初級翻訳・楢ノ木大学士の野宿 第2話

宮沢 賢治

そこでそのつまり、ねずみ色の岩頸だがな、そのねずみ色の岩頸が、きちんと並んで、お互いに顔を見合わせたり、ひとりで空に向かって気取ってみせたりしているのは、大変面白い。ふふん」

それは実際その通りで、向こうの黒い四つの峰は、四人兄弟の岩頸であり、だんだん地面からせり上がってきたのでした。
楢ノ木大学士の喜びようといったら大変なものです。
「ははあ、こいつらはラクシャンの四人兄弟だな。よくわかった。ラクシャンの四人兄弟だ。よしよし」

注文どおり、岩頸たちはちょうど胸のあたりまでせり出して並び、空高くそびえ立ちました。
一番右の山は、たしかにラクシャンの第一子。
まっ黒な髪をふり乱し、大きな目をぎょろぎょろと空に向け、しきりに口をぱくぱくさせて何か怒鳴りつけているようですが、その声は少しも聞こえません。

右から二番目は、たしかにラクシャンの第二子です。
長いあごを両手に乗せて眠っています。

その隣はラクシャンの第三子。
やさしい目をせわしくぱたばたとまばたきさせ、一番左の山は、ラクシャンの第四子、つまり末っ子です。
夢見るような黒い瞳を持ち上げて、じっと東の高原を見つめました。

楢ノ木大学士が、もっとよくあの四人を見ようと起き上がろうとしたその時、急にラクシャン第一子が雷のように怒鳴り出しました。
「何をぐずぐずしているんだ。押しつぶしてしまえ。焼き尽くしてしまえ。こなごなに砕いてしまえ。早くやれっ!」

楢ノ木大学士はびっくりして、大急ぎでまた横になり、いびきまでかいて寝たふりをしながら、そっと横目でようすを見続けました。
ところが、今の怒鳴り声は、どうやら大学士に向かって言ったのではなかったようです。
なぜなら、ラクシャン第一子は相変わらず空を向いたまま、ものすごい剣幕で怒鳴り続けたからです。

「いったい何をぐずぐずしているんだ。砕いちまえ、砕いちまえ、はね飛ばすんだ。はね飛ばすんだよ! 火をドシャドシャ噴き出すんだ。溶岩の用意! 溶岩! 早く! 畜生、いつまでぐずぐずしているんだ。溶岩、用意っ! もう二百万年たっているぞ。灰を降らせろ、灰を降らせろ! なぜ早く支度をしないか!」

すると、おだやかなラクシャン第三子が、お兄さんをなだめてこう言いました。
「お兄さん、少しお休みになりませんか。こんなに静かな夕方じゃありませんか」

お兄さんは構わずまた怒鳴ります。
「地球を半分吹き飛ばしちまえ! 石と石とを空中でぶっつけ合わせて、ぐらぐら揺れる紫の稲光を起こせ! 真っ黒な灰の雲から雷を鳴らせ! おい、意気地なしども! 降らせろ、降らせろ、きらきらの溶岩で海を埋め尽くせ! 海から立ち上る泡で太陽を消し去れ! 生き残りの象から虫けらに至るまで灰を吸わせろ! おい畜生ども、何をぐずぐずしているんだ!」

今度は、ラクシャンの若い第四子が、にっこり微笑んでお兄さんをなだめ始めました。
「お兄ちゃん、そんなに怒らないでくださいよ。イーハトブさんが向こうの空で、また笑っていますよ」
そして、今度は低いつぶやき声を漏らしました。
「あんな銀の冠、僕もほしいなあ」

ラクシャンの狂暴な第一子も少しだけ落ち着いて、弟を見ました。
「まあいいさ、お前もしっかり支度をして、次の噴火のときにはあのイーハトブの位になるんだ。一年のうち九ヶ月間を、あの冠で飾れるのだからな」

しかし、若いラクシャン第四子は、お兄さんの言葉をすっかり聞き流し、遠い東の雲をかぶった高原を星の光に透かして見ながら、なつかしそうにつぶやきました。
「今夜はヒームカさんは見えないなあ。あの真っ黒な雲のやつは、本当に嫌なやつだなあ。今日で四日もヒームカさんや、ヒームカさんのお母さんをマントの下に隠しているんだ。僕、一つ噴火を起こしてあいつを吹き飛ばしてやろうかなあ」

すると、ラクシャンの第三子が少し笑って弟に言いました。
「大へん怒っているねえ。いったいどうしたんだい?」「ええ。
あの東の雲のやつかい。
あいつは今夜は雨を降らせているんだ。
ヒームカさんも、蛇紋石(じゃもんせき)のきれいなきものがずぶぬれだろうさ」
ふふんと、第四子が言いました。
「お兄さん。
ヒームカさんは、ほんとうに美しいねえ。
お兄さん。
この前ね、僕、ここからかたくりの花を投げてあげたんだよ。
ヒームカさんのお母さんへは、白いこぶしの花をあげたんだ。
そしたら西風がね、だまって持って行ってくれたよ」
「そうかい。
はっは。
まあいいさ。
あの雲はあしたの朝にはもう晴れているよ。
ヒームカさんがまばゆい新しい碧(みどり)のきものを着て、お日さまの出るころには、きっと一番先にお前にあいさつするぜ。
そいつはもう、きっとなんだ」
「だけどお兄さん。
僕、今度は、何の花をあげたらいいだろうね。
もう僕のとこには何の花もないんだよ」
「うん、そいつはね、おれのところにね、桜草があるよ。それをお前にやろう」
「ありがとう、お兄さん!」
「やかましい! 何をふざけたことを言っているんだ!」

暴れん坊のラクシャンの第一子が、金粉のような激しい怒鳴り声を夜の空高く吹き上げました。
「ヒームカってなんだ。
ヒームカって。
ヒームカって言うのは、あの向こうの女の子の山だろう。
弱虫め!
あんなものと付き合うのはよせと、何べんもおれが言ったじゃないか。
だいたいおれたちは火から生まれたんだぞ! 青ざめた水の中で生まれたやつらとはちがうんだぞ!」

ラクシャンの第四子は、しょぼんとして首を垂れましたが、おとなしい直属のお兄さん(第三子)が、弟のために長男をなだめました。
「お兄さん。
ヒームカさんは血統だっていっぱしのものですよ。
火から生まれたのです。
りっぱなカンランガン(橄欖岩)ですよ」

ラクシャンの第一子は、ますます怒って、まるで火のような激しい金粉の怒鳴り声を上げました。
「知っているよ!
ヒームカはカンランガンさ。
火から生まれたさ。
それはいいよ。
けれどもそんなら、いったいいつ、おれたちのようにめざましい噴火をやったんだ!
あいつは地面まで騰(のぼ)って来る途中で、もう疲れてやめてしまったんだ。
今こそ地殻ののろのろした上り坂や、風や空気のおかげで、おれたちと肩を並べているが、もともとおれたちは生まれつきがまったくちがうんだ。
お前たちには、まだおれたちの仕事がよくわからないのだ。
おれたちの仕事はな、地殻の底の底で、溶けて溶けて、まるでへたへたになったマグマや、上から押しつけられて古綿(ふるわた)のように縮まった蒸気なんかを取ってきて、いざという瞬間には、大きな黒い山の塊を、まるで粉々に引き裂いて飛び出すことだ!
煙と火とを固めて空に放り投げる。
石と石をぶっつけ合わせて稲妻を起こす。
百万の雷を集めて、地面をぐらぐら言わせてやる。
ちょうど、楢ノ木大学士というものが、おれの怒鳴り声をひょっと聞いて、びっくりして頭をふらふら、ゆすぶったようにだな。
はっはっは!
山も海もみんな濃い灰に埋まってしまう。
平らな運動場のようになってしまう。
その熱い灰の上でばかり、おれたちの魂は舞踏していいのだ!
いいか?
もうみんな大騒ぎだ。

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