影の盾 第4話

夏目 漱石

しかし、クララの前にひざまずく機会は、もう二度とないだろう。

あるときは野に出て、タンポポの綿毛を吹き比べた。花が散ったあとに残る、柔らかい毛を束ねたような透明な球をとって、ふっと吹く。残った種の数で占いをするのだ。「願いが叶うかな、叶わないかな」と言いながらクララが一吹きすると、種の数が一つ足りなくて「願いは叶わない」という占い結果になった。するとクララは急に元気をなくして、うつむいてしまった。何を思って吹いたのかと尋ねると、「何でもいいの」と、いつになくつっけんどんな返事が返ってきた。その日はろくに口もきかず、ふさぎ込んでいたものだ。

……「春の野にあるあらゆるタンポポをむしって、息が切れるまで吹き飛ばしたとしても、思い通りの占いが出るはずがない」と、ウィリアムは怒るように言う。しかし、「それでもまだ、盾という頼みがあるから」と、自分を打ち消すように言葉を添える。

……これは、お互いに大人になってからのことだ。夏を彩るバラの茂みに二人で座り、瑠璃に似た青空が鼠色に変わるまで語り明かしたことがあった。騎士の恋には四つの時期があるとクララに教えたのはその時だったと、ウィリアムは当時の光景をありありと思い浮かべる。

「第一を『躊躇(ちゅうちょ)の時期』と名づける。これは女の方が、この恋を退けようか、受け入れようかと迷う期間のことだ」と言いながらクララの方を見ると、クララはうつむいて、頬のあたりに微かな笑みを浮かべていた。「この時期の間は、男の方は一言も恋をほのめかすことを許されない。ただ、目にあふれる情けと、息に混じる嘆き、昼は女のそばを、夜は女の住まいのあたりを離れない誠意によって、自分の心の中を悟ってほしいと、言葉を使わずに示すのだ」

クララはこのとき、池の向こうに据えてある大理石の像を、熱心に見つめていた。「第二を『祈念の時期』という。男が女の前にひざまずき、心から『我が恋を叶えたまえ』と願う時期だ」

クララは顔をそむけ、紅いバラの花を唇に当てて吹いた。花びらが一枚、ひらりと飛んで、波のない池のほとりに浮かんだ。花びらの一枚が、梅の花のような形に組まれた池のふちの石欄干に当たり、敷石の上にひらりと落ちた。

「次に来るのは『応諾の時期』。誠実な心を持っていると見抜いた男の心を、さらに確かめるために、女が男にいろいろな試練を与える時期だわ。剣の力や槍の力で成し遂げられるようなことであるのは、言うまでもないけれど」

クララは、私をすべて見透かすような大きな瞳をくるりと動かして、「第四の時期は?」と尋ねた。

「第四の時期を『ドルリ(Druerie)』と呼ぶ。騎士が君主の前にひざまずいて、決して裏切らないと誓うのと同じように、男が女の膝下にひざまずき、手を合わせて女の手の中に置く。そして女が、愛の証として接吻を返して男を受け入れるんだ」

クララは、まるで遠い時代の人に語りかけるような声で、「あなたの恋は、どの時期なの?」と問いかけた。

思いを寄せる人の接吻さえ得られるのなら、と私はクララの方へ顔を寄せた。クララは頬を赤く染め、手に持っていたバラの花を私の耳のあたりに投げた。花びらは雪のように舞い散り、懐かしい香りのひと群れが、二人の足元に降り積もった。

……「ドルリ」の時期なんて、もう望めないんだ。

ウィリアムは、六尺一寸(約185センチ)の大きな体を起こして、どさりと寝返りを打った。壁を切り抜いて高く作られた細い窓からは、ぼんやりとした夜明けの光が漏れている。物の色もはっきりしない薄暗がりの中で、「幻影の盾」だけが、闇に浮かぶ大蜘蛛の眼のように光を放っている。

「盾がある。まだ、盾があるんだ」

ウィリアムは、カラスの羽のように滑らかな自分の髪を握りしめると、ガバッと勢いよく跳ね起きた。中庭の隅からは、鉄を打つ音、鋼を鍛える響き、槌の音、やすりをかける音が聞こえ始めた。戦は、一日ごとに迫ってきている。

その日の夕暮れ、城の全員が天井の高い食堂に集まって晩餐の席についたとき、戦いの時期が、ついに狼将軍の口から発表された。彼はまず、夜鴉(よがらす)の城主が武士道に背いた罪を並べ立て、一門の面目を保つために、七日後の夜を期して一気にあの城を滅ぼせと叫んだ。その声は食堂の四壁を駆け巡り、丸く組み合わされた高い天井に突き当たるほど力強いものだった。

戦いは、もとより近づいていた。ウィリアムも、戦いが迫っていることを覚悟の上で、この日この夜を過ごしていた。しかし今、ルーファスの口から「あと七日」と聞いたとき、さすがの覚悟も、葦の根元にも届かないカニの泡のように、どこへか消え失せてしまった。

夢ではないことを夢だと思い込み、現実を受け入れられないときは、無理にでも事実として諦めるしかない。しかし、その事実を突きつけられるような決定的な出来事が目の前に現れるまでは、夢だと思い込んで日々を過ごすのが人間の習いというものだ。夢だと思っている方が心は安らぎ、現実だと認めるのがつらいからだ。

戦いが事実であると腹をくくったのは、昨日や今日の話ではない。ただ、間違いなく起こるはずの戦いが、今か今かと待っても始まらないために、いっそ夢であってほしいという願いが、かえって「これが現実だ」という思いを抑え込んでいたのだろう。

一年は三百六十五日。過ぎ去るのはあっという間だ。七日など、一年の五十分の一にも満たない。右手を挙げて、左の指を二本立てれば、すぐに七になる。名もなき鬼に襲われて、「名がないから鬼ではないはずだ」と無理やり思い込んでいたのに、突然その正体を見つけてしまい、自分の眼力の鈍さを悔やむ時のような感覚と、今の気持ちはそう変わらないだろう。

ウィリアムは真っ青になった。隣に座っていたシワルドが「病気か?」と尋ねてくる。ウィリアムは「いいえ」と答えて盃を唇に運んだ。中身の足りない酒が何かの拍子に揺れて、縁を越えてテーブルの上にこぼれ落ちる。

そのとき、ルーファスが再び立ち上がり、「夜鴉の城を、その根っこにある岩ごと海に突き落とせ!」と叫び、盃を眉のあたりまで掲げて、ハヤブサのように床へ投げつけた。一座の者たちは「フラー(万歳)!」と叫んで、血のように赤い酒を飲み干した。ウィリアムも「フラー!」と叫び、血のように赤い酒を啜りながら、シワルドが横目で自分を見ているのを感じた。

ウィリアムは一人で席を立ち、自分の部屋に戻ると、人が入ってこないように内側から鍵をかけた。

「盾だ、盾があれば……」

ウィリアムはそう叫びながら、部屋の中を行ったり来たりした。盾は依然として壁に掛かっている。メドゥーサの顔にも似たその盾は、相変わらず天地人を呪い、過去・現在・未来を呪い、近づくものや触れるものはもちろん、目に入る草木までも呪い尽くさずにはおかないような恐ろしい気配をまとっている。

「ついにこの盾を使う時が来たのか」

ウィリアムは盾の下で立ち止まり、壁を仰ぎ見た。部屋の扉を叩く音がしたような気がした。耳を澄ませてみたが、何も聞こえない。

ウィリアムは再び懐からクララの髪の毛を取り出した。

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