作者である私の方に怪塔王が向いていればよかったのですが、あいにく怪塔王は背中を向けていたので、はなはだ残念ですが、今回はその素顔を見ることはできませんでした。
そう申しても、みなさんはガッカリされるには及びません。なぜなら、この勇ましい帆村探偵や、偉い塩田大尉、また小さいながらもなかなか賢い一彦少年やミチ子たちが頑張っている限り、いつかはマスクの下の怪塔王の素顔を剥ぎ取る時が来るはずだからです。それは一体いつのことでしょうか。暴れ回る怪塔王の秘密は、事件ごとに少しずつ追い詰められています。そうすれば、怪塔王の正体がわかるのも、そう遠い先のことではないでしょう。さて、怪塔王はマスクをかぶって、すっかり元の怪塔王になりました。
帆村探偵がこれを知ったら、おどりかかっていくでしょうに、彼はまだ夢心地で床の上にたおれています。
「う、ふふふふ」と怪塔王はあざ笑い、「すぐ殺してもいいのだけれど、何よりもこの塔ロケットを海中から浮き上がらせる方が大事だから、殺しているひまはない。そうだ、また一時こいつを縛って動けないようにしておこう」
怪塔王は長い綱をとり出すと、すばやく帆村の体をぐるぐると巻いてしまいました。
危い怪塔
1
怪塔王のため、ついに帆村探偵は、体を荒縄でもってぐるぐる巻きにされてしまったのです。
怪塔王は、そこではじめてほっと息をつきました。
「う、ふふふふ。さあ、これでいいぞ。これですべて、元のとおりになった。やっぱりわしは、大科学王だ。天下に誰ひとり恐れる者はないのだ」
そう言っているときに、ぴしんと大きな音がしました。
配電盤の上についている一つのメーターの針が、ぐるぐると回りはじめました。それにつづいて、警鈴が、けたたましく鳴りだしました。
「ありゃありゃ」
「うう、ありゃありゃ」
黒い円筒のふたが、内側からぽんとはねて、黒人の顔が三つ、ぬっと出ました。
三人とも、生きている顔色とは思えず、ぶるぶる震えて、室内を見回しています。
怪塔王も腰を抜かさんばかりにびっくりして、
「おや、とうとう始まったかな――」
と、配電盤の前に駆けつけるなり、大きなハンドルに手をかけ、力をいれてううんとハンドルを回しました。
それは、強い酸性の薬を吐き出す口が開かれたのです。
ぴしんという音は、たしかに海水が怪塔のガスの原料室の一つにしみこみ、大切な原料を侵しはじめた音らしいのです。
それがだんだん進むと、やがてはおそろしい大爆発となって、怪塔がこなごなになるであろうことは、わかりすぎるほどわかっていました。
ですから怪塔王は、ガスの原料を海水が侵さないように、かねて備えつけてあった強い酸性の薬を吐き出させて、海水のはたらきを止めたのです。
さいわい、それがうまく利いて、気味の悪いぴしんという音は、それっきり聞こえなくなりました。
とはいうものの、いつまたどこから海水がしみこんでこないとも言えません。あぶないあぶない。
2
怪塔が海水中にながくつかっていたため、いまや大心配のときが来たのです。
一度は、怪塔王がみずからハンドルをとって、強い薬をつかって押し鎮めましたけれど、いつまた、いや、そう言っているうちにも、どんなひどい爆発がおこるかもしれません。
怪塔王は、もうこの上は、ただの一秒もぐずぐずしているときではないと思いました。
さいわい怪塔王は、帆村探偵から奪い返したマスクをかぶって、いつもの怪塔王になりすましていましたから、これなら黒人も安心して言うことを聞くだろうと思いました。
そうだとすれば、怪塔を爆発から救うのは、今だ、今だけである、そう思った怪塔王は、いきなり三人の黒人の方を振り返りざま、大喝一声しました。
「こらっ、さっきから見ていると、お前たちはみな頭がどうかしているのじゃないか。いつもに似あわず、今日にかぎって、変なことばかりをしているじゃないか。なぜここにわしがいるのに、ぼんやり考えこんでいるのか。それとも、わしが二つにも見えるというのかね」
そう言われて三人の黒人はびっくりです。だって、怪塔王がいきなり変な事を言いだしたのですもの。
(わしが二つにも見えるか――などというけれど、たしかに二人の怪塔王がいたのだ。いやそれともやっぱり自分は、怪塔王の言うとおり、頭が変であるために怪塔王が二つに見えたのではあるまいか。そういえば、あのえらい御主人怪塔王が二人とあるはずがない。すると自分は、真昼に夢を見ていたのかしら)
黒人は、めいめいそう思いました。すっかり怪塔王にかつがれてしまったようです。
うまくいったとみるや、怪塔王は、さらに声を励まして、
「こらっ、さあさあ何をしている。お前たち、早く持ち場につかんか。さあ出発だぞ」
3
怪塔王が、いつもの調子でぽんぽん怒鳴るので、これをきいていた黒人三人は、さっきまで二人の怪塔王を見ていたことなんかどこかへ忘れてしまいました。
めいめいに口にこそ出しませんが、ひとりひとり心の中で、
(こいつはいけない。主人のおこるのも無理はないよ。おれは、昼間から夢を見たりしたんだもの)
というわけで、怪塔王にうまくごまかされてしまったとも気づかず、号令に縮みあがって円筒の中にひっこむと、怪塔を動かす機械の前にぴったりと向きあいました。
「よいか。「――次は飛行準備だ」
「はーい、飛行準備は完了しております!」
黒人は、伝声管を通じて返事をしました。
「よろしい。
――では、いよいよ出発!」
「よーう!」
黒人はかけ声をあげて、使い慣れた複雑な機械をあやつりはじめました。
ごぼごぼごぼごぼ。
海底に横たわっていた怪塔のお尻から、大きな白い泡がさかんに立ちのぼります。
ごとん、ごとごとん。
きりきりきりきり、きゅうん。
金属がすれあう音がして、怪塔はぐぐっ、ぐぐうっと動きはじめました。機械の音は、刻一刻とやかましい響きを立てはじめます。それとともに、怪塔の首がすうっと上に立ち、やがていつもの怪塔と同じように、床は水平になり、壁はまっすぐに立ちあがりました。
ごぼ、ごぼん、しゅうっ。
怪音をあげて、怪塔は深い海底から水面までを一気に駆け上がりました! ついに海面に、その気味の悪い首をあらわしたかと思ったとたん、ぴゅうと空中高く舞い上がったのです。
4
珍しいことよ、海底から浮かび出て、ふたたび空中高く舞い上がった怪塔ロケット! 海底では日が射しませんから、夜はもちろん、昼間もまっくらで、周囲の様子から時刻を知ることはできません。だが、こうして空中にとびだしてみると、あたりはいま、夜が明けきったばかりの朝まだきであることがわかりました。
朱盆(しゅぼん)のように大きくて赤い朝日が、その朝、ことのほか深く立ちこめた海上の朝霧のかなたに、ぼんやりと見えます。霧は、怪塔王のために、まさに天が与えた恵みだと、怪塔王は自分でそう考えて喜びました。
しかし、一体怪塔王に、天の恵みなどがあってよいものでしょうか。そうです。天の恵みだと喜んだのは、怪塔王の早合点というものでした。
たんたんたんたんたん。
どっどっどっどっどっ。
ううーっ、ううーっ、ぶりぶりぶり。
たちまち聞こえる激しい機関銃の響き。
コメント