初級翻訳・大金塊 第19話

大金塊

たとえ賊に逃げられたとしても、きみは暗号を手に入れるという大手柄を立ててくれたんだからね。
さっきは、ぼくの言い方が少しきつすぎたようだ。
気にしなくていいんだよ。
」
 先生はやっぱりいつものやさしい先生でした。
小林君は先生のにこにこした顔を見てホッとしましたが、そんなふうに優しく言われると、かえって自分のドジぶりがはずかしくなってしまうのでした。
「これがその暗号です。
化粧台のクリームの壺の中に隠してあったんです。
」
 小林君は上着の内ポケットから手帳を取り出し、その中から暗号の紙切れを出して先生に手渡し、それを手に入れたときの様子を詳しく報告しました。
「うん、よくやったね。
たった一晩で秘密の通路を見つけだし、賊の正体を見破り、クリームの壺の隠し場所まで見つけ出すなんて、きみにしかできない大技だよ。
本当にありがとう、ありがとう。
」
 明智探偵は小林君の両方の肩に手を乗せ、とても親しそうにお礼を言ってくれるのでした。
小林君はそれを聞いて、なんだか目の奥が熱くなるような気がしました。
そして心の中で、この先生のためなら命を捨てたってかまわないと強く思うのでした。
「暗号の解読は、あとでゆっくりとやるとしよう。
」
 明智探偵は暗号文の紙を書斎の秘密の金庫の中にしまい込みました。
「きみが暗号を取り戻したことは、さっそく宮瀬さんに電話で報告しておいたよ。
宮瀬さんもものすごく喜んでおられた。
それから中村警部にも電話したんだが、こんな夜中とはいえ、それほどの大事件ならすぐに部下を連れて賊の逮捕に向かうとのことだった。
ちょうどここは上目黒へ行く途中の道だから、中村君たちはここに立ち寄ることになっているよ。
」
「じゃあ、ぼくが道をご案内しましょうか。
」
「うん、そうしてくれたまえ。
もちろんぼくもいっしょに行くよ。
ただ、賊がもう逃げ出したあとでなければいいがなあ。
」
 そう話しているところへ、建物の表に自動車がピタリと止まる音がして、中村捜査係長の一行が到着しました。
係長のほかに七名の刑事たちが、二台の自動車に分乗してやってきたのです。
とても大がかりで物々しい大捕り物の陣容です。
明智探偵と小林少年は先頭の自動車に乗り込んで案内役をつとめることになり、二台の自動車はそのまま深夜の町を上目黒めがけて、ものすごいスピードで走り出しました。
賊の置き手紙

 上目黒に到着すると、一行は賊の隠れ家から百メートルほど手前で自動車を降り、暗い町をそれぞれ分かれて例の洋館へと近づいていきました。
あらかじめ自動車の中で打ち合わせた通り、中村捜査係長と明智探偵は表玄関から、小林少年は五名の刑事たちを案内して地下室から賊のすみかへ踏み込むことになり、残りの二名の刑事は洋館の表門と裏門の見張り番をつとめる手はずになっていました。
小林君は刑事たちの先頭に立って用心しながら例の階段を下りて地下室へと入っていきましたが、入り口の大戸は開けっ放しになっていて、どこへ行ったのか番人の姿もまったく見えません。
「変だなあ。
」と思いながら、だんだん奥へ進んでいき、五人の部下たちの寝室の前までたどり着きました。
すると、その部屋のドアも開けっ放しになっていて、ベッドはどれもこれもからっぽなのです。
まるで引っ越しでもしたあとのように、がらんとした雰囲気でした。
「だれもいないようですね。
」
 刑事の一人が、小林君を疑うかのようにひそひそ声でささやきました。
「ええ、逃げてしまったのかもしれません。
でも、ともかく首領の部屋までいってみましょう。
首領は外出していたのだから、もしかしたらまだ帰っていないかもしれません。
そうすれば待ちかまえていて捕らえることができますからね。
」
小林君は刑事たちをなだめるようにひそひそ声で言い返し、いよいよ例の秘密の通路がある部屋へと足を踏み入れました。まっくらなぬけ穴の鉄ごうしを、小林君を先頭に、五人の刑事がそろそろよじのぼって、やがて、れいのマンホールのような穴から、地上の建物にぬけだしました。
いよいよ首領の寝室です。
さかいの厚いカーテンを細目にあけて、そっとのぞいて見ますと、アッ、いる! いる! あの美しい女首領は、なにも知らないで、ベッドの上にねむっているではありませんか。
すると、ちょうどそのとき、むこうがわのドアが静かにあいて、だれかが首領の寝室へしのびこんでくるのが見えました。
「おやっ!」と思って見つめていますと、ドアがすっかりあいて、そこにあらわれたのは、ほかでもない、明智探偵と中村係長の姿でした。
ふたりは部屋にはいると、すぐベッドの女の人を見つけて、ハッとしたように立ちどまりましたが、とっさに「これが女首領だな。」とさとったようすで、おたがいに目であいずをして、つかつかとベッドのほうへ進みよりました。
それとみた小林君は、もうかくれているときでないと思いましたので、やにわにカーテンを開いて、部屋の中にとびこんでいきました。
つまり、むこうの入り口からはいった中村係長と明智探偵、こちらのカーテンからとびだしていった小林君と五人の刑事とが、両方からベッドに近づいていったのです。
さすがの女賊も、もう運のつきです。
両方の出口をふさがれてしまったうえに、こちらは総勢八人、相手はかよわい女ひとりなのですから、どうしたってのがれることはできません。
係長が目くばせしますと、ひとりの刑事が、いきおいこんでベッドにつき進んでいきました。
女はまだ身動きもしません。
起きているのかねむっているのか、目をふさいだままです。
刑事はいきなり女賊にくみついていきました。
そして、ねまき姿の女をだきあげたかと思うと、
「おや。」
といって、いきなりそれを床の上へほうりだしてしまいました。
女賊はカタンというみょうな音をたてて、そこに横たわったまま、まるで死人のように身動きもしません。
「人形です。これはろう人形です。」
人たちは刑事の声におどろいて、女の形をしたものに近づき、その顔をのぞきこみました。
それは生きた人間ではなくて、女首領のねまきを着せられたろう人形でした。
そのさいくがあまりよくできているので、だれも人形とは気づかなかったのです。
やっぱり、賊は小林君の手紙によって、何もかもさとってしまったのです。
そして、明智探偵がここへくることを察して、こんな人形を身がわりに寝かせておき、名探偵をアッといわせるつもりだったのです。
なんというすばやい、悪がしこいやつでしょう。
「おや、人形が、なんだか紙きれをにぎっていますよ。」
刑事が人形の手にはさんであった、一枚の紙を取って、明智探偵に手渡しました。
それは女首領から明智にあてた手紙だったのです。
小林君がしたように、女賊もまけないで、置き手紙をのこしていったのです。
それは、つぎのようなうすきみの悪い手紙でした。

明智さん
こんどはわたしのまけです。
あなたはいい少年助手をお持ちですね。
わたしは一時この家をすてて立ちのきますが、けっして、宮瀬家の金塊をあきらめるわけではありません。
かならず手に入れてお目にかけます。
わたしには最後の手段がのこっているのです。

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