ガラス天井
八木少年は目を凝らしてみたが、奥がぼんやりと明るいだけで、はっきりとしたものの形は見えない。
(あの明るさは、いったいどこから差し込んでいるんだろう? あそこまで行けば、このトンネルの秘密がもっとよく分かるかもしれないぞ)
そう思った八木は、トコトコとトンネルの中を歩き出した。
歩いていくと、その明るい場所はトンネルの曲がり角になっていた。
光は右手から差し込んでいる。
その右手のほうをそっとのぞきこむと、そこには一枚の扉があった。
それは、すっかり赤茶けたちょっと不気味な鉄の扉だった。
丸いハンドルがついていたので、八木はその取っ手を力いっぱい握りしめ、扉を開けようとあれこれ試してみた。
しかし、扉はビクとも動かない。
長年のあいだにすっかり錆びついてしまっているのだろう。
(この扉さえ開けば、きっとすごい秘密が分かるはずなのに……残念だなあ……)
その時だった。
八木が立っている場所の光が、急にスッと陰ったように暗くなった。
「おや……?」
八木は思わず上を見上げた。光は天井から差し込んでいたので、どうして急に暗くなったのか気になったのだ。
「うわっ、なんだあれは……!」
八木少年の頭上、五メートルほどのところに、ぶ厚いはめ込みガラスでできた細長い天井があった。
そのガラス天井は長年の汚れですっかり曇っていたが、なんとそのガラス天井の上を、黒い楕円(だえん)形の奇妙な影が、ゆっくりと移動していくのが見えたのだ。
「とんでもないものを見つけちゃったぞ……!」
気味の悪さにゾッとしたが、同時にこれはものすごい大発見だった。
さらにじっと目をこらして見ていると、その黒い楕円形の影は二つあって、一方が動いているときは、もう一方はじっと止まっているのだった。そして交互に動く、その二つの楕円全体が、もっと大きい円形のかげで包まれている。
「あっ、そうか。
ガラス天井の上を、人間がそっと歩いているんだ」
八木は、その謎をといた。
「しかし、あれはいったい誰だろうか」
ガラス天井を破って、上へあがって、あれが何者であるか、顔を見たいと思ったが、天井を破ることはできない。
どうしたものかと考えこんでいるとき、どこからか、異様なうなり声を聞いた。
それは猛獣が遠くで吠えているようであった。
わわわンわわわンとトンネルへひびいた。
「なんだろう」
八木は猛獣がこのトンネルへどこからかはいりこんだのではないかと思った。
それならたいへんである。
彼はもと来た方へどんどん駆けだした。
やっと、から井戸の下までもどりついた。
上から綱がたれている。
八木はその綱をにぎると、左右へはげしくゆりうごかした。
上では、これを危険信号とさとって、すぐさま八木を綱ごと上へ引張りあげてくれるはずの約束だった。
ところが、綱はしずかに左右にゆれているだけで、引張りあげられるようすはなかった。
「どうしたんだろう」
八木の心臓はとまりそうになった。
見上げると、から井戸の上はぼうと明るい。
友人たちが、そこからのぞいていれば、その顔が見えなければならないのであった。
ところが、誰の顔も見えない。
八木は不安になって、下から上へ声をかけた。
声はわわわンと上へ伝わっていったが、仲間の顔はいつまでたっても出ない。
「へんだなあ。
上じゃ、どうかしたんだろうか。
どこへいったんだろうか」
八木は、この上は一刻もこんなところに待っていられないと思った。
なにがなんでも、この深さ十五メートルの綱をよじのぼって、から井戸の上へ出なくてはならないと思った。
しかし十五メートルも高いところをうまくのぼれるかしらん。
八木は綱を見つめた。
「えいッ」
彼は綱にとびついた。
と彼はどすんと尻餅をついた。
いやというほど背骨をうった。
それと共に大きな音がして、上から綱がどしゃどしゃと落ちて来て、彼の上にのしかかった。
せっかくの頼みに思う綱が、どうしたわけか、上の方ではずれて、落ちて来たのだ。
さあたいへん。
もうここから井戸を出ることができなくなった。
彼は困りきって、うらめしそうに井戸を見上げた。
そのときであった。
井戸の上に、うす青い鬼火が二つ、何に狂うか、からみ合いつつおどっていた。
八木少年は「うん」と呻って、気絶した。
怪音
井戸の外で、八木少年を待っていた四人の少年探偵は、いったいどうしたのであろうか。
それを語るには、すこし以前にかえらなくてはならない。
「どうしたんだろう、八木君は、おそいじゃないか」
「もう引返してこなければならないのに、へんだねえ。
呼んでみようか」
「うん、呼んでみよう」
そこで六条、五井、四本、二宮の四人が、井戸の中に頭をさしいれて、
「八木君、早くかえっておいでよ」
と、声を合わせて叫んだ。
そのあと、四名の少年は、中から八木の返事がもどって来るかと、耳をすまして聞いていた。
するとその返事はなく、そのかわりに、うしろの方、つまりトンネルの入り口の方で、あっはっはッと大声に笑う者があった。
それにつづいて、重い金製の大きな扉が、がらがらッと引かれるような音がしたのだ。
四少年は顔を見合わせた。
「あの音は、なんだろう」
「時計屋敷の玄関の戸がひらいたんじゃないかしらん」
「笑ったようだね、誰だろう」
「村の衆かもしれない、早く行ってみよう」
「よし、みんな走れ」
どやどやと、四少年はトンネルを逆に走った。
そしてやがて、すぐむこうに、トンネルの口を通して、まぶしい日光をあびた外の景色が見えるところまで来たと思ったら、
「あッ」
「うわッ」
と、四少年はめいめいに叫び声をあげて、地上から消えた。
いつの間にできたものか、トンネルの道の一部が、大きな穴になっていたのだ、四少年は重なりあって穴の中に落ちた。
がらがらがらッと、重い金属製の戸が引かれる音を再び耳にした。
しかしこんどは、四少年の頭上はるかのところにおいてであった。
「おい、けがをしなかったか」
「ぼくは大丈夫、君はどうだ」
「ぼくは腰の骨をいやというほど打って、涙が出たよ、ぼくたちは、落とし穴へ落ちたんだね」
「そうらしい、やっぱり時計屋敷はすごいところだね」
「早く穴から出ようじゃないか」
「いや、だめだ。
あれを見たまえ、大きな鉄の格子戸が穴の上をふさいでいるよ」
さっきは見えなかったが、くらがりにようやくなれた今の目で見上げると、なるほど四本のいうとおり、穴は鉄格子でふさがれていた。
「困ったね。どうしたらいいだろう」
「八木君が助けに来てくれるといいんだが、八木君はどうしたろう」
「さあ、どうしたかなあ、また声を合わせて、呼んでみようか」
「叫ぶのはよしたまえ、こうしてぼくたちが落とし穴に落ちたのも、さっきぼくたちが、あんまり大きな声を出したから、それで落とし穴を用意されたように思うんだ」
五井が、そういった。
「ああ、そうか、で、誰が落とし穴を用意したというの」
「ぼくらの敵だよ」
「時計屋敷の幽霊のことをいっているの」
「幽霊だか何だか知らないけど、とにかく時計屋敷に住んでいる怪しい奴が、ぼくたちの敵さ」
幽霊をはじめから信じない常識家の五井がそういった。
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