特にこんな熱帯の孤島では、ビール樽にでもなったつもりで、のんびりやることだ」
そう言って、ラツールは玉太郎の両肩に軽く手を置きました。
「さあ、そこでさっきの仕事を大急ぎでやってしまうんだ。そこから枯れ草の類をうんと集めてきて、山のように積み上げるんだ。もし今にも沖合に船影が見えたら、さっそくその枯れ草の山に火をつけて、救難信号にするんだ」
「はい、やりましょう!」
二人はさっそくこの仕事に取り掛かりました。
ガジュマル(榕樹)は海の中にまで根を張り、枝を茂らせていました。
ヤシの木は、白い砂浜の境界線まで伸び出しています。
ヤシの木の下には、枯れ葉がいくらでも落ちていました。
その枯れ葉をかつぎ出して、砂浜の上に積み上げていきました。かなり古い枯れ葉でないと、うまく運ぶことができませんでした。
なにしろヤシの葉は五メートルくらいあるものが小さいほうだったので、新しい枯れ葉だと小さく裂くこともできず、とても一人では運べなかったのです。
古い枯れ葉なら、手で持って「ぽきん、ぽきん」と折ることができました。
「ああ、のどが渇いた。水が飲みたいなあ」
玉太郎が言いました。
「今に、うんと飲ませてやる。その前にこの仕事を完成させておかなければならない。だって、命を救う船がいつ沖合に現れるか分からないからね。しばらく我慢するんだ」
ラツールは、一刻も早く枯れ草積みをやり遂げたいと考え、玉太郎を励まし、厳しく言い聞かせました。
玉太郎は、ヒリヒリと焼けつきそうなのどを気にしながら、ふらふらとした足取りで仕事を続けました。
「うわっはっはっはっ。うわっはっはっはっ」
突然ラツールが、抱えていたヤシの枯れ草を前にほうりだして、大きな声を立てて笑い出しました。
玉太郎は驚いて振り返りました。
背筋にゾクッと冷たいものが走りました。頼りにしていた唯一の仲間が、突然おかしくなってしまったとしたら、自分の運命はどうなるのだろうかと、気が気ではありません。
「うわっはっはっはっ。うわっはっはっはっ」
ラツールの笑い声は、まだやみません。
「どうしたんです、ラツールさん。しっかりしてください!」
「大丈夫だよ、玉ちゃん。うわっはっはっはっはっ」
本当に頭がおかしくなったわけではなさそうなので、玉太郎は少し安心しましたが、それでも気味の悪さは完全には消えません。
「ラツールさん、気を落ち着けてください。一体どうしたんですか?」
「無駄なんだ。こんなことをしても、無駄なのさ」
やっと笑いやんだラツールが、笑いすぎて頬を濡らした涙を手の甲でぬぐいながら、そう言いました。
「何が無駄なんですか?」
「これさ。こうして枯れ草を積み上げても、ダメなんだ。すぐには役に立たない。だってそうだろう? 枯れ草の山ができても、それに火をつけることができないんだよ。ぼくは一本のマッチもライターも持っていないじゃないか。うわっはっはっはっ」
「ああ、そうか……。これは笑い事ですね」
玉太郎も、初めて気持ちよく笑いました。
いつもマッチやライターが手近にある生活に慣れていたので、この絶海の孤島に漂着しても、そんなものがすぐそばにあるような錯覚を起こしていたのです。
「第一の仕事がダメなら、第二の仕事にかかろうや。こっちのほうが簡単に成功するよ。ねえ玉ちゃん、腹いっぱい水を飲みたいだろう?」
「ええ、そうです。その水です!」
「水ならその辺に落ちているはずだ。どれどれ、いいのを選んであげよう」
玉太郎は、ラツールがまた気が変になったのではないかと思いました。
なぜなら、見渡したところ川は流れておらず、海には水がいくらでもあるものの、それは塩辛くて飲めないからです。井戸も見当たりません。
しかしラツールは林の中へ分け入り、ゴソゴソと何かを探しています。そして足で「ぽかん」と蹴飛ばしたのは、丸みを帯びたヤシの実でした。
「これならいいだろう。まだ少し青いから、最近落ちたものに違いない」
ラツールはその実を抱えてきて、玉太郎から借りたナイフで皮を裂きました。皮はそれほど硬くありません。中心のところには、チョコレート色のまん丸い球が収まっていました。
彼はそこで実を抱えると、ヘタに近いほうに穴を二つあけました。そこは、もともと穴があきやすい構造になっているのです。それが済むと、ラツールはヤシの実を傾けました。
すると、穴から「どくん、どくん」と光を帯びたきれいな水がこぼれ落ちてきました。
彼はそれをちょっと舐めて、首を前後に振りました。
「これなら我慢できるだろう。このヤシの水は少し臭いが、毒じゃないから安心して腹いっぱい飲みたまえ。甘くて、とてもおいしいよ」
そう言ってラツールは、ヤシの実を玉太郎に手渡しました。
玉太郎はそれを受け取ると、ヤシの水がしとしとと流れ出してくる穴に唇をつけて、吸い込みました。
(うまい!)
玉太郎は心の中で、精いっぱいの声で叫びました。
ごくり、ごくりと、夢中で吸い込みました。うまい、実にうまい。甘くて、冷たくて、腸にしみわたるようです。世の中にこんなにうまいものがあったのかと知った喜びに、玉太郎はその場で死んでもいいと思ったほどでした。
「どうだ、いけるだろう?」
ラツールは、もう一つのヤシの実を割きながら玉太郎に聞きました。
玉太郎はかすかにうなずいただけで、ヤシの実から唇を離そうとしませんでした。
ようやくのどの渇きが止まる頃になって、玉太郎はヤシの水が特有の生臭いにおいを持っていることに気がつきました。
それはかなりきついにおいでした。
それでも玉太郎は唇を離さず、ついに最後の一滴まで飲み干しました。「ああ、うまかった。
じつに、うまかった」
玉太郎は胸をたたいて、はればれとした笑顔になりました。
ラツールの方を見ると、ラツール先生は、両目を閉じて夢中になってヤシの実の穴から水をすすっていました。
水がぽたぽたと地面にこぼれ落ちています。
それを見ると、玉太郎はポチのことを思い出しました。
ポチものどがかわいたことでしょう。
水が飲みたいはずです。
ポチにも分けてあげましょう。
あたりを見回しましたが、ポチの姿は見当たりません。
「ポチ。
ポチ」
玉太郎は愛犬の名を呼び、口笛をくりかえし吹きました。
ですが、どうしたわけか、ポチは姿をあらわしません。
玉太郎は、モンパパ号の上でも、事件の前にポチの姿が見えなくなったことを思い出して、不安な気持ちに襲われました。
密林の奥……。
「また、ポチがいなくなったって?
なあに、だいじょうぶだよ。
火薬なんか積んでいたモンパパ号とちがって、ここは島なんだから、爆発する心配なんかありゃしないよ」
ラツールは、生臭いゲップを吐きながらそう言って、空になったヤシの実を足もとにドスンと捨てました。
なるほど、その通りかもしれません。
しかし、この広くない島で、ポチは何に引きつけられて単身もぐりこんでしまったのでしょうか。
「さあ、そこで第三の仕事に移ろう」
「こんどは何をするんですか」
「火がなくて、沖合へのろしも上げられないとなれば、いやでも当分この島にこもっているほかない。
そうなれば食事のことを考えなければならない。
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