気絶人形
原民喜
くるくるくるくる、ぐるぐるぐるぐる。そのお人形は、さっきから目が回って気分が悪くなっていました。
ぐるぐるぐるぐる、くるくるくるくる。お人形のセルロイドのほっぺたは真っ青になり、瞳が美しくふるえています。
まわりでは、みんなが「べちゃくちゃ、べちゃくちゃ」と、すぐ耳元でおしゃべりを続けているのです。
暗いボール箱から出してもらい、薄い紙の目隠しを外してもらい、ショーウィンドウに並べてもらったので、みんな大はしゃぎなのです。
「自動車が見えるよ!」
「わあ、あの人、可愛い犬を連れて楽しそうに歩いているね」
「おお、早くクリスマスがやってこないかなあ」
お人形たちは、みんな好き勝手にそんなことをしゃべっていましたが、その中にひとり、今とても具合が悪くなっている人形がいました。
はじめて目の前に街の景色が広がって、あまりにたくさんのものが見えるので、そのお人形は目が回ってしまったのかもしれません。
そのお人形の顔は、とても寂しそうでした。
そのうちに、ほかのお人形たちも、その子の様子に気がつきました。
「まあ、どうしたの? お顔が真っ青よ。早くお薬を飲まなくちゃ」と、誰かが心配そうに言いました。
そう言われると、その人形はますます青ざめてしまいました。
ついに足がふるえて、バタンと前に倒れてしまいました。
人形屋の主人は倒れているそのお人形を拾い上げ、足のあたりを調べてみました。
別にどこも壊れていなかったので、また元通り、ショーウィンドウの中に立たせておきました。
くるくるくるくる、ぐるぐるぐるぐる。そのお人形は、また目が回って気分が悪くなりそうでした。
べちゃくちゃ、べちゃくちゃ。みんなは相変わらず、すぐ耳元でおしゃべりを続けます。
「まあ、あなた、どうしたの? お顔が真っ青よ」
また誰かがそんなことを言いました。
でも、今度はお人形は一生懸命、我慢しました。
あまりにたくさんの景色が見えてくるので、疲れてしまうのかもしれません。生まれつき、ほかのお人形たちより体が弱いのかもしれません。
それでもじっと我慢している姿は、とても美しく、立派に見えました。
今にもバタンと前に倒れそうなのに、その瞳は不思議なほど輝いていました。
ショーウィンドウの前に立って、熱心にお人形を眺めていたひとりの少女が、人形屋の主人を呼んで、そのお人形を指さしました。
やがて、そのお人形は少女の手に渡されました。
あたたかい手のひらにぎゅっと握られると、急にそのお人形のほっぺたに、いきいきとした色が戻ってきました。
もう、これからは気絶したりすることはないでしょう。
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