初級翻訳・月世界跋渉記 第4話

月世界跋渉記

「ここはなんていう場所ですか?」
 と晴次が尋ねると、
「ここは『静かの海』の跡だよ」
と、博士は手帳に書いて見せました。
 一行はまたその海原を横切っていきました。
 ちょうど真ん中あたりまで来た頃でしょうか。遠くの岩影から、黒いかたまりのようなものが現れて、だんだんこちらへ近づいてきました。
「なんだろう? 怪物じゃないかしら……」
「鉄砲を船に忘れちゃったよ。どうしよう!」
二人の少年は早くもドキドキして騒ぎはじめました。
「何も心配いらないさ。たとえ鉄砲を撃ったって、こんな場所じゃ何の役にも立たないよ。あれはきっと桂田博士だよ」
「博士でしょうか……?」
二人はそう言いながらも、まだ少しこわごわとその様子を見つめています。黒いかたまりは、だんだん近くへ寄ってきました。
 やっぱり人間です!
 その人がハンカチをブンブンと振り出しました。
 こちらからもそれに合わせて、それぞれハンカチを大きく振りました。
「博士だー! 博士だー!」

    数万丈の渓谷で博士と再会

 近づいてよく見ると、やっぱりそれは桂田博士でした。
二人の少年はパタパタと駆け出してそばに寄り、桂田博士はニコニコしながら言いました。
「どうだ、みんなとっても元気そうじゃないか!」
「ぼくたちは楽しくて楽しくて、もうたまりません!」
と筆談で答えているところに、月野博士も近づいてきてガッチリと握手をしました。
「君が急にいなくなったものだから、どうしたのかと大変心配したんだよ。それで、いま探しに来たところだったんだ」
「そうか、それは心配をかけたね」
と軽く会釈をして、
「とにかく、帰りながら話をしようじゃないか」
と博士が先頭に立ちました。
「君たちが来るのを待っているあいだ、あの山に登ってみようと思って頂上に行ったら、ちょうどいい具合の石があったから、ナイフで記念碑を彫ったんだよ。それから裏側にまわったら、谷に落っこちちゃってね――」「そうか、あの記念碑を見たから、君が無事だと分かって安心したんだよ。それからぼくたちも、あの後ろの崖からピョンと飛び降りて下へ降りたんだ」
「面白いですねえ!」
と光雄は横からすかさず鉛筆をひったくると、手帳にこう書き込みました。
「ぼくはあの石から足を踏み外したときは、『もうこれで終わりだ、死んじゃう!』って思ったんです。でも、なんだか変だなと思って目を開けてみたら、フワリフワリと落ちていくんだもの! どうなっているのかさっぱり訳がわかりませんでしたよ」
「ははあ、そりゃあびっくりしただろうねえ」
とみんなで大笑いしながら、今度はアルプス山の谷間をたどって、ひとまず飛行器のところまで引き返しました。

月世界の日課:探検と修繕工事

 一同が無事に集まって戻ってきましたが、次に起きる一番の大問題は、なんといっても地球へ帰るための飛行器の修理です。
 空気については、この前あたらしい空気孔を発見したので、あと二か月分はもちこたえることができます。しかし、肝心の食料が一か月分も残っていません。だから、どうしてもそれまでにはこの飛行器をしっかり直さなければならないのです。
 みんなで話し合った結果、六人を二つのチームに分けることになりました。一方は「月世界の探検チーム」、もう一方は「飛行器の修理チーム」です。
 もちろん、月野博士が探検チームを率い、桂田博士が修理チームを受け持ちます。それに助手も一人ずつ分かれ、二人の少年のうち、晴次を月野博士のチームへ、光雄を桂田博士のチームへとつけて、いよいよその日から決められた日課に取りかかることになりました。
 まず月野博士の一行は、二十日分の食料をそれぞれ分けて腰にしっかりと結びつけ、元気に出発していきました。
 残された方では、桂田博士が二人の少年を相手になって、破れてしまった羽根の修理や、こわれた機械のパーツを一つひとつ一生懸命に直していきました。
 三人が心を一つにして働き続けた結果、地球の数え方でいえば十八日目に、飛行器は見事に完成しました!
 博士はすみずみまで詳しく検査したあとで、
「よし! これならまったく大丈夫だ。最初にここへ着いたときよりもうんと調子がよいくらいだよ。これで探検隊さえ帰ってくれば、いつでも出発できるぞ!」と言いました。
「あと何日くらいで帰ってこられるでしょう?」
「そうだな、だいたい一週間といったところかね」
「じゃあ、あと十日ほどすればまた日本へ帰れるんですね!」
「どうだ、もう地球が恋しくて弱っちまったかい?」
「なに、弱るもんですか!」
と光雄は元気いっぱいに答えて、窓の外をのぞき込みましたが、次の瞬間、
「あっ、帰ってきました! 帰ってきましたよ!」と大声をあげました。
「おっ、本当か!」
と博士も助手もそろって窓のほうへ飛び出すと、聞いていた通り、三人の探検隊がそれぞれ山のような大きな荷物を背中にしょって、いかにも誇らしげに意気揚々と帰ってきたところでした。
「どうだ、大冒険の結果は!」
まず桂田博士がワクワクしながら尋ねると、月野博士はとても明るく元気な調子で、
「いやあ、ものすごく変わった現象がいっぱいありましたよ!」言いながら荷物を下ろし、大きなお風呂敷をパッと広げました。
 中から出てきたのは、どれも地球上では一度も見たことがないような、ものすごくて珍しいものばかりです。
 修理をがんばっていた三人が目を丸くして見ていると、博士は得意満面になって、まずは変な形をした土の人形を取り出しました。
「これがね、例のヒマラヤ山の裏側から二十里ほど離れた場所で、大きな石と石の間に転がっていたものなんです。とっても珍しい代物でね、これがぼくの一番のお土産です。これを見ていると、昔の最初期にはきっと月にも人間が暮らしていたに違いありません。そして、その人たちは地球上の石器時代くらいの文明のレベルまで進んだあとで、滅んでしまったらしいのです」
 そう言いながら、次から次へと数十個もの古代の遺物を並べ立てて、まるで小さなお子様がめずらしいおもちゃをもらったかのように、自分ひとりでホクホク顔になって大喜びしています。
 博士はしばらくその戦利品に夢中になっていましたが、やがてハッと思い出したように桂田博士の方を振り向いて、
「ところで、君のほうの修理はどうかね?」と聞きました。
「ぼくのほうも、ついさっきすっかり出来上がったところだよ」
「本当ですか! それは何よりめでたい! じゃあ、いよいよ明日には出発しますかな?」
「そうだね。それではみんなで一つ、無事を祝って乾杯をしようじゃないか! もう空気なんか惜しまずにありったけ吸うつもりで、あの空気孔を全開にして、思いっきり胸を開いて飲もうじゃないか」
「大賛成だ!」
一同はみんなでその洞窟の中へと移り、手持ちの蝋燭に火を灯してそこに腰を下ろしました。それぞれがブランデーをたっぷり注いだグラスを高く掲げ、桂田博士の音頭に合わせて、
「大日本帝国万歳! 月世界探検隊万歳!」
と三唱しました。

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