はじめその上にキャンバス布がかけてあって見えなかったのですが、ぼくたちが帰るとき、テイイ事務長の体がキャンバスに触れて、その布が動いて横にずれたのです。それで下にあった空間浮標が見えたんですよ」
「ほう。それはもしや『宇宙の女王』号のものじゃなかったのか」
大佐は先を急いで、質問の矢を放ちました。
「そうなんです。あの器具は、ぼくが五十個だけ用意して女王号に届けたものなんです。そしてそれに書き込んでおいた印は、黒いバラの花でした。さっきぼくが見たとき、キャンバスの下から出ているあの浮標の上に、たしかにその黒いバラの印があるのを認めました」
この話は、大佐を驚かせました。
「すると、ギンネコ号は、女王号の空間浮標を拾っておきながら、知らぬ顔をしているんだな」
「そうなりますね。ご承知でしょうが、あの空間浮標は、宇宙の一点にいかりをおろしたように動かないで、その一点を示す浮標なんですが、しかしもう一つの使い道があります。それは遭難したときなど、その遭難現場を後から来た者に教える役もします。そういうときには、艇から外へ放り出す前に、重大な遺書を中へ入れるのが礼儀になっているんです」
「では、ギンネコ号は、女王号の遺書を盗んで、知らん顔をしているのか。実にけしからんことだ。いったい、なぜこんなことをするのか。よし、これから引き返して持ってこよう」
「まあ、お待ちなさい、ロバート大佐」と、帆村は大佐を止めました。
「だが、このまま本艇へ戻っては、わたしの責任が果たせない」
「いやいや、相手はとっても素直に返してくれるとは思われません。というのは、あのギンネコ号には油断のならない連中が乗り込んでいると思われるからです。とても一筋縄ではいきませんよ」
「しかし帆村君。きみの知っている人格者が艇長をしているという話だったじゃないか」
「そうなんですが、その鴨艇長が今日は姿を見せなかったのですから、不思議です。彼は病気でも、こんな重大なときには、われわれを病床へでも迎えて会うほどの責任感の強い人物なんです。それが今日は出てこないのですから、油断はなりません」
帆村の言葉が、確かめられる時がまもなくやってくるのでしょう。
怪しむべきギンネコ号の行動。
ギンネコ号と怪星ガンとは、何か関係があるのでしょうか。
残念がる助教授
ポオ助教授は、司令艇へ帰ってきても、興奮を続けていました。
帆村荘六は、助教授をなだめるのに一生懸命でした。
三根夫少年は、三人の使者が帰ったと知って帆村のところへ飛んできましたが、その場の様子に、三根夫自身も息の詰まるような緊張を覚えたのでした。
この息の詰まるような空気は、救援隊長テッド博士を真ん中にした幹部会議の席にまで持ち込まれました。
三人の使者の中で、一番上席のロバート大佐が、ギンネコ号に使いに行った結果わかったことについて一通りの説明をし、そのあとでポオ助教授の肩へ手を置いて、
「……そこでポオ助教授から、見覚えのある『宇宙の女王』号の空間浮標がギンネコ号の隅にあったことについて、詳しく話をしてもらおう。ポオ君、落ち着いて話したまえ」
と、助教授に発言を促しました。
待っていましたとばかり、助教授の長身が席からぬっくと立ち上がりました。「あれは、わたしが試験をして『宇宙の女王』号へ届けた空間浮標(ブイ)にちがいありません。形も見おぼえがありますし、塗りの色もそうでした。さらにまちがいない証拠は、黒バラの目印がついていることです。黒バラは、『宇宙の女王』号のマークなんですからねえ」
助教授はそう言って、テーブルの上をトンと一つたたきました。
並んでいる人たちの中には、大きくうなずく者もいました。
隊長テッド博士は、上半身を前へ乗り出しました。
「そういうたしかな証拠があるかぎりは……」
とポオ助教授はますます興奮した様子で続けました。
「ギンネコ号はうそをついていると断定しないわけにはいきません。ギンネコ号は、現場へ駆けつけたが『宇宙の女王』号を一度も見なかったと言っている。うそです、それは。ギンネコ号はたしかにわが『宇宙の女王』号に出会っているのです。あるいはその漂流物かもしれないが、それを手に入れている。しかし相手はそれを白状しないのです。まったく、許しておけないゴロツキどもです」
幹部たちには、助教授の言葉の中にある重大性がよくわかりました。
「だからです」と、このときポオ助教授はロバート大佐のほうを指して言いました。
「なぜわれわれがギンネコ号の中にいる間に、あなたはその点について、相手に質問してくださらなかったのですか。まったく、大事な機会を逃がしたと思います。あのとき問い詰めれば、なまずみたいにぬらりくらりとしたテイイ事務長といえども、顔色を変えて、本当のことを吐くしかなかったはずです。しかるに大佐は、それをなさらなかった」
助教授の隣にいた帆村が立って、隊長に発言の許可を得たのち、口を開きました。
「いまポオ助教授が大佐に対し不満を述べられましたが、それについて、じつはわたしにも責任があります。それは、わたしが『空間浮標』のことは、われわれが知らないでギンネコ号を引き上げていったと相手に思わせる必要があると思ったからであります。もし、それを言い出せばギンネコ号の連中は、ロバート大佐をはじめわたしたち三名を、やすやすと引き揚げさせなかったでしょう。わたしはギンネコ号が、秘密をもったいやな宇宙艇であることを、艇内に入ると同時に悟ったのです」
帆村は、横の椅子に腰を下ろしたポオ助教授を気の毒そうに眺めながら、
「ですから、ポオ助教授が、あの黒バラ印の空間浮標を見つけて、驚きのあまり声を上げようとされたとき、それをさせては大変だと、わたしは失礼をかえりみず、ポオさんの足を踏み、それをわたしがおわびする騒ぎでもって、ポオさんが驚きの声を上げたのをごまかしてしまったのです。いや、助教授、あのときは失礼いたしました」
そう言って帆村はわびました。
「……それからわたしはいそいでこのことを大佐に知らせ、そしてこの場は、知らんふりをして引き揚げるのがいいと思うと申し上げようとしたんですが、さすがに大佐は、さっきからのことも、またわたしの申し上げようとしたことも悟っておられ、余にまかせておけと合図をされたのです。ですからポオ助教授が憤慨されることはもっともながら、いま申し上げた事情によって、どうか分かっていただきたい」
と、帆村はあいさつをして、席にもどりました。
助教授は、まだじゅうぶんに納得できないといった顔です。
そのとき隊長テッド博士は、あらたまった口調になって、次の通り述べました。
「このたびの処置は正しかったと思う。そしてギンネコ号に対しては、いろいろと対策を考えておかなければならない。そして黒バラ印の空間浮標の一件については、本国へ向けての報道を禁止する。事態は重大である」
この部屋の隅で傍聴をしていた三根夫も、このとき思わず身震いがしました。
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