玉太郎は水中に手を入れ、この板柱を外して筏の上に引き上げました。
長さは二メートルほどあります。
手頃な柱です。
こうして材料はすべてそろいました。
玉太郎はこれらのものを使って、筏の真ん中に、板の帆をつけた柱を立てました。
おかげで涼しい日陰ができました。
「ポチもここへおいで。ああ、ここなら楽だよ」
玉太郎は日陰に入り、生き返ったような気持ちになりました。
書けばこれだけ簡単な作業でしたが、これだけのことにたっぷり二時間もかかりました。
涼しくはなりましたが、いよいよ空腹が募ってやりきれません。喉もカラカラに渇いています。
「ラツールさんも困っていることだろう」
彼はラツール氏を思いやり、その筏の方を見ました。
「おや、ラツールさんも日陰を作ったぞ。ふーん、あの筏はだいぶこっちへ近づいてきたな……」
ラツール氏の筏の上には、白い布が柱の上に張られていました。
それは帆として働いています。ラツール氏のところには、まだ布が残っているようです。
見ているうちに、また新しい帆が一つ張られました。
それが終わると、ラツール氏は筏の上からしきりに手まねをして、こちらへ何かを伝え始めました。
何を言っているのか最初は分かりませんでしたが、何度も繰り返すうちに意味が分かってきました。
「おーい、元気を出せ。僕はこの帆を使って、この筏をそっちへ寄せるつもりだ」
ありがたいことです。
二人とも別々に海流に乗って、どこまでも離れ離れになっていくしかないのかと思っていたのに、ラツール氏の努力によって、二人は筏を一つに合わせることができそうです。
ああ、本当にありがたい。
玉太郎はラツール氏へのお礼の気持ちも込めて、しばらくポチを吠えさせました。
ラツール氏も手を振って喜んでいます。
ラツール氏の筏は、どんどん近づいてきました。
氏はヨットの経験があるようで、帆の張り方も筏の操り方も、なかなか上手でした。
氏の筏が、あと二十メートルほどに近づいたとき、玉太郎はポチに泳いで渡るように言いつけました。
ポチは待っていましたとばかりに、ざんぶと海中へ飛び込みました。
そして見事に泳ぎきりました。
ラツール氏とポチは抱き合って喜びました。
それからポチは、何か食べ物をもらったようです。舌なめずりをしていました。
それからしばらくして、ポチはまたざんぶりと海へ飛び込み、玉太郎の方へ戻ってきました。
筏の上にポチが上がったところを見ると、背中に細い紐が結びつけられています。
この紐はどうするのだろうと玉太郎がラツール氏の方を見ると、
「その紐を、どんどんそっちに引っ張ってくれ!」と叫びました。
玉太郎はそのとおりにしました。
紐は長かったです。
二十メートルどころではありません。
一つの紐の先に、次の太い紐が結んでありました。
それが終わりになるころ、また次の包帯のような細長い布片がつないでありました。
そして最後には、立派で丈夫なロープが水の中から筏の上へと上がってきたのです。どこまでつながっているのかと、玉太郎は一生懸命に、うんうんとうなりながらロープを手元へたぐり寄せました。
「やあ、ごきげんいかがですかな、玉太郎の王子さま」
という声に驚いて顔を上げると、もうそのときには、手が届きそうなところにラツール氏の筏が近づいていました。玉太郎はロープと一緒に、ラツール氏の筏をどんどん引っ張っていたわけです。ラツール氏は愉快そうに笑い、筏をどしんと隣につけました。二人は手を握り合って喜びました。
しかし、このままでは、いつまでもゆっくりと手を握り合っているわけにはいきません。
「早いところ、筏を一つに組み直す必要がある」
「やりましょう」
玉太郎は、お腹が空いていることも、喉が渇いていることも忘れ、ラツール氏と一緒に筏の組み直し作業を始めました。ラツール氏は、海から拾い集めた様々な木材や箱を持っていました。本物のカンバスもありましたし、どこからか流れてきたのか、赤いカーテンの焼け焦げだらけの布もありました。ラツール氏は、ロープの先に鍵のように曲がった金具を結びつけ、それを漂流物に投げかけては引き寄せていたのだと教えてくれました。
「何か食べ物は漂流していなかったでしょうか」
「ああ、それはほんの少しばかりしか手に入らなかった。……おお、そうか。君は腹ペコなんだね」
「早くいえば、そうです」
「なんだ、遠慮せずに早くいえばいいのに。よし、ごちそうするよ、待っていたまえ」
「いや、筏の組み替えが済んでからでいいんです」
「そうかね。じゃあ筏の方を急ごう。なんだかあそこに、いやな雲が見えるからね。仕事は急いだほうがいいんだ」
ラツール氏が指差した南西の方角の空が、ひどく暗くなっていました。黒い雲が重々しく寄り集まっています。熱帯に特有のスコールの雲でしょう。
やがて筏の組み直しが終わりました。前よりはそれほど広くありませんが、支えの棒がしっかりと入り、板が二重三重に重ねられたことで、筏はずっと頑丈になり、浮力も増しました。大きな日陰もできました。
「よろしい、そこで休もう。お茶の時間にすることにしよう」
それを聞いただけで、玉太郎のお腹がぐーぐーと鳴りました。喉も、いやになるほど乾いています。ラツール氏は、その缶を二人の間におきました。
「どれでも気に入ったのを食べたまえ。すこし塩味がつきすぎているものがあるかもしれないがね。それから、君がたくさん食べすぎても叱らないよ」
ラツール氏は笑って缶の中を指しました。玉太郎が覗き込むと、空き缶の中には、りんごとオレンジが四つ五つ、肉の缶詰の空き缶が二つばかり、それに骨付きの焼肉が転がっていました。すばらしいごちそうです。
「ポチに食べさせるものはないでしょうか」と玉太郎が尋ねました。
「ああ、ポチならあっちでよろしくやっているよ。あれを見たまえ」
ラツール氏が指差す方を見ると、なるほどポチは帆の向こう側で、ひしゃげた缶の中に頭を突っ込んで、しきりに食べていました。
【暴風雨来る】
ラツール氏が苦心して拾い上げた食料品を、玉太郎は世界一のごちそうだと思いながら、思わず食べすぎてしまいました。
「どうだ、塩味がききすぎていただろう」
「いや、そんなことは分かりませんでしたよ」
みんな海水に浸かっていたものです。缶詰も、穴が開いて浮いていたものでした。しかし、お腹が空きすぎていた玉太郎には、そんなことは少しも苦になりませんでした。
「もっと食べていいよ。そのうちには、どこかの船に行き当たって助けられるだろうから」
「もう十分食べました」
ポチは、まだ缶の中に頭を突っ込んだきりです。尻尾がいそがしそうに揺れています。がつがつと食べているのです。
「十分に腹をこしらえておいたほうがいいよ。これから一荒れ来るからねえ」
ラツール氏が空を見上げました。玉太郎もそれについて仰ぎ見ました。さっきの黒雲は、いつの間にか翼を大きく広げていました。南西の方向は、雲と海面との境界線が見えません。すっかり黒く塗りつぶされています。
すーっと日が陰りました。黒雲はもう頭の上まで来ているのです。突風が帆を揺さぶり、帆柱がぎいぎいと悲鳴を上げました。
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