初級翻訳・恐竜島 第8話

恐竜島

何か空腹を満たすような果物かなんかを探しに行こう」
「ああ、それは賛成です」
「たぶんこの密林の中へ入って行けば、バナナかパパイアの木が見つかるだろう」
「ラツールさんは、なかなか熱帯のことに詳しいですね。
熱帯生活をなさったことがあるんですか」
玉太郎は、ラツールがどんな返事をするかと待ちました。
「熱帯生活は、こんどが初めてさ。
しかしね、二、三年前に熱帯のことに興味をおぼえて、かなり本を読みあさったことがある。
そのときの知識を今ぼつぼつと思い出しているところだ」
「そうですか。
どうして熱帯生活に興味をおぼえたんですか」
「それは君、例の水夫ヤンの……」
と、ラツールが言いかけたとき、どこかで犬の激しくほえたてる声が聞こえました。
ポチだ。
ポチにちがいありません。
二人は同時に木陰から立ち上がりました。
そしてたがいに顔を見合わせました。
「どこでしょう。
あ、やっぱりこの林の奥らしい」
「どうしたんだろう。
玉ちゃん、行ってみよう。
しかし何か武器がほしい」
ラツールは、筏の折れたマストに気がついて、その棒を玉太郎と二人で一本ずつ持ちました。
そして林の中へ駆け込みました。
が、二人は間もなく、走るのをやめなければなりませんでした。
というのは、密林の中は猛烈にムンムンと蒸し暑かったからです。
汗は滝のようにわき出るし、心臓はその上に砂袋をおいたように重くなり、呼吸をするのも苦しくなりました。
そのうえに、玉太郎の頭のてっぺんまで隠してしまいそうな雑草が茂っていて、もちろん道などはありません。
ポチはこの草の下をくぐって、方角が分からなくなったのではなかろうかと思いましたが、それだけではないらしく、相変わらずワンワンと激しくほえ立てています。
玉太郎は両手を口の前でかこってメガホンにし、ポチを呼ぼうとしました。
「おっと、ポチを呼ぶのは待ちたまえ」
「ええ、やめましょう。
でもなぜですか」
「犬が吠えているところを見ると、あやしい奴を見つけたのかもしれない。
今君が大声でポチを呼ぶと、あやしい奴が隠れてしまうかもしれない。
そしてぼくたちが近づいたとき、不意打ちに襲いかかるかもしれない。
それはぼくたちにとって不利だからねえ」
ラツールの言うことはもっともでした。
「だから、ポチにはすまないが、しばらく放っておいて、犬の吠えているところへ、そっと近づこうや」
「いいですね。
こっちですよ」
二人は息苦しいのを我慢して、雑草の下を腰を低くして、ほえている方へ近づいていきました。
その間に、アリ、ハエ、蚊のすごいやつが、絶えず二人の皮膚を襲撃しました。
やがて密林が切れました。
目の前が急に開けて、沼の前に出ました。
向こう岸に褐色の崖が見えています。
そこから上へ、例の丘陵が伸び上がっているのです。
ポチの声はしていますが、近づいたようには聞こえません。
「どこでほえているのかなあ」玉太郎は首をかしげました。
「まるで地面の下でほえているように聞こえる」
「地面の下なら、あんなにはっきり聞こえないはずだ。
どこかくぼんだ穴の中に落ち込んでほえているのじゃなかろうか」
「ほえているのは、こっちの方角だが、どこなんでしょう」
玉太郎は沼の向こう岸をさしました。
そのときでした。
突然、大地がグラグラッと揺れはじめたのです。
「あっ、地震だ!」「大地震だ!」

二人はびっくりして、お互いに抱きつきました。地面の揺れは、だんだん激しくなっていきます。沼の水面に、不思議な波紋が広がりました。しかし、そんなことには二人とも気づかず、ただしっかりと抱き合っていました。

赤黒い島

その地震は、三十秒ほど続いて終わりました。ほっとする間もなく、また次の地震が襲ってきました。
「あッ、また地震だ!」
「いやだねえ、地震というやつは……」
ラツールは地震が大嫌いでした。玉太郎としっかり抱き合い、目を閉じて神様にお祈りを捧げました。
そのような地震が、前後四、五回も続きました。そして、その後は起こりませんでした。いずれも短い地震で、三十分間続いたものが一番長いほうでした。

地震とともに、沼の水面に波紋が起きたことは前に述べたとおりですが、二度目の地震のときは、その波紋の中心にあたるところの水面が、ぬーッともちあがったのです。
いや、水面自体が持ち上がるはずはありません。水の中に潜っていた何かが浮き上がったのでしょう。その色は赤黒く、大きさは畳三枚分くらいもあり、こんもりと膨れ上がってカバの背中のようでした。しかし、カバではありませんでした。
なぜなら、その茶褐色の楕円形の島のようなものの横腹に、突然、窓のようなものが開いたからです。その窓のようなものが、密林の茂みから漏れる太陽の光を浴びて、ぴかりと光りました。それは一瞬、探照灯の反射鏡のように見えました。それからまた、巨大な目のようにも見えましたが、まさか……。

が、突然その赤黒い島は、水面下にもぐってしまいました。その速さといったらありません。「電光石火」という言葉がありますが、まさにそれでした。その跡に新しい波紋が広がり、それからじんじん、ゆさゆさと、次の地震が起きたのでした。
いったい、沼の真ん中で浮き沈みした赤黒い島のようなものは、何だったのでしょうか。玉太郎もラツールも、目をつぶって抱き合っていたため、この沼で起きた重大な怪事を見逃してしまいました。これは二人にとって大損失でした。

地震がもう起きなくなったので、二人はようやく手を取り合って立ち上がりました。
「いやなところだね。赤道の付近には火山脈が通っているんだが、この島もその一つなのかなあ」
ラツールは首をひねりました。
「しかしラツールさん。地震にしては、変なところがありますねえ」
玉太郎が言いました。
「変なところがあるって。なぜ?」
「だって地震は、たいてい一回でおしまいになるでしょう。何回も続く場合は、最初の地震がよほど大きな地震で、そのあとに続く余震は、どれも比べ物にならないほどずっと小さいはずです。ところがさっきの地震は、そうではなかったですね。どの地震も同じくらいの強さでした。だから変だと思ったんです」
玉太郎は、地震が名物の日本に何年も暮らしたことがあり、地震についての常識を知っていました。
「ふーん。どうかねえ」
ラツールは首を左右に振りました。彼には、それがわからなかったのです。

そのとき、二人の注意を急に奪ったものがありました。ポチのワンワンと吠える声です。それは遠くのほうから聞こえてきました。二人は顔を見合わせました。
「ポチは、怪しいものを見つけて吠えているんですよ」
「そうらしい。この沼の向こう側だ。そして、地面の下で吠えているように思う」
「ラツールさん。ぼくはこれから沼の向こうへ行って、ポチを早く助け出してやりたいです」
「行くのかね。君が行くなら、わたしも行く。しかし玉ちゃん。少しのことにも深く注意して、少しずつ前進するんだね。もしもこの島が恐竜島だったら、われわれはすぐさまこの島を後にして逃げなければならないんだ。

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