帆村は、小首をかしげました。
(あれ、これは変だぞ!)
帆村は、次々と浮かんでくる疑問を大利根博士にぶつけてみようかと考えました。
――しかし、待てよ!
(どうも、この大利根博士という人物、なんだか怪しいぞ。
一体、どういうことなんだ?)
帆村は、ようやくそのことに思い至りました。
そう思って、これまでの出来事を振り返ってみると、不自然な点が次々と浮かんできます。
(これは油断がならないぞ)
4
油断のならない洞窟の大利根博士。
帆村探偵は、まるで夢から覚めたようにハッとしました。
そういえば、この大利根博士という人物が、怪塔王が落ちたはずの岩の割れ目から、入れ替わるように現れたこと自体が不自然です。
いや、それだけではありません。帆村探偵が声をかけたときの、あのしどろもどろな返事の仕方も、どうも怪しいのです。
(さては、この大利根博士、ただ者ではないな。
これは大変なことになったぞ)
博士の話によれば、怪塔王は岩礁の上に落ちたはずなのに、血も流れていません。
渦巻く海水の中を見ても、怪塔王の死体はおろか、持ち物一つ浮いていないではありませんか。
怪塔王が死んだと判断したのは、あの岩の割れ目からこの洞窟へ転落した事実と、直後に聞こえた悲鳴だけです。
今のところ、それ以上に怪塔王の死を証明する確かな証拠は何もないのです。
(これは油断がならないぞ。
下手をすれば、怪塔王はまだその辺で生きている! その上、この怪しい大利根博士もいる。
しかも場所は、勝手もわからぬ恐ろしい洞窟の中だ!)
さすがは帆村探偵です。
すぐれた推理を働かせ、ついに自分の背後に迫る大きな危険を察知したのでした。
(これから、どうしよう?)
探偵がハッとして、今後の対策を考えたその瞬間でした。
プスーッ。
妙な低い爆発音が、帆村のすぐ後ろで聞こえました。
「あっ――」
と思って帆村が振り返ると、今音がした岩の上から、黄色い煙がもうもうと立ち上っているではありませんか。
とたんに、鼻をつく異様な悪臭が漂ってきました。
あ、毒ガスです!
5
大利根博士は、煙の中に平然と立っています。
その顔には、いつの間にか取り出したガスマスクが装着されていました。
「ああっ――」
帆村探偵は、喉と目に激しい痛みを感じ、両手でめちゃくちゃにかきむしりました。
卑怯な毒ガス攻撃です。
今さら卑怯だと言っても始まりませんが、大利根博士から毒ガスのプレゼントをもらうなど、夢にも思っていませんでした。
「ふふふふ。
どうだ、苦しいか」
マスクの下から響いてくるその声!
「あっ、貴様は怪塔王だな。
コホン、コホン、コホン――」
帆村は岩の上に倒れ込み、激しく咳き込みました。
「貴様は怪塔王だな」と叫んだその声は、まるで喉を振り絞ったような、細くしゃがれた声でした。
大利根博士は、いつの間に怪塔王の声色を使い分けるようになったのでしょうか。
博士は不気味なほど落ち着き払って、転げ回っている帆村のそばへやってきました。
「これくらいの薄いガスを吸っただけで、そんなに大げさに苦しむなんて、なんて弱虫なんだ。
これからの探偵は、ガスマスクくらい常備しておくものだぞ」
博士は、靴の先で帆村の体を力任せに蹴飛ばしました。
なんというひどいことをする博士でしょう。
「おい帆村探偵。
今度こそ、貴様を殺してやる。
貴様ほど、わしの邪魔をする奴はいないからな。
今まで生かしておいてやったことを、ありがたく思うがいい」
博士はすっかり怪塔王になりきって、腰のあたりから銀色の筒を取り出しました。
どうやらこれは、特殊な殺人光線銃のようです。
帆村探偵の運命やいかに!
最大の謎
1
洞窟内の岩礁の上で争う大利根博士と帆村探偵! 黄色い毒ガスの霧が漂う中、怪塔王の声で話す大利根博士は、殺人光線銃を片手に帆村探偵の姿を探しています。
「あ、そこにいたな」
魚油灯の光が大きく揺れ、岩礁の上に腹ばいになっている帆村探偵を照らし出しました。
もう絶体絶命です。
帆村探偵の一命は、風前の灯火も同然です。
殺人光線が帆村の方へ向けられ、引き金が引かれれば、すべてがおしまいです。帆村が岩礁の上に腹ばいになっていたのは、毒ガスから少しでも逃れるためでした。
下には荒れ狂う潮が「ぼちゃん、ぼちゃん」と岩を洗っていて、そこにわずかな風が起きていたのです。
そのため、重たい毒ガスは下に溜まろうとしても、波の勢いにあおられ、吹き上げられてしまいます。
そしてどこを潜り抜けてくるのか、一陣の風がすうっと吹き込んできます。
どこまでも冷静な帆村探偵は、こうしたわずかな安全地帯を求めて辛うじて息をついていましたが、いまや大利根博士が持つ殺人光線銃が、とどめを刺そうと狙いを定めています。
不意に、帆村は足先で「ぽん」と蹴られました。
「あ、痛っ!」
思わず彼は、声を上げてしまいました。
「ふふふ、まだ生きていたか。さあ、殺人光線銃の光を浴びて、往生しろ!」
「待て! 最後に一つだけ聞きたいことがある」
「なんだ。早く言え」
「あなたは大利根博士なのか、それとも怪塔王なのか」
「そんなことは、どっちだっていい。ほら、もう念仏でも唱えるんだな」
もう余裕はありません。帆村の体は、ごろりと一転すると、どぶんと荒れ狂う潮の中へ落ちていきました。
2
「あっ、落ちた!」
大利根博士は、思いがけない出来事に殺人光線銃のボタンを押すことも忘れ、帆村が落ちた荒れ狂う水面をきょろきょろと見つめました。
大きな水音は、しばらく洞窟の中に「わぁん、わぁん」と響き渡っていましたが、やがてそれも消えてしまいました。
「ど、どこへ行ったんだ。溺れてしまったのか、それとも渦に巻き込まれてしまったのか」
ぼんやりと黄色く光る魚油灯を、海水の近くまで差し出して覗き込みましたが、帆村の頭は見えず、水を掻く音さえ聞こえません。
荒潮の中に落ちた帆村は、そのままどこかへ姿を消してしまったのです。
とうとう帆村は、波にのまれて溺れ死んでしまったのでしょうか。それとも、どこかで生きているのでしょうか?
洞窟の中を、荒潮は大臼(おおうす)を引きずるような音を立てて、相変わらず激しい渦巻きを作りながら流れています。
この荒潮は、帆村探偵の生死を確かに知っているはずですが、あいにく口を利くことができません。
ところが、その帆村探偵は、しばらくして「はっ」と我に返りました。
気がついてみると、いつの間にか呼吸がとても楽になっています。
そして目を開けてみると、自分は岩の上に長く寝そべっているではありませんか。
彼は、夢を見ているような気がしました。
「怪博士はどこだ?」
彼は、がばとはね起きました。
そしてあたりを見回しましたが、どうもさっきとは様子が違います。
一道の光がまぶしく差し込んでいて、さっきの洞窟とは比べものにならないほど明るい気分に満ちています。
足元には、白い泡を浮かべた荒潮が、あるいは高く、あるいは低く満ち引きしています。海鳴りのような音さえ聞こえてくるのです。
3
帆村探偵は、奇跡的にひとまず危機を逃れたことを悟りました。
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