初級翻訳・怪人二十面相 第11話

怪人二十面相

「いや、失敬、失敬。君が大人びた言葉を使って、あんまり困らせてくるもんだから、つい吹き出してしまったんだよ。」

賊はやっと笑い終えて、そう答えました。

「というのはね。おれはとうとう、君の正体を見破ってしまったからさ。この二十面相の裏をかいて、これほどの芸当ができるやつなんて、そうたくさんはいないからね。じつをいうと、おれは真っ先に明智小五郎を思い浮かべた。だが、そんなちっぽけな明智小五郎なんてありゃしない。君は子どもだ。明智流のやり方を会得した子どもといえば、ほかにはいない。明智の少年助手の小林芳雄とか言ったっけな。ハハハ……、どうだ、当たったろう。」

観音像に変装した小林少年は、賊の鋭い観察眼に、内心ギョッとせずにはいられませんでした。しかし、よく考えてみれば、目的をはたしてしまった今、相手に名前を悟られたところで、少しも驚くことはありません。

「名前なんかどうだっていいが、お察しのとおりぼくは子どもにちがいないよ。だが、二十面相ともあろうものが、ぼくみたいな子どもにやっつけられたとあっては、少し名折れだねえ。ハハハ……。」

小林少年は負けじと応戦しました。

「坊や、かわいいねえ……。きさま、それで、この二十面相に勝ったつもりでいるのか。」

「負け惜しみはよしたまえ。せっかく盗み出した仏像は生きて動き出すし、ダイヤモンドは取り返されるし、それでもまだ負けないっていうのかい。」

「そうだよ。おれはけっして負けないよ。」

「で、どうしようっていうんだ!」

「こうしようというのさ!」

その声と同時に、小林少年は足の下の床板が、とつぜん消えてしまったように感じました。ハッと体が宙に浮いたかと思うと、その次の瞬間には、目の前に火花が散って、体のどこかが恐ろしい力で叩きつけられたような、激しい痛みを感じたのです。

ああ、なんという不覚でしょう。ちょうどそのとき、彼が立っていた部分の床板が、落とし穴の仕掛けになっていて、賊の指がこっそり壁の隠しボタンを押すと同時に留め金が外れ、そこに真っ暗な四角い地獄の口が開いたのでした。

痛みに耐えかねて身動きもできず、暗闇の底にうつぶしている小林少年の耳に、はるか上のほうから、二十面相の小気味よい嘲笑が響いてきました。

「ハハハ……、おい坊や、さぞ痛かっただろう。気の毒なねえ。まあ、そこでゆっくり考えてみるがいい。君の敵がどれほどの力を持っているかということをね。ハハハ……、この二十面相をやっつけるのには、君はちっと年が若すぎたよ。ハハハ……。」

七つ道具

小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗闇の中で、墜落したままの姿勢でじっとしていました。ひどく腰を打ったものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。その間に、天井では二十面相がさんざんあざけりの言葉を投げかけておいて、落とし穴のふたをピシャリと閉めてしまいました。

もう助かる見込みはありません。永久のとりこです。もし賊がこのまま食事を与えてくれないとしたら、だれひとり知る者もないあばら屋の地下室で、飢え死にしてしまわねばなりません。年は若くとも少年の身で、この恐ろしい境遇をどう耐えしのぶことができましょう。たいていの少年ならば、さびしさと恐ろしさに、絶望のあまりシクシクと泣き出したことでしょう。

しかし、小林少年は泣きもしなければ、絶望もしませんでした。彼はけなげにも、まだ二十面相に負けたとは思っていなかったのです。やっと腰の痛みが薄らぐと、少年がまず最初にしたことは、変装の破れ衣の下に隠して、肩から下げていた小さなズックのカバンに、そっと触れてみることでした。

「ピッポちゃん、きみは、無事だったかい。」

妙なことを言いながら、上からなでるように触れますと、カバンの中で何か小さなものが、ゴソゴソと動きました。

「ああ、ピッポちゃんは、どこも打たなかったんだね。おまえさえいてくれれば、ぼく、ちっともさびしくないよ。」

ピッポちゃんが別状なく生きていることを確かめると、小林少年は闇の中に座って、その小カバンを肩から外し、中から万年筆型の懐中電燈を取り出しました。そして、その光で床に散らばっていた六つのダイヤモンドとピストルを拾い集め、それをカバンに収めるついでに、その中のいろいろな品物を紛失していないかどうか、念入りに点検するのでした。そこには、少年探偵の「七つ道具」が、ちゃんとそろっていました。
むかし、武蔵坊弁慶という豪傑は、あらゆる戦の道具をすっかり背中に背負って歩いたそうですが、それを「弁慶の七つ道具」と呼んで、今に語り継がれています。
小林少年の「探偵七つ道具」は、そんな大きな武器ではなく、ひとまとめにして両手で握れるほどの小さなものばかりでしたが、その役立ち方は、決して弁慶の七つ道具にも劣るものではありませんでした。

まず、万年筆型の懐中電燈。
夜間の捜査には、明かりが何よりも大切です。また、この懐中電燈は、ときに信号の役目を果たすこともできます。
それから、小型の万能ナイフ。これにはのこぎり、はさみ、きりなど、さまざまな刃物が折りたたみ式でついています。
それから、丈夫な絹糸で作った縄ばしご。これは畳めば、手のひらに収まるほど小さくなるのです。
そのほか、同じく万年筆型の望遠鏡、時計、磁石、小型の手帳と鉛筆、さっき賊を脅かした小型ピストルなどが主なものでした。

いや、そのほかに、もう一つピッポちゃんのことを忘れてはなりません。
懐中電燈で照らしてみると、それは一羽のハトでした。かわいいハトが体を縮めて、カバンの別の区画におとなしくじっとしていたのです。
「ピッポちゃん、窮屈だけれど、もう少し我慢するんだよ。怖いおじさんに見つかると大変だからね。」
小林少年がそう言って頭をなでてやると、ハトのピッポちゃんは、その言葉がわかったかのように、クークーと鳴いて返事をしました。

ピッポちゃんは、少年探偵のマスコットでした。彼はこのマスコットと一緒にさえいれば、どんな危難にあっても大丈夫だという、信仰のようなものを持っていたのです。
そればかりではありません。このハトはマスコットとしてのほかに、まだ重大な役目を持っていました。探偵の仕事には、通信手段が何よりも大切です。警察にはラジオを備えた自動車がありますが、残念ながら私立探偵にはそういうものがありません。もし服の下へ隠せるような小型ラジオ発信器があれば一番いいのですが、そんなものは手に入りません。そこで小林少年は、伝書バトという面白い手段を考えついたのでした。

いかにも子どもらしい思いつきでした。でも、子どもの無邪気な思いつきが、ときには大人をびっくりさせるような効果をあらわすことがあるのです。
「ぼくのカバンの中には、ぼくのラジオも入っているし、それからぼくの飛行機も入っているんだ。」
小林少年は、さも得意そうにそんな独り言を言っていることがありました。なるほど、伝書バトはラジオでもあり、飛行機でもあるわけです。

さて、七つ道具の点検を終えると、彼は満足そうにカバンを服の中へ隠し、次に懐中電燈で地下室の様子を調べ始めました。

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