木の枝の上の方と、少し下の方とに、二本の丈夫な蜘蛛の糸が、小川を横切ってはりわたしてあって、そこの二本の糸の間に、あのからかさをひろげたような、蜘蛛の網が見えるのですが、それに朝露の玉が一めんについているものですから、まるで宝石をちりばめたように、きらきらと美しくかがやいているのでした。
「なんだ、橋をかける名人というのは、蜘蛛のことなんですか。
でも、僕は蜘蛛っていう虫はあまりすきでないんです。
あの恰好を見るとぞーっとするんです」
一太郎君が顔をしかめていいますと、伯父さんは待っていたといわぬばかりに、
「お前が蜘蛛をこわがることは、よく知っているよ。
だから、今日はお前に蜘蛛という虫のえらいところを、よく見せようと思ったのだ。この感心な虫が、なぜそんなにいやなのだね。
なるほど蜘蛛は、網にかかった、はえだとか、あぶだとか、もっと大きな蝶なども、えじきにしてたべてしまうけれど、それは蜘蛛が悪者だからではない。
神様がそういうくらしをするように、おこしらえになったからなのだ。
蜘蛛は勇敢な猟師なのだよ。
人間だって、鉄砲で猪や鹿をうったり、網で魚をとったりするじゃないか。
蜘蛛はそういう猟師をしてくらすように生まれついた虫なんだよ。
なんという熱心な猟師だろう。
あの自分のからだの何百倍、何千倍とあるような大きな網を、一時間か二時間であんでしまうんだよ。
そして、雀や、風なんかに網をやぶられると、一日に何度でもしんぼうづよく同じ網をはりなおすんだよ。
お前にこんなまねができるかね。
いや、どんなえらい大人にだって、こんなすばらしい仕事はなかなかできやしないんだよ。
それにあの網のきれいなことをごらん。
まるで定規とコンパスをつかってかいた模様のように美しくできているじゃないか。
感心な虫だとは思わないかね」
いわれてみますと、なるほどびっくりするほどえらい仕事をする感心な虫だということが、一太郎君にもわかってきました。
「まだそれだけじゃない。
この虫はもっとえらいことをするんだよ。
伯父さんが橋をかけるといったのは、あのむこうの枝から、こちらの枝にはってある二本のふとい糸のことなんだが、蜘蛛はどうしてあの二本の糸をかけると思うね。
これは謎ではないが、なかなかむずかしい問題だよ。
お前に考えられるかい。
枝と枝の間には、蜘蛛のからだの何百倍というはばのある小川が流れているんだよ。
人間でいえば、隅田川ぐらいの大きな川なんだ。
蜘蛛には、この流の早い川を泳ぎわたることなんか、とてもできやしない。
といって、蝶やとんぼのように飛ぶこともできない。
それなのに、蜘蛛の糸は川のむこう側から、こちら側へ、ちゃんとはってあるじゃないか。
不思議だとは思わないかね」
一太郎君は、それをきいてすっかり驚いてしまいました。
「ほんとだ。
僕、今までうっかりしていたけれど、考えてみると、不思議ですね。
蜘蛛っていうやつは、僕らの思いもおよばない力を持っているんですね」
「じゃ、一つ蜘蛛と智恵くらべをしてごらん。
どうしてあの糸をはるんだか、お前の智恵で考えだしてごらん」
伯父さんにそういわれますと、一太郎君はたいへんなことになったと思いました。
なんだかこの智恵くらべでは、まけそうな気がしたからです。
でも、一太郎君はいっしょうけんめいに頭をしぼって、やっと一つの答を見つけだしました。
「伯父さん、わかりました。
蜘蛛はぶらんこをするんでしょう。
木の枝の高いところへ糸のはしをくっつけて、腹から糸をたぐり出しながら、自分の糸にぶらさがって、だんだん下へおりてくるのです。
そして、その糸が、うんと長くなった時に、ブランブランと風にのってぶらんこをはじめて、むこう側の木の枝へとりつくのでしょう」
「うん、それもやる。
しかし、この場合じっさいは、そんなにうまく行くものじゃないよ。
なにしろ川のはばは一メートルもあるんだからね。
いくら身がかるいといっても、そんなに大きくぶらんこをゆするのは、むずかしいことだよ。
もっとうまいやり方があるんだ。
なんでもないことなんだよ。
口でいうよりも、実物を見た方がいい、きっと、どこかにいま橋をかけようとしている蜘蛛がいるにちがいないよ。
一つそいつをさがしてみようじゃないか」
伯父さんはそういって、小川のふちを、立木のあるところでは立ちどまって、念入りに木の枝をしらべながら、前へ前へと歩いて行きましたが、およそ百メートルも歩いたころ、やっとそれが見つかったらしく、小川のむこう側の猫柳の木を指さして、
「ほら、ここにいた。
ごらん、ちょうどいま、橋をかけようとしているところだよ」
よく見ますと、その猫柳のなかほどの枝から、一本の目にもとまらないような、細い細い蜘蛛の糸が、一メートルぐらいの長さにのびて、それがそよ風にふかれて、フワフワと小川の上を越し、今にもこちらの側の木の枝にとどきそうになっているのです。
「わけはないだろう。
糸だけをグングン出して、こうして風にふかせておけば、自分がぶらんこなんかするよりも、ずっとらくにこちらの岸にとどくわけだからね。
蜘蛛の糸はごく軽いものだから、ちょっと風がふきさえすれば、あんなふうに横へ一文字になびくのだよ。
糸のもとのところを見てごらん。
きれいな女郎蜘蛛が、木の枝にとまって、うしろ足を糸の根元にかけて、じっと考えているだろう。
ああして糸の先が、何かにひっかかるのを待っているんだよ。
ひっかかれば、そのひびきが糸をつたって蜘蛛の足に感じるんだ。
あ、うまくこちらの枝にとどいたよ。糸にはネバネバしたのり気があるから、一度くっついたら、もう絶対にはなれないんだよ。
ほら、見てごらん、女郎蜘蛛(じょろうぐも)が動き出したよ。
足で糸を引っ張って、本当にこちらの枝にしっかりくっついているかどうかを、たしかめているんだ。
よく見ていてごらん。
もうすぐあの蜘蛛は、糸の橋を渡って、こちら側へやって来るからね。
そして、二度も三度も行ったり来たりするんだよ。
それはね、あの糸を太くして、もっと丈夫にするためなんだ。
行き来しながら、おなかから次々と糸を出して、はじめの糸に重ねていくことで、どんどん太くしていくんだよ。
あの一本の糸の橋が、これからの網を作るためのたいせつな土台になるからね。
だから、できるだけ強く丈夫にしておかなければいけないんだよ」
二人はそこにしゃがんだまま、じっと蜘蛛の様子を見つめていました。
伯父さんが言ったとおりでした。
蜘蛛は二、三度行ったり来たりしてはじめの糸をしっかり丈夫にしてから、その糸を足場にして、少し下の方に二つ目の橋をかけました。
それから、二本の橋の間にナナメの糸を何本もはって、まずは外側のワクを作ってしまいます。
それが終わると、そのまん中に、まるで「からかさ(和傘)」を開いたような、美しくてきれいな網をあみはじめるのです。
その網が半分ほどもできあがるまでには、一時間以上もかかりましたが、一太郎君はその間、体も動かさずに、この小さな虫のすばらしい仕事ぶりにすっかり見とれていました。
初級翻訳・智恵の一太郎 第7話
智恵の一太郎
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