しかし、蚊が多くてかなわないや」
夜が白みかけてきました。さあ、早いところ帰ろうと思って、あたりの物音に耳をすませました。すると、小さいながらブーンという飛行機の音が聞こえてくるではありませんか。
「だめだ。まだ飛行機が、空でがんばっているよ」
「夜がすっかり明けてしまうと、ちょっと出にくいんだ。困ったね」
夜が明けました。飛行機の数は増えました。これではいよいよ動けません。その日も一泊、次の日も、やむを得ず一泊しました。困ったのは食料です。もっと持ってくればよかったと後悔しました。水は完全になくなりました。上陸してヤシの実のくさい水を飲み、ようやく喉の渇きをいやして生きていたのです。
恐竜出現
四日目の朝のこと、起きて艇の外へ出てみると、うれしいことに飛行機の音がしません。そこでサムを起こしました。
「よし、今のうちに出航だ。しかしその前にヤシの実を十個ばかり拾って、艇内に運んでおく必要がある。これからまだどういう目に遭うか分からないから、水の用意はしておかないといけないんだ」
「なるほど。では二人で、五個ずつ拾ってくればいいんだね。行こう」
サムとぼくとは急いで上陸しました。それから近くのヤシの林へ入って、なるべく色の青いヤシの実を拾い集めました。五個のヤシの実を抱えると、両手でやっと持ち運べる重さです。ぼくとサムとは、「うんうん」と言いながら林を出て、艇をつないである湾の方へよたよたと歩いていきました。そのときです。サムが、「あっ」と言って立ち止まりました。
「どうした、サム」と、ぼくは尋ねました。
「うむ。僕の目はどうかしているらしい。恐竜の首が二つ見えるんだ」
「あははは、何を言っているんだ」
と、ぼくはバカバカしくなって、湾の方を見ました。
「あっ!」
ぼくの腕からヤシの実が転がり落ちました。ぼくの膝は急にガクガクと震え出しました。喉がカラカラになって、声が出なくなりました。なぜか? なぜと言って、ぼくは見たからです。ぼくらの恐竜のそばに、もう一頭の恐竜が長い首を伸ばし、口を開いたり閉じたりして、のそのそと動いているのを。
それに、作り物の恐竜ではないことは、一目で分かりました。大きな胴体が、マングローブの木をめりめりと押し倒しています。長い尻尾が、バチャンと大きくヤシの梢を叩きました。コロコロとヤシの実が転がっていくのが見えます。本物の恐竜です。
「逃げよう、本物の恐竜だ!」
サムもこのとき悟ったと見えて、ぼくの腕をつかみました。ぼくは無言でくるりと後ろを向き、走り出しました。密林の奥深くへ……。
「おどろいたね。この島には本物の恐竜が住んでいるんだよ」
「恐竜島って、本当にあるんだな。あいつは人間を食うだろうか」
「恐竜は爬虫類だろう。爬虫類といえばヘビやトカゲがそうさ。ヘビは人間を丸のみにするからね」「だから恐竜は人間を食べると思うんだ」
「なにが『だから』だ。食べられたら、おしまいじゃないか。ああ、困ったなあ」
「ぼくはそんなことよりも、あの怪物が、ぼくらの恐竜号の恐竜に話しかけても返事がないものだから、腹を立ててしまってね。ぼくらの艇をぽんと海の中へ蹴とばして、沈めてしまいはしないかと心配しているんだ」
「あっ、そうだ。昇降口を閉めてくるのを忘れたよ。困ったな。本物の恐竜は相手が口をきかないものだから、きっと腹を立てるだろう」
「そうなれば、ぼくらは乗って帰る船がなくなるよ。そして、この島に本物の恐竜と一緒に住むことになるんだ」
「わーっ! 本物の恐竜と同居するなんて、考えただけでぶるぶるぶるぶるだ」
サムは全身をこまかく震わせて見せた。
「ねえ、サム。恐竜は鼻がきくだろうか。つまり、においをかぎつける能力は鋭敏かな」
「なぜ、そんなことを聞くんだい?」
「だって、ぼくはこれからそっと湾の方へ行って、本物の恐竜がどうしているか見てこようと思うんだ。もし恐竜の鼻がよくきくんだったら、ぼくが近づけば見つかって食べられてしまうからね」
「恐竜の嗅覚は鈍感だと思うよ。だって、ぼくらの作り物の恐竜のすぐそばまで行っても、まだ本物かどうか見分けがつかずに迷っていたからね」
「じゃあ行ってみよう」
「ぼくも行く」
ぼくたちは足音を忍ばせ、おそるおそる湾の見えるところまで行った。
「おや、恐竜はいないぞ」
「ほんとだ。今のうちに恐竜号に乗って逃げようよ」
「よし、急げ、早く!」
今から考えると、あのときどうして恐竜号に飛び込んだのか、どうして出航したのか、昇降口は誰が閉めたのか、そんなことは少しも記憶していない。とにかく命を懸けて、一刻も早くこの場を離れようと、沖合めがけて逃げ出したのだ。もちろん潜航なんかしない。浮上したままの全速力で白い波を立てて走った。気が気ではなかった。今にも恐竜が追いかけてくるのではないかと……。
ギネタ湾の入り口にある浅瀬に艇を乗り上げて、ぼくたちは「やれやれ、助かった」と思った。ぼくたちは艇から飛び出すと、浅瀬を渡って海岸の砂の上へ駆け上がり、緊張が解けたせいか、二人ともそのまま気を失ってしまった。
ぼくたちは知らなかったが、近くにいた人々は肝をつぶしたそうである。それもそうだろう。全速力で走る恐竜が海岸めがけて押し寄せてきたと思ったら、浅瀬に乗り上げ、中から二人の少年が飛び出してきて、砂の上でひっくり返ってしまったのだから。
ホテルでも、ぼくたちが三日三晩も戻らないものだから、恐竜にさらわれたに違いないと、皆で手分けして探していたそうだ。
ぼくたちは運よく命を拾い、本国へ戻ることができた。いろいろと大損害も被ったけれど、その後「恐竜艇の冒険」だの「恐竜を見た話」などを放送したり、本にして出版したりしたので、たいへん儲かって金持ちになった。
この次の休暇には、日本へ行ってみたい。こんどサムに相談してみよう。
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