そうして次から次へと部屋を調べ歩き、二十面相の隠れ家の構造を、すっかり頭の中に入れてしまいました。
二十面相は、自分の部屋に部下たちを集めて、今夜の出来事について話していました。
ポケット小僧は、その部屋のドアに耳をぴたりとつけて、立ち聞きをしました。
「もし明智が同じ車に乗っていたら、こう簡単には逃げられなかったかもしれない。あいつににらまれていては、手錠を外す芸当もできないからな。おまわりさんたちは、おれたちが手錠外しの名人だということを知らなかったから、うまくいったのさ」
そんな声が聞こえてきました。
ポケット小僧は、一通りの様子を探り終えると、玄関まで戻って外へ出ました。
そして、暗い夜の町の中を、どこへ行くともなく立ち去っていったのです。
美術室
二十面相は、ポケット小僧が忍び込んでいたことなど、少しも知る由がありません。
自分の部屋に部下を集め、さっきから一時間ほども話し続けていました。
「この家が二十面相の隠れ家だなんて、誰も気づくまい。表札は木下庄太郎にしてあるからな。貿易会社の社長さんだ。隣近所もそう信じているし、警察だって少しも疑っていない。おれたちは用心深くして、怪しい様子は一度も見せたことがないからね。ハハハハ……」
二十面相は、楽しそうに笑いました。
彼の周りには、五人の部下が座ったり立ったりしています。
松波博士に変装していた弟子、自動車を運転した男、そして残りの三人のなかには、さっきトラックを運転した男の顔も見えます。
この家には、五人の部下のほかに、二人の女中がいるだけです。
「さあ、グラスを空にして、自分の部屋に引き取って休むがいい。おれはいつものように、美術室でしばらく楽しんでから休むことにするよ」
二十面相がそう言うと、五人の部下は手に持っていたウイスキーのグラスを目よりも高く掲げて言いました。
「首領の健康を祝します。あの大仕事、見事でした。おめでとうございます。ブラボー!」
口々にそう言ってウイスキーをグッと飲み干すと、部屋から出ていきました。
あとに残った二十面相は、一人で少し離れた美術室に入り、電灯のスイッチを押しました。
パッと明るくなったのは、実に見事な部屋でした。
ガラス張りの陳列棚が四方に並んでいて、その中にはさまざまな彫刻や宝石、金銀の細工物などが所狭しと並んでいます。
どれもこれも、盗み集めたものに違いありません。
一つの棚の真ん中に、銀色の箱が置いてあります。
どこかで見覚えのある箱です。
ああ、わかりました。古代研究所から盗み出した、エジプトの巻き物が入っている箱です。
二十面相は、あの宝物をここに隠していたのです。
陳列棚に入りきらない大きな彫刻などは、壁際に立てかけてあります。
青銅で作られた男の裸像、木で彫られた女の裸像、古い仏像などにまじって、銀色の西洋の古めかしい鎧なども飾ってあります。
部屋の真ん中には、これまた美術品らしい立派なテーブルと椅子が置かれています。
椅子の背もたれはひどく高く、そこには細かい彫刻が施されていました。
二十面相は、その椅子にゆったりと腰を下ろすと、周囲の美術品を見回しました。
「ウフフフ……、よくもまあ集めたものだ。明智のやつにはいつもひどい目に遭わされる。そのたびに、せっかく集めた美術品を取り返されてしまうが、半年もすればまたこんなに集まってくるんだからな。いくら捕まっても、おれは不死身だよ」美術品を集めることは、けっしてあきらめない。
ウフフフ……、明智先生と根くらべだ。
そして、けっきょくおれが勝つんだからなあ。
それにしても、小林というチンピラは、恐ろしいやつだ。
女中にばけて、おれの部屋から真珠のゾウを取りもどすなんて、たいした腕まえだよ。
だが明智先生も小林君も、まんまとおれにいっぱいくわされたね。
おれは、いつもおくの手を用意しているからな。
二十面相はさも得意らしく、ブツブツとひとりごとを言っていましたが、そのとき、ふとだまりこんで、耳をすましました。
どこからか、へんな声が聞こえてくるのです。
クスクスと、しのび笑いをしているような声です。
どうも、それが外ではなくて、部屋の中のような気がするのです。
二十面相は、目をカッと見ひらいて、部屋じゅうを見まわしました。
だれもいません。
しかし、声はあいかわらず聞こえてきます。
その声が、だんだん大きくなってくるようです。
二十面相は、気味がわるくなってきました。
そのうちに、声のほかにもうひとつ、変なことが起こったのです。
名探偵のおくの手
この美術室は、南と東が庭に向いていて、南に二つ、東に一つ、つごう三つの窓があるのです。
その窓のガラス戸には、ぜんぶ中から止め金がかけてあるはずなのに、いつのまにかあいているようなのです。
三つの窓にかけた厚いカーテンが、ゆらゆらと揺れています。
窓がしまっていれば、こんなに揺れるはずはないのです。
クスクスというしのび笑いの声が、いっそう大きくなってきました。
たしかに部屋の中です。
「だれだっ、そこにいるのはだれだっ!」
二十面相は、思わず大きな声でどなりました。
「ウフフフ……、アハハハハ……。」
しのび笑いでなくて、もうおおっぴらな笑い声です。
しかし、人の姿はどこにもありません。
「だれだっ、どこにかくれているんだっ!」
もう一度、どなりつけました。
「アハハハ……、二十面相君、ここだよ。ぼくのおくの手はこれなんだよ。」
部屋のすみに立ててあった西洋のよろいが、ゆらゆらと動いて、こちらへ歩いて来るではありませんか。
よろいの両手が上に上がって、銀色のかぶとをぬぎました。
「や、明智小五郎!」
かぶとの下からあらわれたのは、明智探偵の顔でした。
二十面相は、いきなりよろいに飛びかかろうとしました。
あぶないっ! よろいに包まれた明智は、自由がききません。
取っ組みあいになったら、二十面相に組みしかれてしまうにきまっています。
「見たまえ。ほら、窓のカーテンを見たまえ。」
明智が、しかりつけるように叫びました。
二十面相ははっとして、窓のカーテンに目をやりました。
あっ、ピストルです。
カーテンのあわせめから、ピストルの筒口が、こちらをにらんでいるのです。
一つめの窓、二つめの窓、三つめの窓、どの窓のカーテンからも、同じようなピストルが、二十面相をねらっているのです。
「二十面相、手をあげろっ!」
カーテンのあわせめがサッとひらいて、三つの窓の外に、ひとりずつ制服の警官が、ピストルをかまえて立っているのです。
しかたがないので、二十面相は両手を上にあげて、あとじさりをはじめました。
ジリジリとあとじさりをして、入口のドアのところまでくると、パッと向きを変えて、いきなりドアをひらいて逃げだそうとしました。
「あっ、ここにもかっ!」
ドアの外に、ピストルをかまえて待っていたのは、見覚えのある警視庁の中村警部でした。
「ワハハハ……、こんどこそもう逃がさんぞっ。五人の部下とふたりの女中は、みんなつかまえてしまった。きみはひとりぼっちだ。もうおくの手は出せないぞ。おい、きみたち、手錠ではだめだ。こいつに縄をかけたまえ。身動きできないほど、しばり上げるんだ。
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