そして、だれが漕いだのだ」
「明智小五郎が漕ぎました。船は漁師から借りたのですよ。明智と賢吉は、親子のような漁師のふうをして、われわれの目をくらましたのです」
それを聞くと、首領は暗闇のなかで、グッとジャックの腕をつかみました。
「きさま、それを知っていて、なぜいままで黙っていたのだ。なぜおれに知らせなかったのだ!」
「これにはわけがあるのです。あとで説明します。それより、ここはどうも窮屈ですね。もっと広いところへ出ましょう」
「うん、少し奥へ行けばまた広くなる。こっちへ来るがいい」
首領はそういって先頭に立ち、体をかがめながら前へ進みます。十メートルほど進むと、広い洞窟に出ました。
「さあ、ここならいいだろう。で、賢吉がハヤブサ丸へ逃げたとして、さっきおれが追いかけた子どもは、いったい何者だ?」
「明智小五郎の少年助手、小林くんです」
「えっ、あれが小林だって?」
「そうですよ。賢吉では、とてもあんなにすばしっこく動けませんからね。つまり、こういうわけです。明智小五郎は、小林くんとマネキンの首、それに藁の束を持って洞窟に忍び込んだのです。そして、藁の束に賢吉の服を着せ、人形の首をすげ替えて牢屋の隅に座らせておき、本物の賢吉には漁師の子どもの着物を着せて、ハヤブサ丸へ連れて帰った。そのあとで、小林くんが洞窟の中を走り回って、賢吉がふたりいるように見せかけたというわけです」
「だが、待てよ。いったい明智はどうやって牢屋の戸を開けたんだ。壊れていないのを見ると、鍵で開けたとしか考えられないが。その鍵はおまえのほかには持っていないはずだ。おまえ、まさか明智に鍵を貸したわけじゃあるまいな?」
「そうですよ。貸した覚えはありませんよ」
「それじゃあ、明智はどうして牢屋の戸を開けたんだ?」
「首領、謎ですよ。ちょっと面白い謎ですよ。解けませんか?」
この馬鹿にしたような言葉に、首領は怒り出しました。
「こらっ、ジャック! きさまはおれをからかっているのか。謎解き遊びをしている場合じゃないぞ。きさまはなにかまだ、おれに隠しているな!」
ジャックは平気な顔で、話し続けます。
「つまり、こういう謎ですよ。鍵は一つしかない。その鍵はこのジャックが持っていた。ところが、牢屋の戸を開けたのは明智小五郎だった。この算数の答えは、どういうことになるのでしょうね」
暗闇のなかで、首領は黙り込んでいました。ギョッとして、言葉も出ないのです。やがて、首領の震える声が聞こえてきました。
「それじゃあ、きさまは……」
「ハハハ……、わかったようだね。その答えは、ジャックと明智が同じ人間だったということさ。同じ人間だから、鍵を借りなくてもよかったのさ」
パッと洞窟の中が明るくなりました。ジャックが懐中電灯をつけて、自分の顔を照らしたのです。その丸い光のなかにいたのは、ジャックではなく、あのモジャモジャ頭の明智小五郎でした。彼はニヤニヤと笑っているではありませんか。闇の中でカツラを取り、つけ眉毛をはがし、顔の化粧を拭き取って、元の明智の姿に戻っていたのです。
「きさま、やっぱり明智だったな!」
懐中電灯の光が、首領のほうへ向けられました。黒い覆面の怪人は両手を広げ、いまにも明智に飛びかかろうとする、恐ろしい姿をしていました。
「やっとわかったね。きみにしては、ずいぶん気づくのが遅かったじゃないか。だが、まだ謎が残っている。それじゃあ、本物のジャックはどこへ行ったのか。いつジャックと僕とが入れ替わったのか。きみはそれを知りたいだろう。僕は、この洞窟にはきっと陸上への抜け道があると思った。それで地元の漁師に変装して海岸の崖の上を探していると、あの林の中の抜け穴からジャックが這い出してきたんだ」ぼくはジャックのあとをつけていき、不意にうしろから襲いかかって、縛り上げてしまったんだ。そして、向こうの村の警察へ連れて行ったのさ。そのときから、警察とはちゃんと打ち合わせができていたんだよ。
ぼくは一度ハヤブサ丸へ帰り、十三人の裸の勇士たちを、海底の洞窟の入り口から忍び込ませた。鉄の人魚の中に入っていたきみの部下をやっつけたのは、その勇士たちなんだ。
それからぼくはジャックに変装し、小林くんを連れて陸のほうから洞窟に入り、賢吉くんを助け出して船に乗せ、ハヤブサ丸へ送り届けた。そしてまた、ここへ帰ってきたというわけだ。ジャックの姿がしばらく見えなかったのは、そのためだよ。ハハハ、気の毒だが、鉄の人魚怪物団もこれで全滅だね」
懐中電灯のまるい光は、さっきからずっと、覆面の首領を照らしていました。彼はまるで黒い石にでもなったかのように、身動きひとつせず、黙り込んでいます。明智はなおも言葉を続けました。
「きみは鉄の人魚を発明して、世間をあっと言わせようとした。薄い鉄の鎧の中に酸素ボンベを取り付けて、中に入った人間が水の底でも平気でいられるようにしたんだね。そんな恐ろしいやつが海の中からヌーッと現れたから、それを見た人々は本当の怪物だと思い込んだ。新聞でも大騒ぎになったよ。
きみはどうかして大洋丸の金塊の秘密をかぎ出し、船長の遺言書を盗もうとしたが失敗した。そして、賢吉くんのお父さんの宮田さんが金塊引き揚げをやることになり、ハヤブサ丸がこの沖へやってきた。きみはそれを知ると、この洞窟に根城を構えて金塊を横取りしようとしたんだ。そこで海底の戦いが始まった。
それからいろいろ不思議なことが起こった。ぼくたちはこの洞窟の秘密を知らなかったから、非常に不思議な気がしていたよ。だが、とうとうぼくがこの洞窟を見つけた。そしてジャックに化けてここへ入り、探ってみると、きみの企みや鉄の人魚の秘密がすっかりわかってしまった。そうして、ぼくが勝ったというわけだよ。
ところで、いよいよきみのその覆面を脱いでもらおうか。覆面の下に本当のきみの顔があるかどうかわからないがね」
そう言ったかと思うと、明智はサッと首領にとびかかり、黒いビロードの覆面を、引きちぎるようにしてはぎ取ってしまいました。
「二十面相だ! やっぱりきみだったねえ」
懐中電灯の光の中に現れたのは、怪人二十面相、あるいは怪人四十面相の、見覚えのある顔のひとつでした。それが本当の顔かどうかはわかりませんが、前の事件のとき一度見たことのある顔だったのです。
そう言われて二十面相は、一時はギョッとしたようですが、すぐに気をとりなおしてふてぶてしく笑いました。
「ウフフフ……、明智先生、しばらくぶりだったなあ。で、きみはこれからどうするつもりだね?」
「決まっているじゃないか。きみを警察に引き渡すのさ」
「ウフフフ……、いい気なもんだねえ。おれがおとなしく、きみにつかまるとでも思っているのかい?」
「こうするのさ!」
明智がパッと二十面相に組つこうとすると、相手はスルリとその手の下をくぐり、いきなり洞窟の奥のほうへ逃げ出しました。
おばけガニの最後
明智は懐中電灯を振り照らしてそのあとを追いました。が、二十面相の足は非常に速く、向こうの岩かどを曲がると見えなくなってしまいました。明智がその岩かどまで走っていくと、岩穴がふたつに分かれていました。
コメント