初級翻訳・氷河鼠の毛皮 第3話

宮沢 賢治

落ちたのはただの黄色の外衣だけでした。
と思ったら、あの赤ひげがもう足をすくわれて倒され、青年は肥った紳士をまた車室の中に引っ張り込んで、右手には赤ひげのピストルを握って凄い顔をして立っていました。
赤ひげがやっと立ち上がりましたら、青年はしっかりとその襟首を掴み、ピストルを胸に突きつけながら外の方へ向いて高く叫びました。
「おい、熊ども。貴様らのしたことはもっともだ。けれどもな、俺たちだって仕方ない。生きているには着物も着なくちゃいけないんだ。お前たちが魚を獲るようなもんだぜ。けれどもあんまり無法なことはこれから気を付けるように言うから、今度は許してくれ。ちょっと汽車が動いたら、俺の捕虜にしたこの男は返すから」
「わかったよ。すぐ動かすよ」外で熊どもが叫びました。
「レールを横の方へ敷いたんだな」誰かが言いました。氷がガリガリ鳴ったり、バタバタと駆け回る音がしたりして、汽車が動き出しました。
「さあ、ケガをしないように降りるんだ」
と、船乗りが言いました。
赤ひげは笑って、ちょいと船乗りの手を握ると、ピョンと飛び降りました。
「ほら、ピストルだ」
船乗りはピストルを窓の外へ放り投げました。
「あの赤ひげは、熊たちのスパイだったんだね」
誰かが言いました。
若者はまた、窓の氷を削りました。
氷山の稜線(りょうせん)が、桃色や青にギラギラと光りながら、窓の外にずらりと並んでいたのです。
これが、風が飛ばしてきたおしまいのお話の、最後のひとかけらです。

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