彼は、一寸法師がこのような場所に入ったことを、意外に思っている様子でした。表札をすかして見てみると、「人形師 安川国松」とようやく読み取ることができました。
一寸法師は中に入ると、格子戸にしっかりと鍵をかけ、ほっと息をつきました。
しかし、自分を尾行している男がいることには、少しも気づいていません。
興奮のあまり、まるで我を忘れてしまったような様子でした。
中に入ると、縦に長い土間が続いており、その横には、昔ながらの商家に見えるような、障子のない広い店の間がありました。
部屋の片隅には人形作りに使う箱や道具がゴタゴタと積み重なっており、正面の八角時計の下には、びっくりするほど大きな土製のキューピー人形が、電灯に照らされて、まるで番兵のようにギョロリと目をむいていました。
ちらりと見た瞬間には、生きた人間がこちらを睨みつけているのかと疑ってしまうほどです。
畳なども赤茶けていて、すべてが古めかしい雰囲気の中、この人形だけが際立って新しく、桃色の肌がつやつやと輝いていました。
この奇形児は、土間の突き当たりにある開き戸を開けると、裏の方まで通り抜けになっている細い庭を通って、奥の方へと入っていきました。
「だれだい」
すぐ横の障子の中から、眠たそうな声が尋ねました。
「おれだよ」
一寸法師は短く答えると、そのままさっさと歩いていきました。
障子の中にいた人物は、特にそれを咎めることもしません。
怪物の姿は、そのまま庭の奥の闇の中へと消えていきました。
表に取り残された背広の男は、戸の隙間から家の中を覗いたり、町をぐるっと回って家の裏手を調べてみたり、あちこちの表札を覗き歩いて町名や番地を確認し、手帳に控えたりしていました。二時間ほどの間、執念深くその辺りをうろついていましたが、やがて東の空が白み始めると、あきらめたのか、疲れた足をひきずりながら元来た道を引き返しました。
吾妻橋を渡ると、彼はふと思いついたように公衆電話ボックスに入り、少し手帳を確認してから、赤坂の菊水旅館の番号を呼びました。
相手が電話に出るまでに十分ほどもかかりました。
「菊水さんですね」彼は意気込んで言いました。
「朝早くから起こしてすみません。明智さんはおいででしょう。大至急お伝えしたいことがあるのです。まだお休み中でしょうけれど、少し起こしていただけませんか。僕ですか? 斎藤ですよ」
彼は明智が出てくるのを、足踏みをしながら待っていました。
小林紋三が明智を訪ねて、様々な証拠品に驚いたあの日。小間使いの小松がいなくなったことが発見された日。そして、三千子の殺害事件がいよいよ警察沙汰になってから、もう三日目の朝でした。
その間にも、いろいろと重大な出来事が起きていました。
裏側の事件としては、斎藤という男が一寸法師の残虐な行動を目撃したこともその一つですが、表向きの出来事としては、明智が提供した証拠品をもとにして、警察はまず第一の容疑者として、三千子に復讐を誓っていた北島春雄の行方を捜索し、ある木賃宿に隠れていた彼を苦もなく捕まえました。
北島はまだ取り調べ中で罪は確定していませんが、三千子が亡くなった当夜のアリバイ(現場にいなかったという証拠)を証明できないことや、偽名で宿に泊まっていたこと、その他にも話のつじつまが合わない点が多々ありました。もし他に有力な容疑者が現れなければ、前科のある彼こそが、真っ先に疑われるべき人物であることに間違いありませんでした。
北島を捕まえると同時に、警察は第二の容疑者として、小間使いの小松の行方を捜索しました。
恋人の蕗屋が大阪の実家に帰っていることから、他に頼る身寄りもない小松は、きっと彼を頼って行ったに違いないという見込みで、現地の警察に取り調べを依頼した上、こちらからもわざわざ刑事を一人派遣しました。
しかし、その結果、蕗屋の実家には数日前から蕗屋もおらず、小松が訪ねてきた様子もないことが分かっただけで、それ以上の詳細はまだ不明のままです。
押入れから発見された数々の証拠品によって、山野夫人が取り調べを受けたことは言うまでもありません。
しかし、彼女はその品々について全く心当たりがなく、誰かが彼女を陥れるために用意した偽物だと主張しました。
それだけでなく、彼女を犯人だと仮定すれば、なぜわざわざ自分から進んで警察に捜索を依頼したり、素人探偵を頼んだりしたのかという矛盾が生じます。
そればかりか、意外なことに、彼女には実に有力な証人が現れました。
病気療養中だった山野大五郎氏が、事件の夜、夫人は一度も寝室を出なかったと断言したのです。
それによって、山野夫人に対する疑いは、ひとまず晴れた形となりました。
しかし、少なくとも小林紋三だけは、その程度のことで夫人の無罪を信じることはできませんでした。
中之郷O町の怪しい家については、紋三がそれを口外しなかったのは当然ですが、なぜか明智までもが沈黙を守っているようで、警察は山野夫人と、あの不思議な足の不自由な男との密会について、少しも知らない様子でした。
紋三はそれを夫人のために内心喜んでいたのですが、それでも彼女に好意を寄せれば寄せるほど、夫人に対するあの恐ろしい疑いは、かえって深まっていくのでした。
日々の新聞が、山野家の珍事について書き立てたことは、言うまでもありません。百貨店での片腕事件が前代未聞の珍事であった上に、被害者が若い娘であること、加害者が非常にはっきりしないこと、その上「一寸法師」の怪談まで絡んでいるのですから、世間でこれほど大きな騒ぎになったのも当然のことでした。
事件が評判になるにつれて、山野家と関わりのある人々が胸を痛めたのは言うまでもありませんが、中でも当主の大五郎氏は、一人娘を失った悲しみに加えてこの打撃により、急激に病状が悪化し、それがまた家族にとって大きな心配の種となっていました。
ところが、驚いたことに、そんな最中に山野夫人がまたしても例の異様な男の誘いに応じ、二度目の密会を果たすために、今度は大胆にも真っ昼間から家を空けたのです。
例によって彼女は「片町へ行く」と言って出かけたのですが、それを聞いた小林紋三が「もしや」と思い、こっそり片町の彼女の伯父の家へ電話をかけて問い合わせた結果、それが分かったのでした。
紋三以外に、その事実を知る者はいませんでした。
ところが、まるでその時を見計らったかのように、夫人にとって実に危険な出来事が起こりました。
夫人の秘密が、ついに暴かれる時が来たかと思われたのです。
紋三は山野夫人が片町へ行っていないことを電話で確かめましたが、この前のようにすぐ後を追う気力はありませんでした。
一方では夫人の身の安全が気遣われましたが、もう一方では、この間の夜に出し抜かれた悔しさを思い出すと、そうして心配している自分が馬鹿馬鹿しくも思えました。
妙な嫉妬のような感情が、彼をひどく憂鬱にさせたのです。
夫人の行き先は、中之郷O町のあの怪しい家に違いありませんが、そこへ行って、もし嫌な場面を目撃してしまったら耐えられないと思いました。
かといって、夫人の帰りを書生部屋で山木とにらみ合いながら待つのも、なおさらつらいことでした。
初級翻訳・一寸法師 第26話
一寸法師
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