初級翻訳・恐竜島 第33話

恐竜島

俺は合理的に考えるほうだからな」
「さすがはモレロさんだ」
「一つ、頼むぞ」
「ええ、十分に働きますよ」
「さあ、もう静かにしようぜ。巣も近づいてきた」

海上からそそり立つ岩と岩の間を、ボートは巧みに縫うように進んでいきます。
「よし、櫂を上げろ。水の音で奴らに感づかれちゃいけねえ。ここで少し待とう。風の向きが変わらないと、奴らに匂いを嗅ぎつけられるからな」
さすがはモレロ、細心の注意を払っています。
風上から進むと、人間の匂いが恐竜の鼻に送られてしまい、まずいのです。だから風向きが変わって、風下になるのを待ってから進もうという作戦です。船を岩の間に挟ませて、三人は静かに時が過ぎるのを待ちました。そのうちに、波が穏やかに迫ってきました。入り江になっているので、波は高くありません。
一時間――二時間――。
猫が鼠を待つように、気長く、しかも油断なく、三人は待ち続けました。
「おや、変な匂いがしますね」
「うん、恐竜の匂いだ。さあ、風が変わったぞ。出かけようか」
三人はそっと船を出しました。
その頃になると月が昇ってきました。十五夜に近い丸い月が、東の空から青白い光を投げかけています。それが唯一の灯りでした。
「奴らは眠っているらしいぞ」
恐竜の巣は、水面から五メートルほどの高さにある、いくつも開いた洞窟の中にあるようでした。ボートを岸につなぐと、三人は岩に乗り移り、川沿いに恐竜の巣へと近づいていきました。
「おっ、モレロ親分」
「どうした」
「セキストン伯爵です」
「何だって?」
「ほら、あそこに倒れているのは」
「うむ……」
ラルサンが指さした岩の上には、長いロープをつけたまま、両手をいっぱいに伸ばして倒れている男がいました。間違いなくセキストン団長でした。
モレロが近づいていき、頭に手を当ててみましたが、静かに首を振って二人に見せました。
「あそこから落ちたんだ、生きていられるはずがない」
モレロはつぶやくようにそう言うと、ゾッとしてブルブルと身を震わせました。
「キッドの宝を狙う者は、必ず命を落とす」
昔からそう言い伝えられてきた言葉が頭をよぎります。キッドの宝を求めてやって来たセキストンが、まさに予言通りにここで死んでいるのです。
とすると、次は同じ運命が自分にものしかかってくるのではないか。さすがのモレロも、そこまで考えるとじっとしていられなくなりました。
「親方、行きましょう」
この時、フランソアがそう言わなかったら、モレロは引き返していたかもしれません。そして、次に待ち受ける恐ろしい運命から逃れることができたかもしれないのです。
その恐ろしい運命とは――

「宝、死と共に眠る」

三人はボートから降りると、そろりそろりと岩を伝って洞窟へと向かいました。
月の光を浴びてぽっかりと開いた大きな穴は、気味悪く三人の頭上にのしかかっています。この穴の中には恐竜がいるのです。その巣の中にこそ、キッドの宝物はあります。セキストンは、洞窟の前に散らばっている宝物の破片をきっと発見していたのでしょう。
「おい、これを見ろ」
先頭に立ったモレロが低くつぶやき、後ろを振り返りました。
「なんです?」
「スペインの金貨だ」
「これがここにあるということは、宝物も近いはずだ。宝箱を運ぶときに落としたものだろう」
月に透かしてみると、金黄色に輝いています。間違いなく本物の金貨です。フランソアはそれを後ろのラルサンに手渡しました。
洞窟からは野獣の匂いがします。甘いような、酸っぱいような、なんとも言えない香りです。
「しっ」
モレロがおしとどめました。
「音がしたぞ」
「恐竜が寝返りでも打った音でしょうか」
「いや、鼻の悪い恐竜がいびきをかいたんだ」
「できるだけ端によれ。真ん中を歩くと、恐竜に踏みつぶされないとも限らん」
モレロが注意します。三人はそろり、そろりと暗い洞窟の中を手探り、足探りで進んでいきました。生暖かい風が吹いてきます。
「恐竜の吐息だな」
そう感じた三人は頭を下げ、息を殺しました。心臓の鼓動が激しくなります。全身の血が一気に大波となって、全速力で暴れ出したようです。
「おい、このまま夜明けまで待とう。恐竜が外へ出て行った留守に探検するんだ」
「恐竜も散歩に行くんですかい?」
「散歩じゃない。朝になれば食べ物を探しに出かけるだろう」
「なるほど、レストランへ行くのですね。明日の朝飯は何でしょうね」
「白い牛乳に、焼きたてのトーストパン、それに香りの高いコーヒーか?」
「何をくだらんことを言っているんだ。ここはパリじゃないぞ、コーヒーなんてあるものか」
「あ、そうでしたな」
「恐竜の朝飯は何でしょうかね」
「そんなこと俺が知るものか、恐竜に聞いてみろ」
「へーい、もしもし恐竜さん」
「こら、黙れ!」
モレロの一喝に、ラルサンは首をすくめました。
「黙って朝まで待っていればいいんだ……」
「へーい」
ちょうどその頃、玉太郎の一行は、島の怪人ラウダの巣にたどり着いたところでした。それから一行が船に乗り込み、外海へと漕ぎ出していくまで、モレロたち三人は恐竜の寝ている洞窟の隅で、体を小さくして朝が来るのを待ち続けました。
思わずウトウトしそうになると、フランソアはモレロのたくましい腕で首の根っこをぐっと掴まれました。
「おい、起きろ、起きろ」
「朝日が出ているようですね、洞窟の入り口がかすかに明るい」
「油断しちゃならねえぞ。恐竜がご出勤だ」
「へえ、どこの会社へ?」
「馬鹿野郎、会社へなんて行くものか!」
「じゃあ、お役所ですか? バスに乗って」
「どこまで間抜けなんだ。目を覚ませ、お前、何か夢でも見ているのか?」
そう言われて、ラルサンは「あ、あー」とあくびをしようとしました。
「おい、恐竜がいるんだ。少しは慎め」
「おお、そうでした。いやあ、私はパリの下宿で寝ているのだとばかり思っていましたので、とんだ勘違いでした。ごめんなすって」
「いいから、油断をするなということよ」「おい、フランソア。お前もだぞ」
「ええ、わっしは前々からここにこうして頑張っておりまさあ。もしも恐竜がこの穴から飛び出してくるようなことがあったら……」
「どうしようというんだ」
「ただ一発のもとに、仕留めてやりまさあ」
「お前もフランソアと同じように、脳みそが少し足りないのか。頭のネジがゆるんでいるらしいな」
「そんなことはありませんや」
「恐竜にさとられたら、それこそ俺たちは生きていられねえんだ。虎の口に入らずんば虎の子を得ずっていう東洋の格言があるだろ。俺たちはキッドの財宝を手に入れるために、恐竜の穴に飛び込んだんだ。大冒険なんだぜ、命がけの探検なんだぜ。どうもお前たちは、俺のこの気持ちがわかっていないから困るよ。第一……」
「おっと、モレロ親分、恐竜様のお出ましだ!」
今度は鋭く気がついたフランソアが、モレロの腕を引っ張りました。
「おっと」
モレロは頭を両腕で抱え込むと、体を小さくして岩の隅に潜り込みました。ラルサンとフランソアも、もちろん大将のモレロに従って身を小さくしました。
ずしり、ずしりと恐竜が歩きます。そのたびに洞窟は地震のように揺れました。

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