実に何という奇妙な仕掛けでしょう。一体この不思議な仕掛けは、何のためにこうして博士の室内につくられているのでしょうか。また、この仕掛けを作ったのは誰なのでしょうか。
「どうも変ですね。塩田大尉、これはきっと、博士が人と話をするのが嫌なので、こんな仕掛けで来る人を追い払っているのではないでしょうか」
「うん、一応はそうも考えられるね。だが一彦君、一方でこういうふうにも考えられないだろうか。つまり、大利根博士はこの研究室に立てこもっていると見せかけるために、わざわざこうした仕掛けをしておいた、とね」
なるほど、そういう場合もあるだろうと、一彦は大尉の考えに感心しました。
「でも、博士ともあろう人が、なぜそんなややこしいことをするのでしょう。いるならいる、いないならいないと正直に人に知らせるのが本当なのに、そんな不正直なことを博士がするでしょうか」
一彦はあくまで博士が偉い人だと信じていたから、こう言いました。塩田大尉は、一彦の言葉をじっと考えていましたが、やがて一彦の顔を見ながら、少し言いにくそうに言いました。
「ねえ一彦君、私はどうも近ごろ、博士のすることに納得がいかない点があるんだよ。それに帆村君からの伝言にも『博士に必ず会ってみろ』とあったではないか。帆村君も『博士に気をつけろ』というつもりでそう言ったのではあるまいか」
一彦はなぜ塩田大尉がそう言うのか、はっきりと理解できませんでした。早くもその顔色を見て取った大尉は、一彦の肩を叩いて言いました。
「さあ、元気を出して謎にぶつかってみようではないか。博士には申し訳ないが、まずこの室内をよく探してみよう」
顔の怪塔王
1
お話は変わりまして、ここは皆さんお待ちかねの『怪塔』の中です。あれ、怪塔はまだちゃんと形が残っていたのかってお尋ねですか? そうです。怪塔はまだちゃんと残っていましたよ。塩田大尉が指揮する飛行隊に追われ、太平洋の波間に姿を消してしまった怪塔は、その後、海上の監視艦の目にも二度と映りませんでしたが、実はその怪塔は、波の下の深く深い海の底に、じっと横たわっていたのです。
そこは水深四百メートルといいますから、とてつもなく深い海底です。太陽の光ももうここには届かず、あたりはインクを溶かしたように真っ暗で、煙のような柔らかい泥がふわりと平らに続いています。さすがに海藻も生えていません。まるで眠っている砂漠と同じことであります。
その泥の寝床の上で、怪塔は横倒しになったまま、じっとしていました。ただ、怪塔の窓には内部のほの明るい電灯の光が映り、まるで魔物が目を開けてあたりを睨んでいるように見えます。さあ、怪塔の中は一体どうなっているでしょうか。ここは二階の機械室です。怪塔が横になっているので、すべての機械類も横倒しになっています。三人の黒人が入っている三つの太い鉄の円筒も、みな横向きになっていました。
帆村探偵はどこにいるのでしょうか。それから、問題の『怪塔王』は、今何をしているのでしょうか。
「どうだ、もういい加減に降参したほうがいいだろう」
どこかで聞いたような声ですが、三階の階段の影から誰かが叫びました。階段の影にうずくまっている一人の人影――こちらへ顔を出したところを見ると、それは例の『汐吹き』そっくりの怪塔王の顔でありました。彼は一体誰に「もう降参をしろ」などと呼びかけているのでしょうか。
2
怪塔の中の不思議な会話です。
「だ、誰が降参するものか。このインチキ怪塔王め!」
おやおや、その声は確かに、怪塔王の声でありました。そう叫んだ人物はどこにいるのかと探してみると、一階の階段の裏側に隠れて、こちらをうかがっている一人の怪しい人物がいました。
どうしたことか、この人は自分の首を黒い風呂敷のようなもので、すっかり包み隠しています。
そうです、この方が『声の怪塔王』でありました。
一方、三階の階段から顔を出している方が『顔の怪塔王』でありました。
つまり二人の怪塔王は、たがいに勝手気ままな命令を出して、操縦士である黒人たちを困らせていたのです。
声の怪塔王と顔の怪塔王との戦いは、まだ続いていたようです。
二人の怪塔王なんて、おかしな話です。
一体どちらが本物の怪塔王なのでしょうか。
「何がインチキなものか。貴様こそ偽物の怪塔王だろう。悔しかったら、貴様が顔を包んでいるその風呂敷を取って、黒人やわしに貴様の本当の顔を見せてみろ」
「ば、ばかな!」
と言い捨てましたが、声の怪塔王は、そのあとで「うーん」と呻いています。
よほど弱っているようです。
「さあ、もういいだろう。そのへんで降参したほうがいいじゃないか」
「いやだ。天下無敵の怪塔王が、貴様のようなインチキ野郎に降参したり、この大事な怪塔を奪われたりしてなるものか」
と、声の怪塔王はあくまで降参を認めませんでしたが、そのうちに彼は急に何かに気づいたような様子で言いました。
「おお、そうだ。貴様の空威張りは勝手だが、この怪塔はそういつまでも深海の底にじっとしていることはできないんだぞ。ある時間が来ると、自然に爆発するようになっているんだ。貴様はそれでも驚かないと言うのか」
3
『声』の怪塔王と『顔』の怪塔王は、機械を間に挟んで、やはり睨み合っています。
いまはどちらも機械の方に近づくこともできず、かと言って後ろへ下がることもできません。
どうしてもここで相手を降参させてしまわないと、食事をとることさえもできないのです。
どちらの怪塔王も、もう何食も食べていないので、おなかはぺこぺこです。
黒人たちはどちらの命令に従うべきか困っていますが、彼らのおなかの方は大丈夫です。
なぜなら、黒人たちは長期にわたって円筒のなかで暮らせるようにと、あらかじめ食料品と水を持ち込んでいたからです。
ちょうど長距離飛行のときの、飛行士のような生活をしていたのです。
だんだんと疲れてくるのは、二人の怪塔王の方でした。
『声』の怪塔王は、『顔』の怪塔王をおどすように、「もう海底に長くはいられない。やがて怪塔は爆発するだろう」と言って降参をすすめましたが、『顔』の怪塔王はいっこうに降参しようとはしません。
一体どうなることでしょう。
「おい、がんばらないで、わしの言うことに従え。この怪塔が爆発して、みんながここで死んでしまっては、何にもならないじゃないか」
と、『声』の怪塔王はなおも説得します。
「僕は爆発なんて平気だ。怪塔とともに、ここで粉々に砕けてしまってもいいと思っている」
「それは無茶だ。命は一つしかないんだぞ」
「貴様はそんなに命が惜しいのか」
と、『顔』の怪塔王はからからと笑い、
「では、海底から怪塔を飛び上がらせればいいじゃないか」
「駄目だ。お互いのこの状況ではどうにもならない。黒人たちには、どっちが本当の怪塔王か見分けがつかなくなっている。だから、どっちの命令を聞いていいかわからないんだ」
「じゃあ、どうすればいいのだ」
「わしの部屋から貴様が盗んだものを、どうか返してくれ」
と、『声』の怪塔王は泣き出しそうな声で言いました。
4
「――盗んだ物を、僕に返せと言うのかい。
コメント