学生の癖に、悪く、商売人じみた、はなを引く、賭碁を打つ。
それじゃ退学にならずにいません。
佐原の出で、なまじ故郷が近いだけに、外聞かたがた東京へ遁出した。
姉娘があとを追って遁げて来て――料理屋の方は、もっとも継母だと聞きましたが――帰れ、と云うのを、男が離さない。
女も情を立てて帰らないから、両方とも、親から勘当になったんですね、親類義絶――つまるところ。
一枚、畚褌の上へ引張らせると、脊は高し、幅はあり、風采堂々たるものですから、まやかし病院の代診なぞには持って来いで、あちこち雇われもしたそうですが、脉を引く前に、顔の真中を見るのだから、身が持てないで、その目下の始末で。
……
変に物干ばかり新しい、妻恋坂下へ落ちこぼれたのも、洋服の月賦払の滞なぞから引かかりの知己で。
――町の、右の、ちゃら金のすすめなり、後見なり、ご新姐の仇な処をおとりにして、碁会所を看板に、骨牌賭博の小宿という、もくろみだったらしいのですが、碁盤の櫓をあげる前に、長屋の城は落ちました。
どの道落ちる城ですが、その没落をはやめたのは、慾にあせって、怪しい企をしたからなんです。
質の出入れ――この質では、ご新姐の蹴出し……縮緬のなぞはもう疾くにない、青地のめりんす、と短刀一口。
数珠一聯。
千葉を遁げる時からたしnamed、いざという時の二品を添えて、何ですか、三題話のようですが、凄いでしょう。
……事実なんです。
貞操の徴と、女の生命とを預けるんだ。
――(何とかじゃ築地へ帰られねえ。
)――何の事だかわかりませんがね、そういって番頭を威かせ、と言いつかった通り、私が(一樹、幹次郎、自分をいう。
)使に行ったんです。
冷汗を流して、談判の結果が三分、科学的に数理で顕せば、七十と五銭ですよ。
お雪さんの身になったらどうでしょう。
じか肌と、自殺を質に入れたんですから。
自殺を質に入れたのでは、死ぬよりもつらいでしょう。
――
――当時、そういった様子でしてね。
質の使、笊でお菜漬の買ものだの、……これは酒よりは香が利きます。
――はかり炭、粉米のばら銭買の使いに廻らせる。
――わずかの縁に縋ってころげ込んだ苦学の小僧、(再び、一樹、幹次郎自分をいう。
)には、よくは、様子は分らなかったんですが、――ちゃら金の方へ、鴨がかかった。
――そこで、心得のある、ここの主人をはじめ、いつもころがり込んでいる、なかまが二人、一人は検定試験を十年来落第の中老の才子で、近頃はただ一攫千金の投機を狙っています。
一人は、今は小使を志願しても間に合わない、慢性の政治狂と、三個を、紳士、旦那、博士に仕立てて、さくら、というものに使って、鴨を剥いで、骨までたたこうという企謀です。
前々から、ちゃら金が、ちょいちょい来ては、昼間の廻燈籠のように、二階だの、濡縁だの、薄羽織と、兀頭をちらちらさして、ひそひそと相談をしていましたっけ。
当日は、小僧に一包み衣類を背負わして――損料です。
黒絽の五つ紋に、おなじく鉄無地のべんべらもの、くたぶれた帯などですが、足袋まで身なりが出来ました。
そうは資本が続かないからと、政治家は、セルの着流しです。
そのかわり、この方は山高帽子で――おやおや忘れた――鉄無地の旦那に被せる帽子を。
……そこで、小僧のを脱がせて、鳥打帽です。――そうそう、覚えていますよ。あの時、あのちゃら金が、ご新姐(おんなしゅう)に手作りの手料理をお裾分けだと言って、粗末なものですが……と、重箱に詰めた「卯の花(おから)」を持ってきたんです。細かく刻んだ生姜をピリッときかせて、酢でしめた※鰯(いわし)を添えて、なかなかの気前のよさを見せたのが一幕。
――「きらず(おから)で絆を繋ぐんだ、いい見得(みえ)を切ってるぜ、吉報だ!」なんて言いながら、みんなお腹がペコペコですから、黒絽の五つ紋も、仙台平の袴もおかまいなしで、手づかみでものすごい勢いでガツガツ食べたんです。
……
で、それ以来――事件の起きた、あのひときわ暑い日になるまで、そこにいる誰も、まともにお腹にたまるものは食べていなかったのです。
――……察していただけると思いますが、講談の本にも、探偵小説にも、映画にも名前すら出てこないような、とんでもない三流の悪党どもですから、そのヘマのやらかし具合といったらありません。
同じ穴の狢(むじな)どもが、逆に「カモ」に返り討ちにされて、見事にひっくり返されてしまったんですね。
……すっかり夜になって、まるで炎天下のドブネズミみたいに、目も口も開かないほど、泥だろになって帰ってきた三人の「さくら(詐欺の協力者)」たちの情けない姿に、ちゃら金がそりゃあもう激怒したのなんのって。
……大儲けするどころか、相手の連中に多額の借金まで作っちまった。さあ、どうする。
……となれば、レンタルした衣装の代金……その場でたちどころに、衣装を剥ぎ取るんです。
なかでも、あの何十年も試験に落ち続けている落第の投機家なんかは、太っていて汗かきだし、おまけに脚気(かっけ)をわずらっていたもんだから、この衣装を取り上げられるだけでも痛いダメージです。
その時ですよ……洗いざらい、お雪さんのあの蹴出し(下穿き)と、数珠と、短刀という人身御吉(みそぎ)の品々が――
さらにその上、もっとむごいことに、四歳になる男の子がいたんですが、口癖のように――「おなかがすいた」「おなかがすいた」と、まるで唱歌のように唱え続けるんです。
(――かなしいなあ――)
お雪さんは、あのきっぱりと響く声でそうつぶやきました。
……ふとした拍子に、雨が降りすぎても、
(――かなしいなあ――)
と口にする変な癖があったんです。
語尾が上がって、なんともうら悲しい……やむを得ない、得ないんだけれど、困った癖です。
気をつけなくちゃいけませんね。
子供の頃に聞いて、前後しか覚えていませんが、私の故郷の昔話に、「椿ばけ――ばたり」という話がありましてね。農家のひとりっ子が、生まれて初めて言葉を話した時、「椿ばけ――ばたり」と、まるで唖(おし)の最初の一言のように、いくら叱ってもその言葉ばかり言うんです。
その子は弓がすごく上手で、のちにお城にもののけが現れ、国の殿様が恐ろしい化け物に悩まされた時、自ら進んで出ていき、奥庭の大椿に向かっていきなり矢をつがえた。
「椿ばけ――ばたり」と叫んで矢を放つと、大椿の枝も葉もみるみる萎びて、ばたりと倒れた。おかげで国の闇が晴れた――たしかそんな意味の話だったと思います。
言葉というのは本当に気をつけなければいけないものですね。
食べ物不足で、ひくひくとうなされていた男の子が七転八倒し始めました。
私はあちこちの医者のところへ駆けつけました。
だけど、誰も来てくれない。
お雪さんが、子を抱いたり、さすったりして半狂乱になっているところへ、さっきの、すっかり敗北した落武者たちが這い戻ってきたんですから……その悲惨さといったらありませんでした。
食あたりだ。
医者の父親が、ちらっと診察しただけのヤブ医者だから、どうしようもない。
次の日の朝、子供は亡くなりました。
初級翻訳・木の子説法 第4話
木の子説法
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