初級翻訳・妖怪博士 第13話

妖怪博士

ぼくは、その半分の五日間で、犯人を見つけだすつもりでいるんだが……」
それを聞くと、殿村はギョッとしたように明智の顔を見つめましたが、ただでさえみにくい顔をいっそう歪め、まるで野獣のように吠え声をあげました。
「なんだって? きみは手がかりをまだ少しもつかんでいないと言ったばかりじゃないか。
それに五日間なんて、でたらめもいいかげんにするがいい!」
「でたらめじゃないさ。手がかりをさがして犯人をつきとめ、書類と子どもたちを取りもどす。
これだけの仕事には、五日でも多すぎるくらいなのさ。
ぼくは捜査の期限を約束して、これまで一度だって破ったことはない」
「フン、何のあてもなくて、ただ期間だけを短く切るのか。
むちゃくちゃな探偵だな。
よし、それなら、わしは四日間にやってみせる。
四日間だ!」
殿村はみにくい顔をまっ赤にして、悔しさのあまり怒鳴りつけました。
「よろしい。ぼくも四日間と約束しよう」
明智は少しも慌てません。まるで犯人はもう自分の手の中にあるとでも言わんばかりの態度です。
「ちくしょう! 口だけの約束ならだれにだってできる。
わしのはそんな出たらめじゃないぞ!」
殿村は明智の前に立ちはだかり、歯をむきだして、今にも噛みつきそうな顔になりながら、三本の指を突きだしました。
「三日だ! わしは三日間にかたづけてみせる。
きょうは九日だから、十一日の夜までにかならずやってみせる!」
「よろしい。ぼくも十一日の夜までと約束する」
明智は勢いもあって、もう引き下がるわけにはいかず、きっぱりと言い放ちました。
読者のみなさん、なんだか心配になりませんか?
相手の殿村は、何か強力な手がかりをつかんでいるようなのです。
その殿村でさえ、最初は十日間と言っていたほどなのです。
それを、何一つ手がかりを持っていない明智が、いかに名探偵とはいえ、こんな無茶な約束をするなんて、あまりに無謀ではありませんか。
相川技師長は、ふたりの探偵の口論をだまって聞いていましたが、このままにしておいてはどこまで言い争いが続くかわからないので、気を利かせてふたりの間に割って入りました。
「いや、ここでそんな期限のことで争っていても始まりません。
それでは、こういうことにしようじゃありませんか。
わたしたちとしては、どちらの方でもいいですから、少しでも早く書類を取りもどし、子どもをさがしだしてくださればいいのです。
ですから、おふたりがそれぞれ別々に、できるだけ早く犯人をつきとめていただくことにしてはどうでしょう?
何もあなた方を競い合わせるつもりはないのですが、殿村さんもせっかくこうして協力を申し出てくださったのですから、お断りするわけにもいきませんし……ねえ、明智さん、どんなものでしょうか」
「いや、相川さん、大人げない口論なんか始めてしまって、お耳ざわりだったでしょう。
そういうことでしたら、ぼくとしては異存ありません。
ひとつこの殿村君とやらと、犯人さがしの競争をしてみましょう。
ぼくのほうには、まだ捜査の手がかりが一つもないのですから、この勝負はぼくのほうが大きなハンディキャップを背負っているわけですね。
しかし、少しもかまいません。
かえってやりがいがあるというものです」
明智はおだやかに、相川技師長の提案を受け入れました。
「殿村さんはいかがですか?」
「明智君では相手にとって不足だが、そっちがやると言うのなら、わしも挑戦を受けよう。
だが明智君、きみは今のうちにかぶとを脱いだほうがよくはないかね?
とてもこの勝負、勝ち目がなさそうだがね。
ウフフフ……」
殿村は、最後まで不愉快な毒を吐き続けるのでした。

乞食少年

それからしばらくして、明智探偵と殿村探偵は、前後しながら東洋製作会社の門を出ていきました。
殿村は別れのあいさつをすることもなく、ぶあいそうに、敵意に満ちた目でジロリと明智をにらみつけると、例の曲がりくねったステッキをつきながら、体を二つに折り曲げるようにしてヨチヨチと歩いていきました。
すると、どこに隠れていたのか、ひとりの乞食(こじき)の子どもが、石の門の中からひょっこりと姿をあらわしました。
伸び放題に伸びた髪の毛、ススを塗ったように黒く汚れた顔、ボロボロに裂け破れた洋服――十四、五歳ほどの、見るからに汚ならしい乞食の少年です。
その乞食が門の外へ出ると、まだそこに立って殿村の後ろ姿を見送っていた明智探偵を、ヒョイと見上げました。
明智のほうも、乞食の顔をじっと見つめ返しました。そして、ふたりの目と目がぶつかりますと、明智も乞食少年も、なぜか意味ありげにニッコリと笑いました。
おや、明智探偵は、こんなきたない乞食と、知りあいなのでしょうか。
知りあいでもなければ、あんな親しげな笑顔を見せるはずはありません。
しかし、乞食少年は、とくに言葉をかわすこともなく、そのまま、殿村の後を追うようにして歩き去っていきました。
杖を頼りに背中を丸め、ヨチヨチと歩くせむし探偵、その少し後ろから、お供でもするかのようにぴったりとついていく乞食の小僧。ふたりの姿は、まるで奇妙な親子のようでした。
明智探偵は事務所に帰ると、そのまま一階の洋室に閉じこもり、のんきそうに読書を始めました。
特別、事件の捜査のために外出しそうな様子もありません。
夕食を済ませてからも、相変わらず同じ部屋にこもったまま、今度は机の上に紙を広げ、難しい高等数学の計算を始めました。
これは明智の変わった道楽の一つで、ヒマで困ったときにはいつも、普通の人なら頭が痛くなるような数学の問題を解いて楽しむのが癖だったのです。
妙な道楽があったものです。
しかし、そんなのんきなことをしていて大丈夫なのでしょうか。
三日以内に犯人を発見すると約束したばかりではありませんか。
相手の殿村は、今ごろきっと、ものすごい意気込みで動き回っているに違いありません。
それなのに明智は、その大切な時間を、事件とは何の関係もない数学の計算をして、すっかり無駄に費やしているのです。
いったい明智は何を考えているのでしょうか。
ところが、その日の夜八時ごろになって、奇妙なことが起こりました。
数学の計算に夢中になっている明智の部屋へ、窓から忍び込んできた者がいたのです。
窓の外の、真っ暗に木が茂った庭で人の影が動いたかと思うと、何者かが窓ガラスにぴったりと顔をつけ、部屋の中をのぞき込んでいる様子でした。やがて、そろそろと窓が開き、ひとりの汚らしい乞食少年が、そこから部屋の中へと入り込んできたではありませんか。
ああ、あいつです。
昼間、殿村探偵の後を追っていった、あの乞食少年です。
明智探偵の部屋へ忍び込んで、いったい何をするつもりなのでしょう。
もしかしたら、殿村の命令を受けて、明智に危害を加えるためにやってきたのではないでしょうか。
しかし、明智探偵ともあろう者が、いくら計算に夢中になっていたからといって、窓が開き、人が忍び込んできたことに気づかないはずはありません。
乞食少年が窓を乗り越えてそこに立ったとき、探偵は机の上からヒョイと顔を上げ、そちらを振り返りました。
明智は乞食少年を見て、ハッとおどろいたでしょうか。

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