目の前で自分の秘密がみるみる暴かれていくのを、じっと我慢して、何食わぬ顔で聞いていなければならなかったのだからね。逃げようにも、この大勢の前では逃げ出すわけにもいかない。いや、それよりも、ぼくの手が手錠のかわりに、きみの手首を握り続けていたんだからね。手首がしびれやしなかったかい。まあ、勘弁したまえ、ぼくは少しきみをいじめすぎたかもしれないね」
明智は、無言のままうなだれている二十面相を、あわれむような目で見下ろしながら、皮肉ななぐさめの言葉をかけました。
それにしても、館長に化けた二十面相は、なぜもっと早く逃げ出さなかったのでしょう。
昨日のうちに目的は果たしていたのですから、三人の替え玉の館員と一緒にさっさと引き上げてしまえば、こんな恥ずかしい目に会わなくても済んだはずです。
しかし、読者諸君、そこが二十面相なのです。逃げ出しもしないで、ずうずうしく居残っていたところが、いかにも二十面相らしいやり口なのです。
彼は、警察の人たちが偽物の美術品にびっくりするところを見物したかったのです。もし、明智が現れるようなことがなければ、館長自身がちょうど午後四時に盗難に気づいたふりをして、みんなをアッと言わせるもくろみだったに違いありません。
いかにも二十面相らしい冒険ではありませんか。でも、その冒険が過ぎて、ついに取り返しのつかない失敗を演じてしまったのでした。
さて、明智探偵は、きりっと警視総監の方に向き直って、
「閣下、では怪盗二十面相をお引き渡しいたします」
と、しかつめらしく言って一礼しました。
一同はあまりに意外な場面に、ただもう呆然として、名探偵のすばらしい手柄をほめたたえることも忘れ、身動きもせずに立ちすくんでいましたが、やがてハッと我に返った中村捜査係長は、スタスタと二十面相のそばへ進み寄ると、用意していた捕縄を取り出し、見事な手際でたちまち賊を後ろ手に縛り上げてしまいました。
「明智君、ありがとう。きみのおかげで、ぼくは恨み重なる二十面相に、今度こそ本当に縄をかけることができた。こんなにうれしいことはないよ」
中村係長の目には、感謝の涙が光っていました。「それでは、ぼくはこの男を連れていって、表にいる警官のみんなを喜ばせてやるとしよう……。さあ、二十面相、立つんだ」
中村係長は、うなだれた怪盗をひき立てて、その場にいた一同に会釈をすると、かたわらに立っていた警官と共に、いそいそと階段を下りていきました。
博物館の表門には、十数名の警官が集まっていました。今まさに建物の入り口から、二十面相の縄の端を握った係長が出てきたのを見ると、警官たちは競い合うようにしてそのそばへ駆け寄りました。
「諸君、喜んでくれたまえ。明智君の尽力によって、とうとうこいつを捕まえたぞ。これが二十面相の首領だ!」
係長が誇らしげに報告すると、警官たちの間から、ドッと歓声が上がりました。
二十面相はみじめな様子でした。さすがの怪盗もいよいよ運の尽きだと観念したのか、いつものずうずうしい笑顔を見せる力もなく、ひどく神妙にうなだれたままで、顔を上げる元気さえありません。それから一同は、賊を真ん中にして行列を作り、表門を出ました。
門の外は、公園の森のような木立ちになっています。その木立ちの向こうに、二台の警察自動車が見えました。
「おい、だれかあの車を一台、ここへ呼んでくれたまえ」
係長の命令に、ひとりの警官が警棒を握りしめて駆け出しました。一同の視線がそのあとを追って、遠くの自動車に注がれます。警官たちは、賊の神妙な様子にすっかり安心しきっていたのです。中村係長も、つい自動車のほうへ気を取られてしまいました。一瞬、不思議と人々の目が賊から離れたのです。
賊にとっては絶好の機会でした。二十面相は歯を食いしばり、全身の力を込めて、中村係長が握っていた縄をパッと振りほどきました。
「うむ、待てッ!」
係長が叫んで立ち直ったときには、賊はもう十メートルほど向こうを、矢のように走っていました。後ろ手に縛られたままの奇妙な姿が、今にも転びそうな格好で森の中へと飛んでいきます。
森の入り口には、散歩の帰りらしい十人ほどの小学生たちが立ち止まって、この様子を眺めていました。二十面相は走りながら、邪魔な小僧どもがいるわいと思いましたが、森へ逃げ込むには、そこを通らないわけにはいきません。
「なあに、たかが知れた子どもたちだ。おれのおそろしい顔を見たら、恐れをなして逃げ出すに決まっている。もし逃げなかったら、蹴散らして通るまでだ」
賊はとっさにそう考え、かまわず小学生の群れに向かって突進しました。ところが、二十面相の思惑はガラリと外れ、小学生たちは逃げ出すどころか、「ワッ!」と叫んで、賊のほうへ飛びかかってきたではありませんか。
読者諸君、もうおわかりでしょう。この小学生たちは、小林芳雄君を団長にいただく、あの少年探偵団でありました。少年たちはもう長いあいだ、博物館のまわりを歩き回って、何かのときの手助けをしようと、手ぐすね引いて待ち構えていたのでした。
まず先頭の小林少年が二十面相を目がけて、鉄砲玉のように飛びついていきました。続いて羽柴壮二少年、次から次へと、みるみるうちに賊の上に折り重なり、両手の不自由な相手を、たちまち地面に転がしてしまいました。さすがの二十面相も、いよいよ運の尽きでした。
「ああ、ありがとう、きみたちは勇敢だねえ」
駆けつけてきた中村係長が少年たちにお礼を言い、部下の警官と力を合わせて、今度こそ逃がさないようにと、賊をひったてて、ちょうどそこへやってきた警察自動車のほうへ連れていきました。
そのとき、門の中から黒い背広のひとりの紳士が現れました。騒ぎを知って駆け出してきた明智探偵です。小林少年は目ざとく先生の無事な姿を見つけると、驚喜の叫び声を上げて、そのそばへ駆け寄りました。
「おお、小林君!」
明智探偵も思わず少年の名を呼び、両手を広げて、駆け寄ってきた小林君をその中に抱きしめました。美しい、誇らしい光景でした。この、うらやましいほど親密な先生と弟子とは、力を合わせてついに怪盗逮捕の目的を達成したのです。そして、お互いの無事を喜び、苦労をねぎらい合っているのです。
立ち並ぶ警官たちも、この美しい光景に打たれて、にこやかに、しかし、しんみりとした気持ちで二人の様子を眺めていました。少年探偵団の十人の小学生は、もう我慢ができませんでした。だれが音頭を取るともなく、期せずして全員の両手が高く空に上がりました。そして一同、かわいらしい声をそろえて、繰り返し繰り返し叫ぶのでした。
「明智先生、ばんざーい!」
「小林団長、ばんざーい!」
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