「君たち知ってるかい。
これ指紋っていうんだよ。
みんな自分の指の先を見てごらん。
きれいなうずまきになっているだろう。
このうずまきは、人によってみんなちがうんだって。
何千人、何万人よっても、同じうずまきなんて、一つもないんだって。
人間は、一人一人顔がちがうように、指のうずまきもちがっているんだよ。
君たちもこのガラスに、うずまきをうつして見るといいや。
こうしてね、両手の親指をおしつけるんだよ。
親指のうずまきが一等はっきりうつるから」
一太郎君が、いかにもおもしろそうに、やって見せるものですから、みんなもそのまねをして、前のガラスにハーッと息をかけて、両手の親指をおしつけました。
少したって、息のくもりが消えると、うずまきのあとも見えなくなってしまいますが、又、ハーッと息をかけると、ありありとあらわれて来るのです。
みんなは次々と、一太郎君の拡大鏡をかりて、自分の指のあとと、お友だちの指のあとをくらべたりして、おもしろがっていましたが、やがてそれにもあきると、六人は一太郎君を残して、どこかへ行ってしまいました。
みんながいなくなるのを待って、一太郎君は、一方のポケットから、ハンケチに包んだ細長いものを、だいじそうに取出しました。
ハンケチをひらくと、中から、妙子ちゃんの筆入のふたが出てきました。
一太郎君はその筆入のふたの裏がわに、ハーッと息をかけて、拡大鏡でしばらくのぞきこんでから、今度は、前の窓ガラスに、ハーッハーッと、いくども息をふきかけて、六人のお友だちの残して行った指のあとを、一つ一つ見くらべていましたが、やがて、
「あ、これだ、これだ、すっかり同じだ。
やっぱりそうなんだ。
妙子ちゃんを助けてくれたのは、北村君だったんだ」
とうれしそうにつぶやきました。
皆さん、もうおわかりでしょう。
昨日妙子ちゃんがころんだ時、カバンの中から筆入がとび出して、中のクレヨンが地面にちらまかれたのを、ひろい集めてくれましたね。
その時の指のあとが、すべすべしたセルロイドの筆入に残っていたのです。
筆入のふたの表と裏には、妙子ちゃんのらしい小さい指のあとが、たくさんついていましたが、それとは別に、すこし大きい指のあとがいくつか残っていたのです。
そして、ふたの裏がわに一ばんハッキリ残っていたのは、その生徒がふたをつかんだ時の、親指のあとにちがいないように思われたのです。
それで、一太郎君は、その筆入のふたを、妙子ちゃんにかりて、わざわざ学校へ持って来たのですが、今、窓ガラスのお友だちの指のあとと、一つ一つ見くらべますと、北村君の残して行った、右の親指のうずまきが、筆入のふたの裏のうずまきと、寸分ちがわないことがわかったのです。
指のうずまきは、顔がちがうのと同じように、人によって皆ちがうのですから、こんなたしかな証拠はありません。
その上、この親指には、小さい傷のあとが残っていて、筆入の方も、ガラスの方も、それがすっかり同じなのですから、もう少しもうたがいはありません。とうとう発見したのです。
妙子ちゃんを助けたのは北村君だということがはっきりわかったのです。
そこで、一太郎君は、北村君をさがし出して、証拠をつきつけて見せましたので、北村君もかくしきれず、昨日の事をすっかり白状してしまいました。
そして、頭をかきながら、
「つまんないなあ。
せっかくいい事をしたのに、これで昨日の一日一善が零になっちゃった」
と、ざんねんそうに言うのでした。
一太郎君がお家に帰って、そのことを話しますと、お母さんが、さっそく北村君のところへお礼においでになりました。
そればかりでなく、いつかこのことが先生のお耳にまではいってしまったのです。
ある日、先生が教室で、近頃こんな感心な出来事があったといって、みんなにこの事をくわしくお話しになりました。
そして、
「こんないい事をして、かくしていた北村君もえらいが、それを智恵で見つけだした明石君もえらいものだ。
一太郎君は名探偵だ」と言って、たいそうおほめになったものですから、二人はうれしいような、はずかしいような気持で、思わず真赤になってしまいました。
空中曲芸師
うららかに晴れわたった、春の日曜日の朝はやく、明石一太郎君は、田舎の伯父さんといっしょに、たんぼ道を歩いていました。
きのうの土曜日の午後から、とまりがけで、田舎の伯父さんのうちへ遊びに来ているのです。
田舎といっても、そこは東京都の中で、中央線の電車で行けるところですが、農学士の伯父さんは、そこの広い土地で、いろいろなめずらしい植物をそだてていらっしゃるのです。
大きなガラスのおうちのような温室もあって、その中には南洋の植物がたくさんならんでいます。
一太郎君は、そういうめずらしい植物を見たり、それについて伯父さんのお話をきいたりするのがすきでたまらないのでした。
けさは、六時ごろに起きて、まだ朝ごはんもたべないうちに、伯父さんにさそわれて、近所のたんぼ道を散歩しているのです。
青々としたたんぼの中を、細いきれいな小川がながれています。
その小川の堤のようになった細道を、伯父さんが先にたち、一太郎君はそのあとを追うようにして歩いているのです。
細道の両側には、朝露にぬれた草がおいしげっていて、それが足にさわるたびに、ひやっとつめたくて、なんともいえないすがすがしい心持です。
二人はしばらく、だまって歩いていたのですが、とつぜん、伯父さんがうしろをふりむいてにこにこしながら、
「一太郎、一つ謎を出そうか」
と、おっしゃるのでした。
「ええ、出して下さい」
一太郎君は、いつも伯父さんの謎はわけなくとけるので、今日もうまくといてみせるぞと、自信たっぷりで答えました。
「いいかい。
自分のからだの何百倍もあるような広い川に、一人の力で、たった一時間か二時間のうちに、長い橋をかけるものがいるんだよ。
それは人間じゃない。
人間にはとてもそんなことはできやしない。
だが、人間にたとえれば、東京の隅田川ぐらいの大きな川に、一人っきりで橋をかけるのと同じことなんだよ。
そういうすばらしい大工事を、またたくまにやってのける生きものがあるんだ。
いったい何だと思うね」
一太郎君は、そんなえらいものが、人間のほかにいるんだろうかと、びっくりしてしまいました。
そして、しばらくの間、いろいろと考えてみましたが、どうしてもわからないのです。
「伯父さん、僕、わかりません」
正直にいって、ちょっと赤くなって、頭をかきました。
「ハハハ……、こんなやさしい謎が、智恵の一太郎にとけないなんて、今日はどうかしているね。
それじゃ種あかしをしようか。
なんでもないんだよ。
ほら、あすこをごらん。
あれがその橋なんだよ」
伯父さんは、そういって、すぐそばの小川の上を指さしました。
「え、どれが?」
一太郎君にはまだわからないのです。
「あのきれいな蜘蛛の巣が見えないのかい」
いわれてみると一メートルほどのはばの小川の、むこう岸の木の枝へと、大きな蜘蛛の巣がはってあるのです。
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