初級翻訳・智恵の一太郎 第8話

智恵の一太郎

あきるどころか、見れば見るほど感心する気持ちがどんどんふくらんでいって、しまいには、それがただの蜘蛛ではなくて、人間のすばらしい曲芸師(きょくげいし)のようにさえ感じられてくるのでした。
晴れわたった青々とした空を背景にして、銀色に光る細い糸の上で、びっくりするような空中の大技を演じている曲芸師――女郎蜘蛛は、だんだら模様のすてきな衣裳(いしょう)を着ていて、その衣裳にはキラキラと輝く金や銀のかざりさえついているようです。
まあ、なんて美しいのでしょう!
「ハハハ……、すっかり感心しているね。
どうだい、こいつはなかなかえらい虫だろう。
お前は、こんな小さな虫に、これほどのすごい力をおあたえになった神様のことを、すばらしいとは思わないかい?」
 伯父さんの声に、一太郎君は、まるでハッと夢からさめたように、顔をふりむかせました。
そして、うっとりとした顔で、
「ええ、僕、蜘蛛が大好きになってしまいました」
 と答えるのでした。
「本当に神様ってすばらしいなあ」
 一太郎君は心の中で何度もつぶやきました。
すると、世界中がなんだか不思議ですばらしいことでいっぱいになっているような気がしてきました。
そして、この世の中が、きのうまでの二倍も、三倍も、十倍も、たのしいものに思えてくるのでした。
針の穴

 ある朝、明石一太郎君のおじいさんが、老眼鏡(ろうがんきょう)をどこかへ置き忘れてしまって、いくらさがしても見つからないものだから、「これでは新聞が読めないなあ」と、とても困っていらっしゃいました。
「一太郎、お前がいたずらして隠したんじゃないだろうね?」
 おじいさんは、そばにいた一太郎君を見て、ニコニコ笑いながらおっしゃいました。
「いいえ、僕、いたずらなんてしませんよ。
でもね、おじいさん、僕が新聞を読めるようにしてあげましょうか?」
 一太郎君が、なんだかおもしろいことを言いました。
「読めるようにしてくれるって、お前が代わりに声に出して読んで聞かせてくれるのかね?」
「いいえ、そうじゃありません。
おじいさん自身が自分で読むんです。
眼鏡の代わりになるものを、僕が作ってあげようっていうことなんですよ!」
「眼鏡の代わりになるものだって?
ハハハハハハハ、本当にそんな便利なものがあればいいんだがねえ」
 おじいさんは、一太郎君がじょうだんを言っているのだと思いました。
胸にたれた真っ白なおひげをふるわせて、楽しそうに笑いました。
「おじいさん、ウソだってお思いになるのですか?
じゃあ今からすぐ、僕が作ってきますからね。
少し待っていてくださいよ。
三分もかからないですから!」
 一太郎君はそう言い残すと、自分の勉強部屋の方へ走っていきました。
みなさん、一太郎君はいったい、どんなものを作ってくるのでしょうか?
ちょっと当ててみてください。
今は夏の初めですから、前みたいに「氷の眼鏡玉」なんてできるはずがありません。
もちろん、虫めがねのような大きなレンズでもありませんよ。
そんなふつうのものでは、眼鏡の代わりとは言えませんからね。
やがて、一太郎君がニコニコしながら持ってきたのは、郵便はがきをタテに半分ほどに切ったくらいの、一枚の白い画用紙でした。
「おじいさん、眼鏡の代わりっていうのは、これのことですよ!」
 その画用紙を見て、おじいさんは変な顔をなさいました。
「おや、おや、ただの厚紙じゃないか。
そんなものが本当に眼鏡の代わりになるのかい?」
「ええ、そうなんです。
不思議でしょう?
こうやって見るんですよ」
 一太郎君は、その細長い画用紙をヨコにして、自分の両方の目の前にあてて見せました。
「ちょうど目のあたりのところに、小さな穴をあけてあるんです。
両方の目にぴったり合うように、ちゃんと二つ穴があけてあるんですよ!」その穴からのぞくんです」
「ほほう、そうすると、新聞がよめるというのかね」
「うん、よめるよ。
明るいところじゃないとだめだからね。
縁がわに出て、やってごらんよ。
きっとよめるから!」
 おじいさんは、一太郎くんががあまりにもおすすめするので、明るい縁がわに出て、その画用紙を目にあてて、新聞をのぞいてみました。
小さくて小さな穴を、ちょうど目のところに合わせるのにちょっとコツがいりましたが、やがてその穴から、新聞の小さな文字が、まるでほんものの眼鏡をかけているかのように、はっきりと見えてきたのです。
「おおっ、これは不思議だ。
本当に不思議だなあ。
よめるぞ。
小さなふり仮名まで、よくよめる!」
 おじいさんはびっくりしたような大きな声でおっしゃいました。
すると、その声が聞こえたのか、隣の部屋からお父さんが出ていらっしゃいました。
「いったい何をそんなに感心していらっしゃるのですか。
また一太郎が何かいたずらでもしたのですか?」
「いやいや、この子にはときどき本当に驚かされるよ。
こんな厚紙に穴をあけただけで、老眼鏡(ろうがんきょう)をかけているみたいに、新聞の文字がすごくよく見えるんだよ」
「どれどれ、私にも一つ見せてください」
お父さんはその画用紙を目にあてて、新聞を近づけ、しばらくのぞいていましたが、
「ふーむ、なるほど! まるで虫めがねで見ているみたいに、大きく見えますね。
一太郎、これはいったいお前が考え出したのかい?」
と、感心した様子でおたずねになりました。
「うん、僕が自分で考えたんだよ」
「どうやってこんなことを思いついたのか、お父さんに話してごらん。
お父さんだって、こんなに手軽な眼鏡があるなんて、思いもしなかったからね」
 そこで一太郎くんは、この不思議な眼鏡を思いつくまでのわけを、こんなふうに話しはじめました。
「ぼくね、小さいころに目を細くして明るいところを見ていたら、目の前に太い線みたいなものが何本も見えたんだ。
ぼく、びっくりしちゃった。
よく考えてみたら、あれはぼくのまつ毛だったんだよ。
それからぼく、いろんなことをためしてみたんだ。
目を糸みたいにうんと細くして、そのすぐ前に自分の指先を近づけてみると、指のしもんが虫めがねみたいにすっごくはっきり見えるんだよ。
ぼく、それが不思議でたまらなくて、何度も何度もためしてみたんだ。
学校の理科の時間に『レンズ』のことを習ったとき、ぼくはそのときのことをすぐに思い出したんだよ。
そして、レンズがなくても、目をうんと細くすればいろんなものがよく見えるんだから、そこからいいアイデアを思いついたんだ!
目を細める代わりに、厚紙に穴をあけて、そこからのぞいて見るっていう大発明さ。
はじめのうちは、すごく小さい穴や、少し大きめの穴など、いろいろ試してみたんだよ。
大きな穴ではぜんぜんダメだったけれど、穴を小さくすればするほどよく見えて、針の先であけたような小さな穴にすると、すごくよく見えたんだ。
針の穴が小さければ小さいほど、まわりは暗くなるけれど、モノはとっても大きく見えるんだよ。
蚊だとかハエの羽だとか、いろんなものをその針の穴のむこうがわ、二センチくらいのところに近づけて、明るい光にあててのぞいてみると、まるで虫めがねみたいに見えるんだ。
だいたい四倍か五倍くらいに大きく見えるんだよ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました