初級翻訳・未来の地下戦車長 第14話

未来の地下戦車長

どうだ、わしのいうことがわかるか」
 加瀬谷少佐のことばには、無限の慈愛が言外にあふれていた。
「は、はい」
 岡部伍長は、感激のあまり、腸が千切れそうであった。
感激は、岡部伍長一人のものではなかった。
彼と一緒に、その地下戦車にのりこんでいた工藤上等兵も、伍長の横に直立したまま、唇をぶるぶるふるわせていた。
部隊長の傍に並いる萱原准尉その他の隊員たちも、ひとしく尊い感激のうちにおののいていた。
ああ歴史的なその大感激の場面よ。
その場にいあわせた者は、誰一人として、その日のことを永遠に忘れえないであろう。
「……岡部伍長は、只今より、あらためて粉骨砕身、生命にかけて、皇軍のため、優秀なる地下戦車を作ることを誓います」
「よろしい。
その意気だ。
しかし、機械化兵器の設計にあたって、いたずらに気ばかり、はやってはいかん。
機械化には、あくまで、冷静透徹、用意周到、綿密にやらんけりゃいかんぞ。
新戦車をもって敵に向ったときに、あっけなく敵のためにひっくりかえされるようじゃ、役に立たん。
おもちゃをこしらえるのでない。
あくまで実戦に偉力を発揮するものを作り出すのだ」
「はい。
わかりました」
「よろしい。
では、本日の試験は、これで終了した。
――おい、岡部伍長と工藤上等兵は、大分疲労しておるようじゃから、皆で、よくいたわってやれ」
 加瀬谷少佐は、慈父のような温いことばをそこに残して、立ち去った。
感激に、また涙を落としている二人の兵のまわりを、萱原准尉その他が取り巻いて、やさしく肩を叩いてやるのが見える。

改良型第二号

 そのことあってのち、岡部伍長は、また一段と、地下戦車の研究に、ふるいたったようであった。
彼はまた、例の倉庫の中の研究室にこもって、計算尺をうごかし、紙のうえに、鉛筆を走らせ、一分の時間もおしいという風に見えた。
第一号戦車の失敗以来、一緒に戦車にのりこんだ工藤上等兵が、あらたに彼の助手として、その部屋に机をならべることになった。
これは、一つには当人の希望でもあったし、また一つには、加瀬谷部隊長のおもいやりもあって、それが許されたのであった。
だが、岡部伍長は、別に工藤上等兵の手をかりるほどの用はなかったのである。
むしろ、工藤が邪魔になって仕方がないくらいであったが、それに反して、工藤はとても大悦びであった。
「伍長どの。
こんどの設計は、すばらしいようですね。
こいつはきっと、大成功ですよ」
 工藤は、岡部の前へ来て、方眼紙にかいた設計図を、熱心にのぞきこむのであった。
「おい工藤。
そう、お前の頭を前に出してくれるな。そして、しばらくだまっていてくれ」
「は。
邪魔をして、わるかったでありますね」
「いや、邪魔というのではないが、お前がこえを出すと、とたんに、そこまで出かかったいい考えが、ひっこんでしまうのだ」
「そうでありますか。
では、だまっております」
 工藤は、ちょっとさびしそうな顔になって、自分の机の上に、本をひろげる。
そんなことがくりかえされているうちに、何時からはじまったか、岡部もよくおぼえていないが、工藤上等兵が、この部屋の出入に、きまってボール紙の函を携帯しているのに気がつくようになった。
「工藤。
お前がいつも手に持っているその函には、何がはいっているのか。
ばかに、大事にしているじゃないか。
中には、菓子でもしのばせてあるのではないか」
「ちがいますよ。
伍長どの。
自分は、御存知のように、酒はすきですが、甘いものは、きらいであります」
「じゃあ、中には何がはいっているのか」
「は、この中には、ソノ、ええと、自分の身のまわりの品がはいっているのであります。
あやしいものではありません」
「そうか。
それならいいが……」
 工藤は、ほっとしたような表情になった。
「伍長どの。
邪魔だとは思いますが、どうぞ自分にも、こんど作る地下戦車のことを、話してください。
自分は、気が気ではありません」
「ああそうか。
また、この前のように失敗すると困るというのだろう」
「いや、そうではありません。
あの失敗――いや、あの日以来、自分は、地下戦車というものに、たいへん興味をもつようになりました。
このごろでは、夢に地下戦車のことを見ることが多くなって、自分でもおどろいているのであります。
で、どう改良されるのでありますか、こんどの地下戦車は――」
 工藤は、いつの間にやら、顔を、岡部伍長の机の上へ、ぬっとさしのばしていた。
岡部は、工藤の熱心な面持を見ると、もう叱りつけることは出来なかった。
そこで彼は、出来かかった設計図を、工藤の前へよせてやり、鉛筆でその上を軽く叩いて、
「まあ、やっと、ここまで出来たんだが、いや、こんどは深く考えさせられたよ。
なにしろ、前回にこりているからね」
「前回は、自分の身体が、地下戦車の――胴の中でくるくる転がりだしたのには、おどろいたであります。
まさか、戦車の胴が、ぐるぐる廻転をはじめたとは思わなかったものですからなあ。
こんどは、大丈夫ですか」
「ああ、そのことは、第一番に考えた。
こんどはもう、大丈夫だ。
胴は決して廻らない。
そのために、こういう具合に、地下戦車の腹に、キャタビラ(履帯)をつけた」
そういって岡部は、図のうえを、鉛筆で叩いた〔第三図〕。
「ああ、なるほど。
おや、こんどの地下戦車は、錐のところが、ずいぶんかわっておりますね」
「そうだ。
この前の地下戦車は、直進する一方で、方向を曲げることができない。
それでは困るから、こうして、廻転錐を三つに分けた」
「なるほど。
この算盤玉のようなのが、新式の廻転錐でありますか。
これが、どうなるのでしょうか」
「つまり、この三つの廻転錐は、それぞれ一種の電動機を持って直結されているんだ。
そして、電動機の中心を中心点として、廻転錐は約九十度、どっちへも首をふることができるのだ。
そして、いいところでぴったり電動機の台をとめる。
そうすると、廻転錐の首は、もうぐらぐらしない。
そして、この首は、多少、前へ伸びたり、また戦車の胴へ引込むようにもなっているんだ」
「なかなか考えられましたね」
と、工藤上等兵は、にこにこ顔だ。

神々ここに在り

あたらしい地下戦車の説明を、岡部はつづける。
「こうしておけば、三つの廻転錐の軸を平行にしておいて廻すと、地下戦車は前進するのに一等便利だ。
しかしどっちかへ曲る必要のあるときは、三つの廻転錐の軸を外向きにひろげるのだ。
すると大きな穴があく。
大きな穴があけば、地下戦車は、ぐっと全体を曲げても、穴につかえない。
まずこれで、十五度|乃至三十度のカーヴは切れるつもりだ」
「はあ、いいですなあ」
工藤は、かんしんのていである。
「第三の改良点は、掘りとった土を、後へ送る仕掛だ。
これはなかなかむずかしい問題なんだが、どうやらこれで、うまくいきそうに思う」
「ほう、それはどういう仕掛になっていますか」
「つまり、廻転錐でもって削られた土は、まず錐のうしろへ送られる。
すると土は、地下戦車の胴にあたるが、戦車の胴の前方は、深い溝のついた緩やかな廻転式のコンベヤーになっていて、土を後へ搬ぶのだ。

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