何か空腹を満たすような果物かなんかを探しに行こう」
「ああ、それは賛成です」
「たぶんこの密林の中へ入って行けば、バナナかパパイアの木が見つかるだろう」
「ラツールさんは、なかなか熱帯のことに詳しいですね。
熱帯生活をなさったことがあるんですか」
玉太郎は、ラツールがどんな返事をするかと待ちました。
「熱帯生活は、こんどが初めてさ。
しかしね、二、三年前に熱帯のことに興味をおぼえて、かなり本を読みあさったことがある。
そのときの知識を今ぼつぼつと思い出しているところだ」
「そうですか。
どうして熱帯生活に興味をおぼえたんですか」
「それは君、例の水夫ヤンの……」
と、ラツールが言いかけたとき、どこかで犬の激しくほえたてる声が聞こえました。
ポチだ。
ポチにちがいありません。
二人は同時に木陰から立ち上がりました。
そしてたがいに顔を見合わせました。
「どこでしょう。
あ、やっぱりこの林の奥らしい」
「どうしたんだろう。
玉ちゃん、行ってみよう。
しかし何か武器がほしい」
ラツールは、筏の折れたマストに気がついて、その棒を玉太郎と二人で一本ずつ持ちました。
そして林の中へ駆け込みました。
が、二人は間もなく、走るのをやめなければなりませんでした。
というのは、密林の中は猛烈にムンムンと蒸し暑かったからです。
汗は滝のようにわき出るし、心臓はその上に砂袋をおいたように重くなり、呼吸をするのも苦しくなりました。
そのうえに、玉太郎の頭のてっぺんまで隠してしまいそうな雑草が茂っていて、もちろん道などはありません。
ポチはこの草の下をくぐって、方角が分からなくなったのではなかろうかと思いましたが、それだけではないらしく、相変わらずワンワンと激しくほえ立てています。
玉太郎は両手を口の前でかこってメガホンにし、ポチを呼ぼうとしました。
「おっと、ポチを呼ぶのは待ちたまえ」
「ええ、やめましょう。
でもなぜですか」
「犬が吠えているところを見ると、あやしい奴を見つけたのかもしれない。
今君が大声でポチを呼ぶと、あやしい奴が隠れてしまうかもしれない。
そしてぼくたちが近づいたとき、不意打ちに襲いかかるかもしれない。
それはぼくたちにとって不利だからねえ」
ラツールの言うことはもっともでした。
「だから、ポチにはすまないが、しばらく放っておいて、犬の吠えているところへ、そっと近づこうや」
「いいですね。
こっちですよ」
二人は息苦しいのを我慢して、雑草の下を腰を低くして、ほえている方へ近づいていきました。
その間に、アリ、ハエ、蚊のすごいやつが、絶えず二人の皮膚を襲撃しました。
やがて密林が切れました。
目の前が急に開けて、沼の前に出ました。
向こう岸に褐色の崖が見えています。
そこから上へ、例の丘陵が伸び上がっているのです。
ポチの声はしていますが、近づいたようには聞こえません。
「どこでほえているのかなあ」玉太郎は首をかしげました。
「まるで地面の下でほえているように聞こえる」
「地面の下なら、あんなにはっきり聞こえないはずだ。
どこかくぼんだ穴の中に落ち込んでほえているのじゃなかろうか」
「ほえているのは、こっちの方角だが、どこなんでしょう」
玉太郎は沼の向こう岸をさしました。
そのときでした。
突然、大地がグラグラッと揺れはじめたのです。
「あっ、地震だ!」「大地震だ!」
二人はびっくりして、お互いに抱きつきました。地面の揺れは、だんだん激しくなっていきます。沼の水面に、不思議な波紋が広がりました。しかし、そんなことには二人とも気づかず、ただしっかりと抱き合っていました。
赤黒い島
その地震は、三十秒ほど続いて終わりました。ほっとする間もなく、また次の地震が襲ってきました。
「あッ、また地震だ!」
「いやだねえ、地震というやつは……」
ラツールは地震が大嫌いでした。玉太郎としっかり抱き合い、目を閉じて神様にお祈りを捧げました。
そのような地震が、前後四、五回も続きました。そして、その後は起こりませんでした。いずれも短い地震で、三十分間続いたものが一番長いほうでした。
地震とともに、沼の水面に波紋が起きたことは前に述べたとおりですが、二度目の地震のときは、その波紋の中心にあたるところの水面が、ぬーッともちあがったのです。
いや、水面自体が持ち上がるはずはありません。水の中に潜っていた何かが浮き上がったのでしょう。その色は赤黒く、大きさは畳三枚分くらいもあり、こんもりと膨れ上がってカバの背中のようでした。しかし、カバではありませんでした。
なぜなら、その茶褐色の楕円形の島のようなものの横腹に、突然、窓のようなものが開いたからです。その窓のようなものが、密林の茂みから漏れる太陽の光を浴びて、ぴかりと光りました。それは一瞬、探照灯の反射鏡のように見えました。それからまた、巨大な目のようにも見えましたが、まさか……。
が、突然その赤黒い島は、水面下にもぐってしまいました。その速さといったらありません。「電光石火」という言葉がありますが、まさにそれでした。その跡に新しい波紋が広がり、それからじんじん、ゆさゆさと、次の地震が起きたのでした。
いったい、沼の真ん中で浮き沈みした赤黒い島のようなものは、何だったのでしょうか。玉太郎もラツールも、目をつぶって抱き合っていたため、この沼で起きた重大な怪事を見逃してしまいました。これは二人にとって大損失でした。
地震がもう起きなくなったので、二人はようやく手を取り合って立ち上がりました。
「いやなところだね。赤道の付近には火山脈が通っているんだが、この島もその一つなのかなあ」
ラツールは首をひねりました。
「しかしラツールさん。地震にしては、変なところがありますねえ」
玉太郎が言いました。
「変なところがあるって。なぜ?」
「だって地震は、たいてい一回でおしまいになるでしょう。何回も続く場合は、最初の地震がよほど大きな地震で、そのあとに続く余震は、どれも比べ物にならないほどずっと小さいはずです。ところがさっきの地震は、そうではなかったですね。どの地震も同じくらいの強さでした。だから変だと思ったんです」
玉太郎は、地震が名物の日本に何年も暮らしたことがあり、地震についての常識を知っていました。
「ふーん。どうかねえ」
ラツールは首を左右に振りました。彼には、それがわからなかったのです。
そのとき、二人の注意を急に奪ったものがありました。ポチのワンワンと吠える声です。それは遠くのほうから聞こえてきました。二人は顔を見合わせました。
「ポチは、怪しいものを見つけて吠えているんですよ」
「そうらしい。この沼の向こう側だ。そして、地面の下で吠えているように思う」
「ラツールさん。ぼくはこれから沼の向こうへ行って、ポチを早く助け出してやりたいです」
「行くのかね。君が行くなら、わたしも行く。しかし玉ちゃん。少しのことにも深く注意して、少しずつ前進するんだね。もしもこの島が恐竜島だったら、われわれはすぐさまこの島を後にして逃げなければならないんだ。
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