三根夫は、机のうえに立ちました。
そして折り尺の一端をにぎって、他の端を高くお面のほうへ近づけました。
すると、お面の両耳が、ぷるぷるッと蝉(せみ)の羽根のようにふるえました。
「あッ」
つづいて、二本の緑色の角が、にゅーッと前方へまがって、倍くらいに伸びました。
象の鼻みたいな突起が、ぴーンと立ってその先がひくひくと動きました。
そればかりか、お面全体が奥へひっこんだのです。
「待てッ」
三根夫は、このとき、やっとそのお面が、作りもののお面ではなく、生きている動物の顔であることに気がついたので、腹をたてて、長く伸ばした折り尺をとりなおして、ぷすりとお面ではない、その怪物の顔をつきました。
たしかに手ごたえがありました。
が、とたんにその顔は、換気穴から消えてしまいました。
そしてばしゃんと音がして、金網が穴をふさいだのです。
「逃げてしまった」
三根夫は、ざんねんでたまらず、歯をぎりぎりかみました。
そのとき、入口の戸をノックして、扉をひらいてはいってきた者がありました。
見えない怪物
「おや、三根クン。そんなところで何をしているんだい。おやおや、へんなものをかぶって、それはどうしたんだ」
それは帆村荘六(ほむらそうろく)でした。
この部屋は、三根夫と帆村とふたりの部屋であったから、帆村がはいってきてもふしぎではありません。
「今、へんな怪物が、あそこの穴から、こっちをのぞいていたんですよ」
と、三根夫は帆村のほうへふり向いてそう言いました。
が、三根夫はそのとき大驚愕(だいけょうがく)の顔になって、
「あッ。誰のゆるしをえて、この部屋へはいってくるんだ」
と叫びながら、椅子からとびおり、帆村のほうへ向かってきました。
「おいおい、三根クン。どうしたんだ。ぼくだということがわからんのか。落ちつかなくちゃいけない……」
と、帆村が三根夫をなだめにかかるのを、三根夫は耳にもいれず、両手をふりあげて突進してきました。
しかし三根夫は帆村にとびかかりはしませんでした。
帆村のうしろにまわったのです。
そこには一ぴきの怪物が、かくれていました。
ひそかに帆村のあとについて、この部屋へはいってきたのです。
その顔は、さっき天井の換気穴から下をのぞいたとおなじようなふしぎな面がまえをしていました。
背は帆村よりもずっと低く、三根夫ぐらいですが、その身体は、三根夫がはじめてお目にかかる異様なものでした。
大きな赤い顔の下には、枕(まくら)ぐらいの小さい胴がついていたのです。それが胴体であることに気づかなければ、この怪物は顔の下にすぐ脚が生えているように見えたことでしょう。
とにかく、その小さくて短い胴体の下には、細くぐにゃぐにゃした脚が三本、垂直に立って床を踏みしめていました。
脚の先には足首らしきものがあり、魚のヒレのように三角形をした平べったいものがついていました。
脚のうち二本は前方の左右に並んでおり、もう一本の脚は後ろ側にありました。つまり、カンガルーの尻尾があるのと同じ場所についていたのです。
腕も左右に二本ずつあり、合計すると四本でした。
そのうちの二本は左と右に一本ずつ突き出ていて、かなり太い腕に見えましたが、これがまたムチのようにぐにゃぐにゃしていて、とても長く伸びており、伸ばせば床に届くのではないかと思われました。
この太い腕が、例の小さな胴体から生えている部分は、肩のような形をしていました。
その肩の後ろあたり、首に近いところからも左右に一本ずつ細い腕が生えていて、これはひどくぐにゃぐにゃしており、肩の上のほうでナマズのヒゲのように宙をゆらゆらと踊っていました。
それは腕というより、触手と呼ぶほうが適切かもしれません。
とにかく、その四本の腕の先は細く裂けていて、五本ほどの長い指になっていました。
このような怪物が、帆村の後ろについてこの部屋に入ってきたのです。ですから、三根夫が驚いたのも無理はありません。
「さっさと出ていってもらおう」
三根夫は気味が悪かったのですが、その怪物につかみかかると、外へと追い出しました。
そして扉をバタンと閉めました。
三根夫の手には、怪物の奇妙な感触が残っていました。
それは、いやにツルツルしているくせに、スーッと吸い付くような肌触りのものでした。
扉に鍵をかけ、三根夫はほっと息をつきました。
「かわいそうに。いつから気が狂ってしまったんだろう。これは大変なことになった」
帆村は壁のほうへ身を引くと、目を丸くして三根夫を眺めました。
「はははは。はははは」
三根夫は、おかしくてたまらず大きな声で笑いました。
帆村には、あの怪物の姿が見えていないのです。だから三根夫がしていることのわけがさっぱりわからず、頭がおかしくなったのだと思ったのでしょう。
その直後に三根夫が大きな声を上げたものだから、いよいよ三根夫は頭がおかしくなったに違いないと思い、沈痛な面持ちで大きなため息をつきました。
帆村がすべてを理解するまでには、それからしばらく時間がかかりました。三根夫がくどくどと説明を繰り返す必要があったのです。
変調眼鏡(へんちょうめがね)を見せられて、帆村はやっとすべてを納得したのでした。それがなければ、帆村はその後も長い間、三根夫のことを「変なやつだ」と思っていたことでしょう。
「やあ、安心したよ。ぼくはまるで絶壁の上に突き落とされたような気分だったよ。そうか、そうか。これを手に入れたとは、三根クンの一番の大きな手柄だ。ふーん、南京ねずみがそんなに高く売れたとは、おもしろい」
三根夫の頭がおかしくなったのではなかったことがよほど嬉しかったのか、帆村の独り言はしばらく止まりませんでした。
秘密の指令
三根夫がはるばる地球から連れてきて、これまで飼い続けていた南京ねずみは、このようにして手柄を立てました。
そして、それは手柄の立て始めに過ぎなかったともいえます。
というのも、それからも南京ねずみはたいへんよく売れたからです。みんなハイロという人物が買い取っていくのでした。売り手はもちろん、三根夫ひとりです。
その南京ねずみも、はじめとは違ってだんだんと立派な付属品がつくようになりました。
それはかわいい南京ねずみの家でした。赤や青や黄色のペンキで塗られ、塔のような形をしたものもあれば、農家そっくりのものもありました。
それから、南京ねずみがくるくると回す車にも、だんだんと綺麗な模様がつくようになりました。
ハイロが喜んだことは言うまでもありません。彼はそれを、いままでの分よりもずっと高価で、ガン人たちへ転売することができたからです。
このだんだんと手の込んできた美しい付属品は、三根夫が作る工作品にしては少々できすぎていると思われました。
そう、その通りです。これは三根夫が作ったものではなく、テッド隊の中にこういう模型作りが得意な者が三、四人いて、他の隊員にも教えながら、毎日ほかの仕事はせずに南京ねずみの家と車ばかりを一生懸命作っていたのでした。
これは少し不思議なことに見えました。
しかし、これには理由があったのです。それは帆村が考えついたことであり、いまではテッド隊長も承知していることでした。
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