出口がどこにあるか、はっきりわからないものですから、廊下をぐるぐるまわっているうちに、むこうからひとりの部下のやつがやってくるのに出あいましたが、小林君は平気な顔でそりかえって歩いていきますと、部下のやつは小林君を首領がいつのまにか帰ってきたものと思いこんで、ぺこぺことおじぎをするのでした。
「うまいうまい、これならだいじょうぶだぞ。」
小林君はすっかり得意になって、いよいよ肩をいかしかせながら、のしのしと歩いていきました。
まもなく地下室の出口が見つかりました。
そこには厚い板戸がしめてあって、その前の小部屋にひとりの大男がイスにかけて見はり番をしています。
いかにも強そうなやつです。
しかし、小林君は平気でその男の前へ近づいていきました。
そして、だまってつっ立ったまま、男の鼻の先に手帳の紙のたたんだのをさしだし、「外出するから戸を開け。」という身ぶりをしてみせました。
番人は留守だと思っていた首領がとつぜんあらわれたので、ちょっとびっくりしたように見えましたが、いつもどこから帰ってくるかわからない首領のことですから、べつに深くうたがうようすもなく、ぺこぺことおじぎをしながら、厚い板戸をギーッと開いてくれました。
小林君はしめたと思いながら、そのままゆうゆうと外の暗闇へ出て、そこにあるコンクリートの階段を地上へとのぼっていきます。
番人はそのあとを見送って、板戸をしめるともとのイスにもどって、いま手わたされた紙きれを開いてみました。
首領の命令書だとばかり思いこんでいたのです。
ところが、その紙きれをうすぐらい電灯のそばに近づけて読みくだしたかと思うと、番人は、「アッ。」というおどろきのさけび声をたてました。目を丸く見開き、口をぽかんと開けて、何がなんだかわからないという顔つきです。
その紙切れには、次のような痛快な文句がしたためられていました。
暗号文はもらって帰ります。
そして、正しい持ち主に返します。
いろいろごちそうしてくださってありがとう。
では、さようなら。
明智探偵助手 小林 芳雄
大捕り物
まんまと賊をあざむき、首領をびっくりさせるような手紙まで残して、地下室を抜け出した小林少年は、何よりもまず、その地下室の上にはどんな建物が建っているのか、また、そこはなんという町なのかということを確かめなければなりませんでした。
なぜって、小林君が賊のためにこの地下室へ連れてこられたときには、長イスの中に閉じ込められていて、外の様子がまったく見えなかったからです。
地下室の階段を駆け上がってあたりを見回すと、そこはコンクリートの塀に囲まれた庭の中で、地下の真上にあたる場所には古い木造の洋館が建っていました。
コンクリートの塀にそって走っていくと、やがて門のところに出ました。
正面の門のとびらはぴたりと閉まっていましたが、そのわきのくぐり戸が開いていたので、小林君はなんなく門の外に出ることができました。
外に出て、門灯の光を頼りに門の柱を見上げると、そこに出ている表札には「目黒区上目黒六丁目一一〇〇、今井きよ」という女性の名前が書いてありました。
今井きよというのは、あの美しい女首領の偽名に違いありません。
こんなやさしそうな名前で世間の目をごまかし、地下室では覆面をして男になりすまし、大勢の手下を自由に使いこなしているのです。
じつにうまく考えたものです。
あの美しい女性が大泥棒だなんて、だれだって夢にも思わないでしょうからね。
でも、小林君にはそんなことを考えているひまもありません。
ぐずぐずしていれば賊の手下が追いかけてくるのですから、ただ表札の町名、番地、そして名前を手早く暗記して、そのまま駆け出しました。
少し行くと、道のわきに真っ暗な原っぱのような場所があったので、小林君はそこへ駆け込み、暗闇の中で変装の覆面を取り、ルパシカを脱いで、もとの服を着た少年の姿に戻りました。
そして、覆面とルパシカを小さく丸めて小わきに抱え、にぎやかな表通りのほうへと急ぎました。
「なんにしても、早くこのことを明智先生にお知らせしなければならない。
先生きっと心配していらっしゃるだろうからなあ。
ああ、ちょうどいい。
あそこに公衆電話があるから、帰るまえに電話でお知らせしておこう。」
小林君はとっさに思いついて、その街角にあった公衆電話へとびこみました。
「ああ、小林君か。
どこからかけているんだ。
え、うまく逃げだしたって? 暗号も手に入れた? それはえらい。
さすがにきみだ。
きみならきっとうまくやるだろうと思ったが、しかし心配していたよ。
よかった。
よかった。」
電話の向こうから、明智先生の声があわただしく聞こえてきました。
小林君は、賊の首領が女であること、今井きよという名前で上目黒の洋館に住んでいることなどを手みじかに知らせたあとで、女首領にあてて手紙を残してきたことを話すと、明智探偵は心配そうな声で、
「きみ、その手紙に自分の名前を書きやしなかったかい。」
とたずねました。
「ええ、書きました。
明智探偵の助手の小林って書きました。
あいつらが僕を不二夫君と思いこんでいるので、びっくりさせてやろうと思ったのです。」
「しまった。
そいつはまずかったね。
きみにも似あわない、つまらないまねをしたじゃないか。」
「どうしてですか。」
小林君は不服そうに聞き返しました。
「どうしてって、わかりきっているじゃないか。
きみが僕の助手とわかれば、賊は用心するにきまっている。
逃げだしてしまうかもしれない。
せっかく隠れ家がわかったのに、逃がしてしまっちゃなんにもならないじゃないか。」
小林君はそれを聞いてハッとしました。
いかにも大失策でした。
暗号を取り戻したことだって、賊に知らせる必要は少しもなかったのです。
ただこっそり逃げ出しさえすればよかったのです。
なんだか賊にいばってやりたいような気がして手紙なんか書いたのは、たいへんな失敗でした。
「先生、僕、うっかりしていました。
どうしたらいいでしょう。」
小林君は先生に申し訳ない気持ちがいっぱいで、もう泣き出しそうな声になっていました。
「その女首領は、きみが逃げ出すときにはまだ帰っていなかったんだね。」
「ええ、そうです。」
「じゃあ、まだ間に合うかもしれない。」ぼくはこれからすぐ、警視庁へ電話をかけて、中村君に犯人逮捕の手はずをしてもらっておくから、きみは急いでくれたまえ。
」
中村君というのは、警視庁の捜査係長で、明智探偵とはとても親しい間柄なのです。
小林君は先生にしかられてすっかりがっかりしてしまいましたが、自分の不注意なのですからしかたがありません。
今度という今度は二度とこんな失敗を繰り返さないぞと、固く心に誓って公衆電話を出ました。
もう夜の十一時半でしたが、大通りにはまだ人通りもあり、タクシーも走っていたので、さっそく呼びとめて明智探偵事務所へと急ぎました。
「先生、とんだ大失敗をしてしまって、本当に申し訳ありませんでした。
」
小林君は明智探偵の書斎に入るなり、まっさきにおわびをしました。
「いやいや、そんなに謝ることはないよ。
コメント