初級翻訳・大金塊 第17話

大金塊

じゃあ、どこかに秘密の出入り口があるんじゃないの?
首領はそこからこっそり出入りしているんじゃないのかな?」
 小林君は、その秘密の出入り口の場所をちゃっかり知っているにもかかわらず、わざと何も知らないふりをして聞き返しました。
「うん、おれたちもきっとそうだと思っているんだ。
だけど、それがどこにあるのか、すこしも見当がつかないんだよ。
どう考えても、首領は魔法使いとしか思えないね。
おれたちは、そういう首領のふしぎな力にもすっかりまいっているってわけさ。」
 男は相手が子供だと思い込んで油断し、日ごろ思っていることを何から何までしゃべってしまうのでした。
「じゃあ、首領は今夜はお留守なんだね。」
 小林君は何よりもまず、それを確かめたかったのです。
「ああ、お留守さ。
お帰りはきっと夜中になるだろうね。
いつも決まってそうだからさ。」
 それを聞いた小林君は、「しめたぞ!」と思いました。
隠された暗号文を取り戻すには、首領が留守のときを狙うほかないけれど、そのためには二、三日はこの牢屋ぐらしを覚悟しなければならないだろうと思っていたので、こんなに早くチャンスが訪れるなんて、なんと運がいいことでしょう。
いよいよ今夜のうちにここから逃げ出せるのだと思うと、うれしくて胸がドキドキしてきます。
男はその後もいろいろと冗談を言って小林君をからかっていましたが、小林君がすっかり黙り込んでしまったので、面白くなくなったのか、おしゃべりをやめてどこかへ歩き去ってしまいました。
「さあ、いよいよ今夜は大仕事だぞ。そのためにも、しっかりおなかをいっぱいにしておかなくちゃ!」
 小林君は男が持ってきてくれた夕ごはんを、おいしそうに食べ始めました。
なかなかのごちそうです。
大きなチキンのフライにはトマトが山ほど添えられ、お皿にてんこ盛りのごはん、そのうえ紅茶までついています。
小林君はそのごちそうを、あっという間にきれいに平らげてしまいました。
「首領の帰りは夜中だと言っていたから、たぶん十二時ごろなんだろうな。
それまでにすべての仕事をすませてしまわないと。
でも、あまり早すぎると、ほかの部下たちがそのへんをうろうろしているかもしれないから、十時半ごろまで待つことにしよう。」
 そう考えて腕時計を見ると、まだ七時前でした。
三時間半も待たなければなりません。
ああ、その間の時間の待ち遠しいことといったらありません。
何度も時計を見るのですが、針がずっと同じところで止まっているような気がするほどでした。
それでも、やっとのことでその長〜い三時間半がすぎさり、ついに十時半がやってきました。
「さあ、いよいよ始まるぞ。小林! しっかりやるんだ。
へまをして明智先生のお名前を汚すような真似しちゃダメだぞ!」
 小林君は心の中で自分の名前を呼びかけ、自分自身を元気付けるのでした。
牢屋の鉄格子の扉を開けるのは、昨晩すでに経験済みなので、わけもありません。
例の針金を曲げたような形の万能鍵を取り出し、鍵をはずして、なんなく牢の外へと抜け出しました。
そこから、薄暗い廊下でじっと息をひそめ、足音を完全に忍ばせながら、首領の部屋の方へと進んでいきました。
その途中には例の部下たちの寝室があるため、その前を通るときは特に慎重にならなければなりません。
忍び足でその寝室のドアに近づいていくと、中では部下たちが何か大声で話し合いながら笑い合っている声がもれてきました。
この様子なら大丈夫だと胸をなでおろし、そのドアの前を通りすぎると、いよいよ首領の部屋へと足を踏み入れました。
そこから先の秘密の通路についてはすでに説明したとおりなのでここでは繰り返しませんが、小林君は昨晩と全く同じ順番で、地上の建物にあるあの美しい女首領の寝室へと忍び込みました。
思った通り、その寝室はもぬけの殻でした。
立派なベッドの上にはまっ白な絹の布がきれいにかけられていて、しわ一つありません。部屋全体がきちんと片付けられており、ただかすかに香水の匂いが漂っているだけでした。小林君はその部屋に入ると、わき目もふらず、つかつかと例の鏡台の前に近づき、その上に乗せてあるたくさんの化粧品のびんの中から、ゆうべ女首領が手に取ったあのクリームのつぼをさがしだして、そのふたを開くと、いっぱいつまっている白いクリームの中へ、いきなり指を突っ込みました。
おやおや、小林君は気でも違ったのでしょうか。
真夜中、賊の寝室に忍び込んで、男のくせにお化粧をするつもりなのでしょうか。
いや、そうではありません。
ごらんなさい。
小林君は、クリームの中から、何か小さなパラフィン紙の包みをつまみだしたではありませんか。
そのパラフィン紙をていねいに開きますと、中から一枚の古びた日本紙が出てきました。
「あ、これだ――。」
小林君は、うれしさに顔を赤くしました。
その日本紙の切れっぱしこそ、だいじなだいじな宮瀬家の暗号文だったのです。
一億円の大金塊の隠し場所をしるした暗号文だったのです。
ああ、なんという奇抜な隠し場所でしょう。
あのたいせつな暗号を、化粧品のつぼの中へ無造作につっこんでおくなんて、じつにうまい思いつきではありませんか。
小林君はポケットから手帳を出して、暗号文をだいじそうにその中にはさみ、それから、手帳の紙を一枚やぶって、それに鉛筆で何か手紙のようなものを書き、手帳は内ポケットへ、手紙の紙は外のポケットへ入れました。
そして、クリームの表面をもとのように平らにして、ふたを閉め、もとの場所において、そのままカーテンのうしろの、暗い小部屋へもどりました。
読者諸君もごぞんじのとおり、この小部屋には、賊の首領の覆面と、ルパシカという洋服がかけてあるのです。
小林君は何を思ったのか、それを一まとめにして小脇にかかえ、そのままあのマンホールのような板をあげて、鉄ばしごをくだりました。
鉄ばしごをおりきると、例の大きな西洋だんすの中ですが、小林君はそのだんすからはいだして、その前で妙なことをはじめました。
首領の寝室のつぎの間から持ちだしてきたルパシカとズボンとを、洋服の上に着はじめたのです。
それを着てしまうと、こんどはビロードの覆面を頭からすっぽりとかぶりましたが、すると、今までかわいらしい少年であった小林君が、たちまちあのおそろしい首領の姿にかわってしまいました。
小林君は年にしては背の高いほうでしたし、賊の首領は女のことですからふつうの男よりも背がひくかったので、ルパシカもズボンもだぶだぶして困るというようなこともなく、うまいぐあいに身についています。
これが小林君の妙案だったのです。
こうして首領に変装して、番人の前を大手をふって通りすぎようという思いつきなのです。
覆面の怪物になりますと、手にはさっき手帳をちぎった紙を持って、そのまま首領の部屋を出ました。
そして、うすぐらい廊下を、地下室の出口のほうへとぼとぼと歩きだしたのです。

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