初級翻訳・怪塔王 第7話

怪塔王

「おじさん、ここはやっぱり一階だよ」
と一彦少年が叫びました。
そうです、たしかに見覚えのある倉庫のような一階に違いありません。
帆村探偵は無言で、じっとあたりを見廻していました。
「帆村おじさん、この鉄の檻から出る工夫はないの」
「うむ、鉄の檻ではどうもならないね」
と、いいながら、探偵は鉄の檻が床についているあたりに手提電灯をさしつけてみていましたが、そのとき何を思ったか、一彦少年の腕をぎゅっと握りました。
「一彦君。大きな声を出しちゃいけないよ」
と、まず注意をあたえてから、
「ほら、ここをごらん」
と、帆村が指したところを見ると、鉄の檻が床から二十センチメートルばかり浮いているのです。
一彦は、早くもこの意味をさとって、おどろきの声をだすまいと口に手をあてました。
「ほう、床に転がっているこの丸太ん棒が邪魔をしているから、檻が床までぴったり下らないのだ。これは天の助だ。一彦君、君は小さいから、この檻と床との隙間をくぐって檻から這出してごらん」
「ええ、僕、やってみる!」
一彦は、すぐさま床に仰むけに寝ころぶと、頭の方からそっと檻の下を這出しました。
あぶないことです。
もしもこのとき丸太ん棒が鉄の檻から外れるようなことがあれば、鉄の檻の一番下にはまっている円形の太い台金でもって、一彦のやわらかい体はたちまち胴中から、ちょんぎられてしまうでありましょう。
そんなことがあってはたいへんと、帆村は檻のなかにわずかにはいっている丸太ん棒の端を、力のあらんかぎりおさえていました。

4

きわどい冒険がつづきます。
一彦は怪塔の鉄檻の下にわずかにあいた隙間をくぐって、死にものぐるいで外にぬけようとしています。
うまく頭が向こうへ出ました。
一彦はなおも一生懸命に、両足で床をうんとけりました。
すると肩が檻の向こうへ出ました。
つづいて手が出ました。
「もう大丈夫!」
あとはするりと向こうへぬけ出ました。
「おじさん、抜けられたよ。おじさんも出られないかなあ」
と、一彦は鉄格子につかまって、帆村の方をのぞきこみました。
そのときです、鉄の檻が、がたんとうごきだしたのは。
それはきっと一彦が檻を出るときに、うれしさのあまり檻を足で蹴ったので、その震動が怪塔王の耳にはいり、鉄檻に隙間があってよく下りきらないのを知ったため、檻をむりにも下に下そうとしているのでありましょう。
丸太ん棒がみしみし鳴りだしました。
鉄の檻が力一杯丸太ん棒を圧しつけ、これをくだこうとしているのです。
しかし丸太ん棒です。
上から圧すのは鉄の檻にしろ、そうかんたんにくだけるはずがありません。
めきめきという音がするばかりで、一向隙間は狭くなりません。
「一彦君、その棒の向こうの端をもって、力一杯おこしてみないか。隙間がもうすこし大きくひろがるかもしれないから」
さすが帆村探偵です。
たいへんいいところに気がつきました。
一彦は檻の外へ長く出ている丸太ん棒の端をもって、ううんと力一杯もちあげてみました。
めきめきとまた高い音がしましたが、果して檻と床との隙間は、さらに五センチほども広がりました。
しめたと帆村は勇敢に、檻の下に頭を入れました。

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帆村探偵は一生懸命です。
檻と床との隙間に、顔を横にして入れると、うまく向こうへ頭がでました。
しかしとたんに胸のところで支えました。
「一彦君、もっとしっかり」
一彦少年の腕はもう折れそうでした。
しかしここで帆村を檻の外に出さなければとおもい、うんと腰に力を入れて、ええいと丸太ん棒をもちあげました。
帆村の体はまたすこし向こうへ出ましたが、こんどは帆村おじさんのお尻が支えてしまいました。
一彦は、このときあまりに腕がぬけそうなので、ちょっと力をゆるめた拍子に、鉄の檻は正直に下りました。
「あ痛い。ああっ――」
帆村おじさんはお尻をはさまれて、悲鳴をあげました。六十二キログラムもあるおじさんのお尻ですから、挟まれて痛いのも無理はありません。
こんなことなら、もっと痩せっぽちに生まれてくればよかったと帆村は思いましたが、もう後の祭りです。
驚いたのは一彦です。丸太ん棒を肩にあてて、「ええい、やっ!」と力を入れますと、とたんにポキリと音がして、鉄の檻はガタンと激しく床にぶつかりました。
その音を聞いたとき、一彦はおじさんの体が真っ二つになったと思い、驚きのあまり頭が真っ白になってしまいました。

「どうした一彦君、しっかりしなくちゃ駄目じゃないか」
帆村探偵の声に、一彦ははじめて我に返り、顔をあげてみました。すると、あんなに心配した帆村は、いつの間にやら檻の下から抜け出て、一彦の体を抱きかかえているではありませんか。
おじさんは危機一髪、檻が落ちる前にひらりと飛び出していたのです。

「ああ、おじさん助かったんだね。ああ僕、どうしようかと思った。よかった、よかった!」
と、一彦は喜びのあまり、おじさんの首に手をまわして抱きつきました。

6

怪塔王の住む怪塔に入り込んだのはいいものの、しばしば危ない目に遭わされ、いよいよこれで命がなくなるかと思ったことも二度三度と続きました。結局のところ、どうやらこうやら鉄の檻をくぐり抜けた帆村と一彦少年でした。
まあ、運が良かったのでしょう。しかし、檻から抜け出たといっても、それで二人の危険がなくなったわけではありません。

「おじさん、もう一度この階段をあがっていって、怪塔王に組みつこうよ」
さっき泣いていたカラスがもう笑っているようなもので、さっきはだいぶん弱気になっていた一彦も、帆村おじさんが檻から抜け出すと、急に強気になりました。そして、癪にさわる怪塔王をもう一度襲撃して、あの低い鼻に食いついてやりたいと思ったのです。
それを聞いていた帆村は、一彦の頭を軽く撫でながら言いました。

「だけれど、ここは一度出直すことにしようよ。怪塔王をやっつけるためには、もっと立派な武器を用意してこなければ、とても退治することはできないよ。戦艦淡路があんなにやっつけられたことを考えても、それがよくわかるんだ。僕たちは怪塔王をあまりに見くびっていた。怪塔王は、僕たちの思っていたよりも二倍も三倍も、いや十倍も二十倍もおそろしい科学魔なんだよ。残念だけれど、僕ら二人の手にはとても負えない」
と、悔しそうに言いました。

「じゃあ、これから僕たちはここを逃げ出すの? つまんないや」
「そんなことを言っていられないんだ。さあ、幸いこの扉はさっき開けたばかりだから、そこを開けて外へ飛び出そう」
帆村探偵は少年をなだめながら、さっき「猿の鍵」で開けておいた扉をさっと開きました。
二人の目には、九十九里浜の景色が夜目にも白く映ったことと思うでしょうが、そうではありません。扉の外には、どうしたことか、考えもしなかった土の壁が出口をぴったりとふさいでいたのです。

検察隊

1

遭難した軍艦「淡路」の士官室に、この事件の検察隊本部がおかれていました。検察隊というのは、このおそろしい事件がどうして起こったのか、またどういう害を軍艦や乗組員に与えたかを調べる係なのです。
検察隊長は、この軍艦の第一分隊長である塩田大尉でした。

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